「分散投資理論」で考えるESG投資【第1回】 ESG投資の可能性を広げる~現代投資理論の中核との融合~
分散投資理論は、理論が確立し、最も発展している、ポートフォリオ最適化の理論に基づく。現代の科学的な投資理論は分散投資理論から始まったと言って良い。しかし、それをESG(環境・社会・企業統治)投資に応用する事例に関しては、詳細が公表されないこともあって、現在までのところ存在していないように思われる。そこで、本連載「『分散投資理論』で考えるESG投資」では、ESG分散投資の理論を比較的詳しく展開していくことにしたい。第1回は、その前提となる経済的背景や理論の確認である。
ESG投資の理論は、投資家の多くが満足いく形では、まだ構築されていないと筆者は考えている。ESGが多様な局面をもつことが一因と考えられる。またESGを不可欠の要素として投資戦略の中に組み込まねばならないという条件も困難にしている理由だろう。そんな中、分散投資理論の応用可能性に斬りこむ入門シリーズを展開する意義は大きいはずだ。
分散投資理論を開発・展開した2人の米国人教授に、証券市場分析技法の提供と相まって、ノーベル賞が授与されたことは周知だろう。この理論から、ESGはどう捉えられるかの検討が始められてしかるべきだろう。
分散投資理論の応用可能性は大
グローバルに採られているESG投資手法を網羅的にリストアップしたのはGSIA(Global Sustainable Investment Alliance)の2018年レポートである。添付図表はよく引用されるが、既に5年経過している。分散投資は、このリストのなかに含まれていないが、有力な技法であることを本連載で見ていくことにしよう。
日本では、ESG指数に連動する株式やESG債などで構成される、つまり国内外の複数のESG資産に分散投資すると謳(うた)うファンドが出てきているが、運用者は日頃から専門性を磨かなくてはならず、投資戦略をさらに練る必要がある。ESG投資の曖昧な部分を減らし、もっと透明度を高める方向へと向かわねばならない。
ESG投資の統計を発表しているGSIAはESG投資を次の7つの手法に分類する |
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ESG投資環境の前提
ESG(実物も証券も)投資では、支出した資金が企業や社会の持続可能性を上げ、企業価値や社会の富を増やす。控えめに表現しても、それらの価値の減少や毀損(きそん)を減らす、のである。
ESG経営に要する費用は、コストであるが、同時に(将来の、場合によってごく近い未来の)生産性上昇をもたらす可能性が高い。したがって、ESG経営に注力する企業の発行する株式への投資から得られるリターンが、市場の一般的な株式への投資から得られるリターンを必ず下回るとは限らないのは、当然のことである。
それゆえ、企業価値を高めていく上で非財務情報の開示が欠かせない要因となっている。R&D(研究・開発)だけでなく、健康経営を含めた人材や気候変動への対応などについて、数値化された情報だけでなく、数値に現われない関連する情報が投資家に開示されたり、投資家が予測・予想したりことによって、適切な株価が付けられるようになる。
本連載では株価はこのように値付けされていると前提しよう。これらの事柄は分散投資理論が成り立つための基礎になっている。
ESG投資の課題
ESG要素を財務分析に生かせば、気候変動などが引き起こすリスクや投資機会を特定するのに役立つ。これが当初狙われた目標・目的だった。この目標・目的達成の道のりは多難であり、まだまだ未到達だ。
確かに、多くのESGは開発、展開などに時間と資金がかかる。資金回収に時間がかかり、成果も不確実である。しかし、伝統的な非ESG部門で稼いだ利益を全額直ぐにESG投資に回すようなことをしてしまえば、資金が固定化してしまい、企業経営は立ち行かなくなる恐れがある。
辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数