山口 省蔵
金融経営研究所
所長
山口 省蔵

私は「熱い金融マン協会」というコミュニティを運営していて、2カ月に1回程度のペースで、熱い金融マンを招いての対話イベントを開催している。2020年7月下旬に、「知的資産経営支援」というテーマで、この分野で活躍している銀行や信用金庫の職員の方々とパネルディスカッションを行った。

「知的資産」というのは、バランスシートに現れない企業の資産を包括的に捉えた概念である。特許などの知的財産権は、ほんの一部に過ぎない。知的財産権化されていない技術、ノウハウも知的資産である。また、優秀で真面目な社員も知的資産になる。さらに、どのような時でも自社をサポートしてくれる下請け企業や自社の商品・サービスをずっと使い続けてくれる顧客も知的資産なのである。

これらはバランスシートに載っていない。数字では表せられないからだ。「知的資産経営」というのは、こうした目にみえない大切なものを意識しながら行う経営のことである。そして、いくつかの金融機関が取引企業に対して知的資産経営を勧め、それをサポートしている。それが「知的資産経営支援」だ。

自社の価値をみんなで議論するプロセスが重要

長年、知的資産経営支援を行っている信用金庫の方によれば、取引先の中小企業に「御社の強みは何ですか?」と聞くと、多くの経営者が「当社に強みなんかないよ」と言うのだそうだ。しかし、何十年も続いている企業であれば、強みは必ずある。経営者が気づいていないだけだ。

そこで、その信用金庫では「知的資産経営レポート」作りを勧めている。経営者に加え、なるべく多くの従業員に参加してもらい、みんなで自社の強みと思うことをポストイットに書いて、張り出し、わいわいがやがやと議論をして、最終的にレポートにまとめる。重要な点は、みんなで議論するプロセスにある。多くの人たちが、自社の強みや自社が長年大切にしてきたことを認識して、それらをうまく生かすためにはどうすればいいか、を考え始める。

知的資産経営支援の対象とした企業は、対象としていない企業に比べ、内部格付のランクアップ率が明らかに大きく、ランクダウン率が明らかに小さい。目にみえない企業の価値に注目し、それを育てる取り組みは、結果として、目にみえる財務指標を改善させる効果があるのだ。

「大人たち」がみて安心するものが「数字」

以上は、中小企業との相対取引をベースとした金融機関の営業現場での話だが、それ以上に数字が幅を利かせているマーケットの世界でも、同じようなことが言える。

金融業界は、全体として、収益が傾向的に減少している。この問題の本質は、「収益の数字をどう増やすか」ではなく、「提供する価値をどう創っていくか」にある。近年、金融庁もその点に気がついていて、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)といったことを提唱している。銀行経営者とこの手の議論をすると、「そうは言っても、株主に約束した数字を達成する必要がある」と言って、開示する財務の数字を気にしている様子である。

銀行の多くは上場企業であるが、上場銀行の過半は、毎期、利益を計上しているにもかかわらず、時価総額が1000億円に満たない。一方、FinTech企業として上場したフリーやマネーフォワードをみると、収益が赤字であるにもかかわらず、時価総額は2000億円前後になる。少なくとも株式市場の投資家は、目にみえる利益の数字ではなく、目にみえない価値創造のストーリーを重視している。

「大切なことは目にみえない」というのは、サン・テグジュベリ作の「星の王子さま」の中心テーマだ。星の王子さまにおいて、王子さまの話の聞き役となる主人公は、「大人は真実を見抜くことができない」と言っている。その真実を見抜けない「大人たち」が見て安心するものが「数字」だとも言っている。金融マンは、数字を扱うことが多いので数字に捉われがちになるが、そこからは見えない大切なものがあることを忘れないでおきたい。