三菱UFJ信託銀行 資産運用情報 年金運用のリバランスにおける許容乖離幅の考察年金運用部 運用プランナーG 運用コンサルタント 西 辰也

西 辰也
三菱UFJ信託銀行株式会社年金運用部 調査役
2010年3月 一橋大学大学院商学研究科修士課程修了
同年4月 三菱UFJ信託銀行入社
確定給付企業年金の数理計算業務、バランス型のポートフォリオ管理業務等を経て、2024年より運用コンサルティング業務に従事。
Ⅰ.はじめに
確定給付企業年金は制度の加入から退職後の受給まで非常に長い期間で運営することを前提としており、給付を確実に行っていくため適切なガバナンス体制の構築が求められています。その一環として、原則的に全ての確定給付企業年金が運用の基本方針・政策的資産構成割合の策定を法令で義務付けられており、ポートフォリオの管理方法の1つ、あるいは運用効率を高める戦略の1つとして政策的資産構成割合へのリバランスが行われています。
しかし、その運営方法(頻度や許容乖離幅)について定量的な議論は多くありません。そこで本稿では、平均分散アプローチによるアロケーション最適化に取引コストを導入したモデルを用い、リバランスにおける最適な許容乖離幅の設定に係る考え方を提示し、あわせて数値例も示します。
Ⅱ. リバランスの意義・効果
1. リバランスの必要性について
確定給付企業年金法はガバナンス強化の観点から確定給付企業年金の積立金の運用において「運用の基本方針」を定めるよう求めています。それと併せ「長期にわたり維持すべき資産の構成割合を適切な方法で定めること」も求めています(図表1)。この割合は政策的資産構成割合や政策アセットミックスと呼ばれるもので、確定給付企業年金の積立金運用を管理・運営する上で重要な役割を果たします。
第八十四条 事業主及び基金は、次に掲げるところにより、積立金の運用を行わなければならない。
一 法第六十五条第一項及び第二項又は法第六十六条第一項、第二項及び第四項の規定による運用に係る資産について、長期にわたり維持すべき資産の構成割合を適切な方法により定めること。
二 当該事業主及び基金に使用され、その事務に従事する者として、前号の資産の構成割合の決定に関し、専門的知識及び経験を有する者を置くよう努めること。
出所:確定給付企業年金法施行規則より三菱UFJ信託銀行作成
政策的資産構成割合とは、たとえば国内債券:40%、国内株式:20%、外国債券:25%…といった形での各資産区分への投資割合を指します。中長期的にはこの投資割合を維持しようとするわけですが、策定した投資割合で運用を開始したとしても各資産の時価変動や給付対応により流動性のある資産から売却すること等の理由から、時間の経過とともにポートフォリオのアロケーション(資産配分)は変化します。
図表2のように当初設定した投資割合を上回る資産と下回る資産が出てくることで、実際のアロケーションと政策的資産構成割合に乖離が生じてきます。このままでは政策的資産構成割合の策定時に意図していないリスクをとることとなりその実効性が低下します。そこで乖離を解消させる動機が生まれます。この乖離を解消させるまたは一定程度緩和させる投資行動をリバランスと呼びます。
リバランスと言っても一度策定した政策的資産構成割合を維持管理するために行うリバランスの他、広い意味では政策的資産構成割合自体を変更した際に新たに設定しなおした投資割合に調整するためのリバランス、または比較的短期の予測に基づき超過収益の獲得を目指して意図的に政策的資産構成割合からの乖離を作るリバランス等様々な観点から行われるものがあります。本稿では、政策的資産構成割合の実効性を高める意図で維持管理の観点で実施するリバランスを議論の対象としています。
2. リバランス運営の実際について
政策的資産構成割合どおりの運用を目指すのであれば、たとえば日々時価構成比を把握して乖離が生じた分だけ都度売買して乖離を解消することが考えられます。しかしあまり頻繁に売買を行うと売却した資産を次の日には購入するなど非効率売買となってしまう可能性があります。また売買にかかる手続きやオペレーション、売買に伴う取引コスト(手数料や市場インパクト)を考えると、現実的な対応とは思われません。
一方で、政策的資産構成割合からの乖離を放置しすぎるとポートフォリオの歪みが大きくなり、例えば株式の構成割合が過大となるなど、大きなリスクを抱える可能性があります。これらを考慮し、現実的な対応として一定期間ごとにリバランスの要否を確認してリバランスを実施するルールベースの運営が浸透しています。月ごと/四半期ごと/年度ごと等、一定の間隔でポートフォリオのアロケーションを確認する方法です。
また、これらのタイミングで必ずリバランスを行うのではなく、あらかじめ定めた許容乖離幅を超えた場合にのみリバランスを実施する方法も広く採用されています。たとえば、国内債券に設定された政策的資産構成割合を40%とした場合、許容乖離幅を±5%と設定したならばアロケーションを確認したタイミングで国内債券の比率が35%~45%のレンジに収まっていればリバランスは実施しない、というやり方です(※1)。
※1 リバランスを実施する場合でもリバランス後のターゲットを「政策的資産構成割合の中心値とする場合」や「許容乖離幅までとする場合」などの類型があります。
ここで、リバランス運営の事例を2つ紹介します。まず初めに、世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)について政策的資産構成割合などの設定を確認してみます。図表3はGPIFの資産構成割合と許容乖離幅です。GPIFは各資産区分で異なる乖離幅を設定し、また「債券」「株式」という上位のクラスに対しても許容乖離幅を設定しています。
国内債券 | 外国債券 | 国内株式 | 外国株式 | ||
---|---|---|---|---|---|
資産構成割合 | 25.0% | 25.0% | 25.0% | 25.0% | |
許容乖離幅 | 各資産 | ±7% | ±6% | ±8% | ±7% |
債券・株式 | ±11% | ±11% |
出所:GPIF のホームページより三菱UFJ信託銀行作成
実施のタイミングについて明記はないものの、「令和5年度 年金積立金管理運用独立行政法人 業務実績報告及び自己評価」の中に『資産全体の資産構成割合と基本ポートフォリオとの乖離状況については、原則毎営業日ベースで把握し、基本ポートフォリオの乖離許容幅の範囲内に収まるようにリバランスを行い、適切に管理することとしている。』との記載があります。ポジションの把握自体は原則日次の頻度で行っていること、市場影響やコストへの配慮から一定の許容乖離幅を設けていること等が読み取れます。
また、別の箇所には『リバランスのための専門のチームにおいて市場影響やコスト等を勘案しつつ執行計画を作成し、運用機関ときめ細かく調整した』といった記載もあります。リバランスのための専門のチームを構え、それと同時にリバランスの実施にあたっては市場影響やコスト等を勘案している事からも、リスク管理の観点でリバランスを重要視している様子がうかがえます(※2)。
※2 なお「令和5年度においては、乖離許容幅の上限または下限に達することはなかった」との記載もあります。
次に、企業年金の通算センターとして中途脱退者に係る年金原資を運用している企業年金連合会(以下、PFA)のリバランス方針についてはPFAのホームページに以下図表4のとおり記載があります。
連合会では、リスク管理の観点からリバランスを行っています。市場の変動によって実際の資産構成割合は、政策アセットミックスの比率から乖離してしまいます。これを放置することは、意図せざるリスクを取ることになるため、乖離を縮小する調整が必要で、この調整がリバランスです。
許容範囲を超えた場合には原則リバランスを行いますが、許容範囲を超えていない場合であっても、リスク管理の観点から必要と考えられるときには、マーケット・インパクトや取引コスト等を総合的に判断したうえで、リバランスを行います。
(出所)PFA のホームページより
政策的資産構成割合からの乖離より発生する「意図せざるリスク」の削減を企図してリスク管理の観点からリバランスを行っている旨の記載があります。また、許容範囲を超えた場合は原則リバランスを実施するとしながら、超えない場合においてもマーケット・インパクトや取引コスト等を総合的に判断してリバランスを行うとしています。
許容範囲のルールを設けながらも、それにとらわれず柔軟にリバランスの必要性を見極めようとする慎重な姿勢が見てとれます。また、あらかじめ定めたルール(許容範囲)を補正する情報の1つとして、取引コストを挙げていますが本稿で取り上げるモデルでも取引コストを最適な許容乖離幅算出に必要なパラメータの1つとして取り扱っています。
Ⅲ.最適許容乖離幅の分析モデル
リバランス運営は、「いつ」、「どのように」行うべきでしょうか。素朴な疑問ながら、真正面から答えることはなかなか難しいと考えます。『平均分散アプローチにより効率的なフロンティアからポートフォリオを選択する』や『投資家のリスク許容度や無リスク資産の設定に応じてポートフォリオが定まる』というように、アロケーション設定に関する一定のコンセンサスを得たフレームワークはあるものの、リバランスルール設定に関してはそのようなフレームワークがありません。本稿では理論的なモデルから出発し、それらを考える方法の一例を提示します。
1. 前提となる効用関数・モデル
運用評価の基本となっている平均分散アプローチは大元をたどれば期待効用の最大化から導き出されます。本稿では浅野(1999)や山下(2000)を参考に、効用関数の議論に取引コストを組み入れることで最適な許容乖離幅を求めるモデルをご紹介します。
本モデルでは株式と債券のように危険資産A(期待リターン:µA、リスク:σA)と非危険資産B(期待リターン:µB、リスク:σB)の2資産(相関係数をとする)から成るポートフォリオを想定します。ポートフォリオの期待リターンµP、リスクσP、投資家のリスク許容度τを用いて表現した(1)式のような一般的な効用関数(※3)から出発し、効用を最大化する危険資産の割合ω*A (2)式を求める手法があります。
※3 効用とは「それを行うこと・享受することでの満足度」を数値化したもの。効用関数は財・サービスまたはポートフォリオ等のインプットに対して、その効用をアウトプットする関数。価値や満足度といったものを定量的に測るために用いられる。
ある投資家がこの危険資産割合を最適とするならば、アロケーションをその危険資産割合としたときに効用が最大となります。そこから乖離が生じると効用が「最大値」ではなくなるため、リバランスによって効用を元に戻すことを考えます。そこで「リバランスによる効用増とリバランス取引によるコスト」の比較を行い、リバランスを実行するべき危険資産ωAの範囲を検討しています。
効用が最大となるω*A からの乖離を検知したとき、投資家は図表2のように乖離を減らす(資産配分を政策的資産構成割合に近づける)ことで効用を復元することができます。これが「リバランスによる効用増」です。一方、リバランスを行わなければ意図した運用の実現を一定程度放棄することと引き換えに取引コストの流出を抑制できます。これらはトレードオフの関係にあり、投資家はリバランスすべきポイントを選択し意思決定することとなります。投資家や投資環境によってその均衡点は異なりますがモデルにコストを組み込み展開することで、あるべき許容乖離幅を実際に算出することを考えていきます。
詳細については後述しますが、以下の(3)式の左辺が「リバランスによる効用増」で右辺が「リバランス取引によるコスト」を表しています。取引コストをcとしています。
(3)式をωAについて解くことで(ポートフォリオが政策的資産構成割合を上方に乖離している場合)以下の閾値を超えたときにリバランスを実施するべきだ、という解を得ます。
ω*A は「最適」な危険資産割合を表していますので、アロケーションがそこからさらにcτAだけ上回った場合にリバランスを実施すべき、という意味合いになります。上述したとおり、リバランスの意思決定においては、乖離の発生と取引コストのトレードオフが存在しています。「少しくらいの乖離であればリバランスで得られるプラスよりもマイナスが大きく、割に合わない。ではどの程度の乖離になったらリバランスするべきか」という問いに対し、「効用増がプラスのときにリバランスを行う」との考えで均衡点を探しに行くのが本モデルのポイントです。本稿では効用増がプラスという意味で「最適」な許容乖離幅としています。
2. 数式の解釈
以下では、数式cτAの中に含まれる要素(パラメータ)がどのように最適許容乖離幅に影響するかという観点で数式の解釈を進めてみます。
まず取引コスト(c)です。(4)式は取引コストが大きいほど最適な許容乖離幅が広くなることを示していますが、これは直感にも一致します。リバランスの実施有無を検討する場面で、極端な例ですが、取引額と同等の取引コストがかかるようであればそのリバランスは実施しないこととするべきです。逆に取引コストが安ければ安いほど、リバランスにおける効用増を邪魔しにくくなりますので、閾値が低くなる方向となります。
次にリスク許容度(τ)ですが、そもそもリスク許容度とは投資家の投資スタンスを表す尺度のことで、大きければ大きいほど『リスクを気にしない投資家』を想定することになります。(1)式を例に、リスク許容度τが1の投資家と10,000の投資家を考えてみます。
リスク許容度が1の投資家の効用関数はU=µP−σ2P2と表される一方、リスク許容度が10,000の投資家の効用関数はU=µP−σ2P20,000と表されます。リスク許容度が10,000の投資家は、効用を計算する上で2項目のリスク許容度で調整したリスクが非常に小さく評価され「リスクを気にしない」様子が見て取れます。
このようにリスク許容度は本稿において、リスクをどの程度気にするのかの尺度として使用しています。ポートフォリオが政策的資産構成割合から乖離した場合に投資家は意図しないリスクをとっているという点について触れていますが、リスクを気にしない投資家ほどこのズレに対して寛容だというのは自然な結果と言えます。
なお、リスク許容度は抽象的な概念であり、「私のリスク許容度は10です」などと予め把握することは難しいと思われますが、本モデルでは選択したポートフォリオから対応するリスク許容度を逆算することで、数値を把握することが出来ます。後述する数値例でもその手順でパラメータ値を算出しています。
次は、分母にある2資産ポートフォリオのリスク(A = σ2A + σ2B ー 2σAσBρ)についてです。
こちらは複数の変数で構成されるため最適許容乖離幅変化の方向性を示すことは取引コストやリスク許容度よりも複雑です。簡単化のため相関係数が1.0 または-1.0 と固定して考えてみます。すると相関係数が1.0 の場合はAは(σA − σB)2と表され、相関係数が-1.0 の場合はAは(σA + σB)2と整理されます。
σAやσBは標準偏差であり0以上の値をとるため、相関係数が-1.0 の場合の方((σA + σB)2)が数値としては大きくなります。つまり、2資産の相関係数が1.0に近づくほど、Aが小さくなり、最適許容乖離幅が大きな値となります。
証券投資理論の平均分散アプローチにおける「ポートフォリオの総リスクは保有資産のリスク合計より低く出来る」という議論の中で、相関係数はその差分を生み出す要因としてよく説明がなされます。
一般的には『相関係数-1.0』が良いポートフォリオと考えられますが、今回の結果は「相関係数が-1.0に近づくほどポートフォリオの分散効果が高まり、安定的な資産運用に資する」という観点からポートフォリオを組むと(もちろん実際は相関係数だけ気にすれば安定する話ではないのですが)、最適許容乖離幅の観点では『相関係数-1.0』がレンジを小さくする方向に作用し、リバランス取引の回数、売買の手続きやオペレーションを増加させる側面があると示すものになります。
少し話が逸れましたが、最後に最適許容乖離幅の設定において期待リターンが影響しない点も指摘しておきます。(1)式の効用関数にはµPが含まれているものの、取引コストを加味した最適許容乖離幅の数式cτAには期待リターンが含まれていません。これは一見して不思議にも感じられますが、ポートフォリオの許容乖離幅を検討する際、中身の期待リターンではなくリスクに着目すべき、というのは重要な示唆と思われます。
まとめると図表5のとおりとなります。
パラメータ | パラメータ値上昇に対する 最適許容乖離幅の動き |
---|---|
2資産の取引コスト | 拡大 |
投資家のリスク許容度 | 拡大 |
2資産の相関係数 | 拡大 |
資産の期待リターン | 無関係 |
Ⅳ.分析結果と考察
次に、最適許容乖離幅を実際に算出してみます。弊社が資産クラス毎に設定している中期見通し等を参考に設定した危険資産と非危険資産の各数値を用います。手順は以下の通りです。
Step1:危険資産の割合を決定する
(4)式の結果には直接含まれてはいませんが、リスク許容度τを決めるために先ず危険資産の割合を決めることとします。リスク許容度は抽象的な概念であり直接的に決定するのは難しいと思われるため、まず最適と思う危険資産の割合を決め、そのポートフォリオからリスク許容度を算出する方法をとります。
たとえば危険資産:非危険資産=3:7が最適なアロケーションだと認識している投資家であれば、そこからリスク許容度を逆算します。「あるポートフォリオに対してある最適許容乖離幅が対応付けられる」と考えると許容乖離幅の検討を理解しやすくなると考えます。
Step2:リスク許容度を計算する
Step1で決めた危険資産割合からリスク許容度を逆算します。
Step3:最適許容乖離幅を計算する
Step2で求めたリスク許容度と取引コスト、予め定めた危険資産・非危険資産に関する各数値から最適協乖離幅を計算します。今回は図表7のとおり数値を設定します。
資産クラス | 期待収益率 | 標準偏差 | 相関係数 | 取引コスト |
---|---|---|---|---|
グローバル株式 | 6.40% | 18.20% | 0.0 | 0.09% |
グローバル債券 | 3.60% | 8.40% | 0.06% |
図表7の2資産ポートフォリオにおいて、危険資産と非危険資産の比率を(90:10)、(80:20)、…と10%ずつ割合を変えてモデルに従い最適許容乖離幅を算出してみると図表8のプロットを得ます。(単純に算出するとパラメータの設定によって負値の最適許容乖離幅もとりうるが、話を簡単にするため本稿では最適許容乖離幅はゼロ以上として扱います。)
図表8は縦軸が最適許容乖離幅、横軸に危険資産割合をとったグラフです。最適と思う危険資産の割合が上がるほど(リスク許容度が上がるほど)最適許容乖離幅が大きくなる様子が確認できます。
右上の最もリスクをとったポイント(危険資産割合:90%)で3.9%となっています。具体的なレンジを算出してみると、90%±3.9%より『危険資産の割合が93.9%を上回った場合、または86.1%を下回った場合にリバランスを実施する』ことが取引コストを加味した上での最適なリバランス行動だという結果になりました。逆に危険資産割合が低い方を見てみると、危険資産割合=10%のポイントは算出過程でゼロフロアに抵触したことにより最適許容乖離幅がゼロとなっています。
そのため次に危険資産割合が低い20%のポイントを確認してみると最適許容乖離幅が0.1%となっています。こちらも同様に『危険資産の割合が20.1%を上回った場合、または19.9%を下回った場合にリバランスを実施する』という解釈になります。危険資産割合が低いポートフォリオを最適(=リスク許容度が低い)と考える投資家を想定していることから許容する乖離幅がかなり狭くなっています。
2資産の相関係数が1.0、0.5、0.0、▲0.5、▲1.0の5つの場合を仮定し、相関係数ごとに最適許容乖離幅を算出した結果をプロットしてみます。図表9は先ほどのグラフと同様に縦軸が最適許容乖離幅、横軸が危険資産割合です。
相関係数が1.0の系列は危険資産割合によって最適許容乖離幅が5.1%から9.4%に分布しています。リバランス不要のレンジでいうと危険資産割合が10%の箇所で(4.9%~15.1%)、90%の箇所で(80.6%~99.4%)です。一方、相関係数が-1.0の系列では0.0%から3.1%の値をとっています。リバランスを実施しないこととするレンジは、危険資産割合が90%の箇所で(86.9%~93.1%)となっています。相関係数が高い系列ほどグラフの上部に位置することから、図表5で確認した相関係数の違いによる最適許容乖離幅の動きを確認できます。
また、相関係数が1.0の系列は他の系列に比べグラフ上方に位置している点も特徴的です。相関係数が0.5の系列から1.0の系列の間における最適許容乖離幅の上昇度合いは、それよりも下位のカテゴリー(たとえば相関係数が0.0の系列から0.5の系列の間)における上昇度合いを大きく上回っています。
この結果は図表7の数値設定によるため一般的なこととして語るのは難しいですが、ほとんどのプロットが5%以下のエリアに位置している点に言及しておきます。年金運用の基本方針において多く採用されている、資産区分ごとの許容乖離幅「±5%」という設定に対し、今回の分析では、相関係数が1.0という極端なパラメータのケースを除いて、それよりも小さい結果となっています。この「±5%」と今回の分析結果との差分は何でしょうか。
たとえば、取引コスト以外のコスト、2資産より多い場合のリスク分散効果といったモデルに組み込まれていないもので説明できるかもしれません。本稿では最適許容乖離幅を具体的に検討する上での構造(モデル)を紹介して数値例を算出するところで終わりますが、実務においてこのモデルを活用する上では、実際のデータとの比較を通した改良・拡張を加えることが必要と考えます。
具体的には、数学的な扱いやすさを優先し資産区分数を2資産に限定していますが、その制約をより現実的な設定に変更することが考えられます。また本稿では負値のアウトプットをゼロに補正していますが、乖離幅の算出を目指す以上は必ず正の値で返してくれるモデルの方が望ましいですし、要した取引コストがそのまま効用減に影響する前提も、たとえば、取引コスト1に対し効用は0.5反応する等の検討余地があると考えます。
更に、確定給付企業年金の資産運用は長期的な観点をベースに定例再計算や財政検証を念頭に中期的・短期的なタームで積立状況・運営を評価・点検していく枠組みがありますので、最適な許容乖離幅の検討においても多期間モデルの中で議論するとより適切な示唆を与えてくれるモデルの構築につながるとも考えます。
Ⅴ.総括.
最後に、本稿で述べたことをまとめると以下のとおりとなります。
- 確定給付企業年金は長期に渡り維持すべき資産構成割合の設定が求められている
- 資産運用のリスク管理手段としてリバランスは重要な手段と考えられている
- リバランス実施には政策的資産構成割合の維持と取引コストのトレードオフがある
- 平均分散アプローチによるアロケーション最適化に取引コストを導入したモデルを用いると最適許容乖離幅は取引コスト×リスク許容度÷2資産のリスクで算出される
- 取引コスト・リスク許容度・相関係数が上昇すると最適許容乖離幅も上昇する
- 最適許容乖離幅の設定に期待リターンは影響しない
本稿の冒頭で述べたとおり、資産運用においてリバランスは重要な要素とされています。それにもかかわらず、リバランスルールの策定においては経験的な手法に頼りがちとなり、理論的なアプローチからリバランスルールを決めていく方法に関する議論は少ないように思います。本稿では、具体的な手法として平均分散アプローチによるアロケーション最適化に取引コストを導入したモデルからアプローチして、考え方のフレームワーク(許容乖離幅決定において考慮すべきパラメータは何か等)を提示することを試みました。本稿がポートフォリオ運営の高度化、リバランス戦略検討の参考となれば幸いです。
(2025年1月27日 記)
※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
【参考文献】
・浅野(1999)「基本アロケーションのリバランス」年金情報第1999号
・山下(2000)「政策アセットミックスへのリバランスについて」証券アナリストジャーナル第38巻5号
・中島(2024)「効率的なリバランス戦略の検討とパズル」『経済科学』第71 巻第3・4 号
・年金積立金管理運用独立行政法人.
”基本ポートフォリオの考え方”
「令和5年度 年金積立金管理運用独立行政法人 業務実績報告及び自己評価」(PDF)
・企業年金連合会
”年金資産運用の基本的考え方”
付録
期待効用最大化の観点で最適な危険資産の割合ωA は以下(5)式の通り算出されます。
これは下のように表現したポートフォリオのリターン(6)と分散(7)と効用関数(1)から算出されます。
この効用関数が最適なアロケーション(2)式を決める基準になります。あるリターンが所与の場合、それに見合う(それなら投資できると思える)リスク水準は投資家各々で異なってくると考えられますが、「ポートフォリオのリターンからリスク許容度で調整したリスクの半分を控除したもの」をポートフォリオ選択の基準にしようという考え方です。
ここでリバランスにおけるより現実的な設定を検討するため、取引コストをモデルに組み込みます。いま、危険資産が値下がりし政策的資産構成割合から乖離が生まれたとしてこの危険資産を新たに購入しポートフォリオを政策的資産構成割合に近づける場面を想定します。
ωAが1単位動いたときに効用が取引コスト率cの分だけ減少すると仮定し、それをリバランスによりアロケーションが政策的資産構成割合に近づくことで得られる効用の増分δU=(D − ωAA-Bτ)×δωA と比べ、ネットで効用が増加するときにリバランスは実施されると考え、(3)式によりその閾値を求めます。
ご注意:
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