エストニア・スウェーデンなど北欧諸国にて、DDDの兆しあり

いくつかDDDの具体例を紹介したい。まず、デジタル・ガバメントのトップランナーと言えるエストニアにおける「E-Democracy」である。エストニア第二の都市タルトゥにおいては、「Participative Budgeting」という、市民が自治体会議をオンラインで視聴した上で、自治体予算の一部の使い道の決定に参加できる仕組みを採る。スウェーデンの政党「Demoex」の議員は、議題についてインターネット上で有権者に投票してもらい、その投票結果に従って議会で意思表示すると宣言している。

研究者の鈴木健は、著書『なめらかな社会とその敵』において、「伝播委任投票システム」を提示している。そのシステムでは、Web上の政策討議・投票システム上において、有権者は議題に関する意見を直接投票して表明するほか、自分の投票権を他の有権者に配分する選択肢を与えられている。代議制のもとでは、一定期間複数の議題に対して、他者に自分の投票権を委ねるものであるが、議題によって信頼できる人が異なる場合は多々あるだろう。

このシステムでは、議題ごとに異なる人への投票権委任が可能だが、自分自身が判断したい場合は直接賛否を投票してもいい。投票権を委任される側も、あらゆる議題に見識を持つ必要はなく、関心のある議題のみ自分に投票権を委任するようWeb上で選挙活動を行うことができるため、敷居が低い。

DDDの取り組みには、懐疑や懸念の声もある。まず、ポピュリズムに陥る危険に対する懸念だ。直接民主制の事例として紹介したシングルイシュー政党や2005年の第44回衆議院議員総選挙(いわゆる「郵政選挙」)における議題は、既得権益に対する有権者の怒りを扇動する側面もあった。市民の意見を募りやすいアジェンダが、このような負の感情を刺激するものに限定されてしまう恐れはあるかもしれない。

また、そもそも有権者全員が、一つひとつの議題に対して意見を表明すること自体が、市民自身から求められているのか、という問題もある。間接民主制というシステムは、共同体の構成員の意見を、なるべくフェアに、集団の意思決定に反映しようと模索してきた歴史の一つの到達点だ。エストニアのデジタル・ガバメントの取り組みは、ソ連の官僚統治時代の腐敗に対する市民の強いトラウマに支えられているとも言われており、そのような背景を持たない国や地域で直接民主的な仕組みがどの程度必要とされるのかは、検証が必要だろう。その意味で、前述の「伝播委任投票システム」は、現実解となるかもしれない。

さらに、政府のシステムとして実装せずとも、テクノロジーを用いた別の仕組みが、直接民主制に近い役割を果たすかもしれない。一つはソーシャルメディアである。2020年5月に審議が開始された検察庁法改正案の検察官定年延長に対し、SNSで俳優・ミュージシャンなどの著名人がハッシュタグをつけて反対意見を表明、多数リツイートされた結果、成立は見送りとなった。

国民の関心が高い議題は、SNSのリツイート数などでそれなりの支持者の数が可視化されて拡散されれば、立法プロセスに確かな影響を与えられることの証左として見ることも出来る。

他の代替手段としては、ビッグデータ活用による社会システムの自動修正が考えられる。私たちの日々の行動データが企業を含む社会システム運営者に取得され、それに応じて社会システムをアルゴリズムで修正していく仕組みが出来れば、「市民の日々の行動それ自体が投票行動となる」のかもしれない。

図表 デジタルによる個人活動のエンパワーメント

アジェンダ・セッターとしての政治家と適正な監視機能が必要

最後に、DDDの実現・拡大に向けた重要課題を2点示したい。

1点目は、政治家の役割の見直しだ。従来の政治家は、どんな議題にも、投票者の利益に適う意見表明をしてくれる「利益代表者」の側面が強かった。しかしDDDを前提とするなら、重要な論点をフェアな切り口で設定し、市民に意見を問う「アジェンダ・セッター」が未来の政治家像となるだろう。

2点目は、意思決定システムの公正さをチェックする監視機能の担保である。ブロックチェーンを用いた改ざん不可能なシステムの無謬(むびゅう)性を訴える声もあるが、ブロックチェーンベースのシステムを構築するのも人間である以上、構築する人間を監視する仕組みは必要だ。

本稿では、テクノロジーを用いて、効率性を担保しながら、より多くの人の納得感が得られるような集団の意思決定システム構築を目指す試みについて、その懸念や課題と併せて紹介した。筆者は、管理・監視社会化が進むと言われるWITHコロナの時代だからこそ、市民活動をエンパワーするDDDの一部社会実装を検討することは有意義だと考えている。