今回は丸紅連合企業年金基金にお邪魔しました。大手総合商社である丸紅の本体以外の子会社が主な事業所です。資金調達や金融市場での活発な取り引きで知られる大手商社のイメージからすると大変意外だったのですが、丸紅連合企業年金基金は従来とても保守的な資産運用スタイルだったとのこと。しかし、丸紅の財務部門一筋だった田中裕之・常務理事兼運用執行理事は今、資産運用スタイルで「第二の創業」とも言うべき転換を図っています。透明性が高く、かつ過去に比べて高いパフォーマンスが期待できる枠組みの構築です。

丸紅連合企業年金基金田中裕之・常務理事兼運用執行理事
皇居に面しているだけあって眺望絶佳。年金資産運用も「見通しの良さ」を信条とする=東京都千代田大手町1丁目で

丸紅連合企業年金基金の概要

  • 所在地/東京都千代田区大手町1丁目
  • 設立年月/1987年に厚生年金基金、2011年1月に代行返上し企業年金基金
  • 資産総額:210億円
  • 事業所数/57
  • 加入者:8020人 受給者:1749人
  • 予定利率:2.5% 期待運用収益率:3.16%  (いずれも2024年3月末現在)
  • 運用実績/
    ・2021年度:2.08%
    ・2022年度:-2.76%
    ・2023年度:9.99%

勉強会やセミナーの常連

私も企業年金連絡協議会の勉強会や、各運用会社などのセミナーに相当出席している方だと思いますが、ほとんどの会場で田中さんにお会いしている印象です。

田中 そうですね。都合がつく限りなるべく多くの勉強会に出席したいと思っています。セミナーは、開催案内メールが届くと直ちに返信しています。恐らくほとんどのセミナーで、私が申し込み第1号になっているのではないかな。

後ほど詳しく伺いますが、丸紅の財務でずっと来られて海外のマーケットも熟知している田中さんがなぜ、今でも熱心にセミナーなどに通われているのか。そんな必要はないのかな、とも思ってしまいますが。

田中 常にマーケットなどの情報をアップデートしたいということもありますが、一番大きいのは運用商品に関する知識をとにかく広げたいということ。多くのセミナーに顔を出すほか、運用会社にもこちらから積極的にアプローチしてきました。

信託銀行に「お任せ」だった過去

運用会社のセミナーや四半期報告はオンラインだけ。新規の商品売り込みの面会はお断り。そんな企業年金の運用責任者も少なくないと聞きますが、田中さんは対照的ですね。

田中 これには経緯もあります。2011年に代行返上して運用資産が大幅に減り、40億円ほどになってしまいました。「この程度の資産規模なら積極的に運用しなくてもよいのでは」ということで以来、資産をすべて総幹事の信託銀行に「バランス運用」として預けてきました。

その後、特別掛金が積み上がって資産規模が100億円に達したときに「さすがに、バランス運用1本というのはいかがなものか」となり、伝統4資産と生保の一般勘定に目配りして投資する通常の投資スタイルになったのです。政策アセットミックスも2019年に初めて策定したほどです。

私が基金に着任したのは2021年4月。驚いたのは株も債券もすべてパッシブだったことです。企業年金の多くが資産運用の安定化や高度化を掲げて、プライベート・エクイティや不動産などのオルタナティブ投資を増やしていた中で、そういった類も一切ない。投資していないから、運用会社も来ないし、情報も入ってこない。「これはまずい」と、自分から情報を取りに行くようにしたのです。

アクティブ運用も導入開始

【図表1】政策アセットミックスと2024年3月末の運用実績

政策アセットミックスと2024年3月末の運用実績

【図表1】が直近の資産配分ですね。今でも株式、債券もすべてパッシブなのですか。

田中 いや、ようやく2023年12月に国内債券の一部を国内外債券のアクティブ運用に変更することにしました。

導入に当たって考慮したことはありますか。

田中 日銀の金融政策変更観測が出てきて円長期金利が上昇し始めたので、金利が上昇しても収益が獲得できる戦略やクレジットリスクを取るなど、国内債パッシブ運用のキャピタルロスをカバーできるように商品選定をしました。

また債券に限ったことではありませんが、私は、パッシブ運用が準拠しているインデックスそのものに、あまり芯を置いていないのです。よく運用会社の人が「マイナス運用ですが、インデックスには勝っています」といった説明をしますよね。あれは、企業年金にとって、そして年金加入者にとって何の関係もありませんよ。大事なのはあくまで「絶対収益」です。アクティブ運用商品を選定する際は、インデックス対比という視点よりは、ポートフォリオ全体の「絶対収益」にどれだけ貢献あるいはリスク抑制できるか、ということをまず考えます。現在の政策アセットミックスを策定したときには過剰流動性相場の状態でしたのでパッシブ運用のみでも一定の成果はあったと思いますが、環境が変わった今それだけではいけないと思うようになりました。

丸紅連合田中氏
運用会社の資料は事前にデータでもらい、商品説明のミーティングは真剣勝負。予定時間で終わらないことも、しばしばだ
田中さんは1991年、丸紅に入社した。「いわゆるバブル期入社。大規模な開発事業みたいなことも志望しましたが、配属希望に管理部門であれば財務とも書きました」。ということで、駆け出しは大阪財務部。以降、一貫して財務畑で、ロンドン、アムステルダム、デュッセルドルフにも計8年駐在した。丸紅の財務には為替や金利に携わる「マーケット畑」と、M&Aなどに関与する「ファイナンス畑」がある中で、田中さんはどちらかというと「マーケット畑」という。為替金融市場課長などを経て2021年4月から現職。

新たな運用商品セレクトが「集大成」

今後の課題は何でしょう。

田中 2024年3月末時点の数字を基に、5年に1度の財政再計算をします。そこから、当基金にとっては2回目となる政策アセットミックスを、早ければ今年の年末にも策定したい。新アセットミックスに当てはめるべく今、運用戦略を選定中で候補を40ほどに絞り込んだところです。この作業の完成が私の3年以上かけてのプロジェクトの集大成になるかな。プライベート・エクイティは収益ドライバーとして、またインフラ・エクイティ、プライベートデットは安定資産として導入を前向きに考えています。国内不動産は悩んでいるところ。良いファンドはなかなか「空き」がないと聞いていますしね。海外不動産は先行き不透明ですので、慌てて導入しなくてもいいかなと思っています。いずれにせよ、多くの事業所、加入者を抱える連合型の企業年金基金として、透明性が高く、分かりやすい資産内容が大事だと思っています。

田中さんはオフについて、多くを語らない。テニスが唯一の趣味という。「体力維持と単なる暇つぶし」というが、その割には20年ほど前からのスクール通いは続いている。仕事もオフも「勉強熱心」な点で共通しているようだ。

「知りたい!隣の企業年金」は毎月20日ごろの配信を予定しています。

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済記者として金融、証券、情報通信などを取材。経営企画室長、大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事。2022年4月から現職

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