伝統的資産にはないリターン特性や分散投資への貢献などの利点から、プライベートアセットへの注目度は高まる一途だ。ただし、同アセットクラスはその性格上、投資に特殊な知識を要したり、特別な注意が必要だったりする。連載「プライベートアセットのトリセツ」では、そんなプライベートアセットを使いこなすコツを、マーサージャパン 資産運用コンサルティング シニアコンサルタントの細谷弥穂氏の話を基に紹介していく。第1回ではその序章として、足元の運用環境におけるプライベートアセット投資の現状と重要性について概観してみよう。

インフレ環境下でも堅調なプライベートアセット

マーサー・細谷氏
マーサージャパン
資産運用コンサルティング
シニアコンサルタント
細谷 弥穂

2022年の株式、債券市場は、各国中央銀行がインフレ退治のために行った利上げを背景に大きく下落した。一般的に、株式の下落時には、債券が逆の相関を示しクッションの役割を果たすとされる。ただし同年の市場では期待に反して、特に外国債券を中心に、インフレ下において両者の正の相関が強くなるリスクが露呈した。

そうした中でも「不動産、インフラなどの実物資産やプライベートエクイティ、プライベートデットといったプライベートアセットは堅調で、リターンのドライバーとなった」とマーサージャパン 資産運用コンサルティング シニアコンサルタントの細谷弥穂氏は述べる。

非流動性プレミアムや投資先企業の経営に積極的に介する「ハンズ・オン」による付加価値創造など、伝統的資産とは異なるリターンの源泉を有していることから、プライベートアセットにはポートフォリオを保護する効果が期待できる。さらに、最大ドローダウンの観点でも、伝統的資産に比べ下方耐性がある上、時価評価のブレが少なく、会計上の投資収益の変動を抑えられるのも特徴だ。

細谷氏によれば、近年はプライベートアセットの中でも、より高いグロース(成長性)を見込めるセクターの二分化が進んでいるという。低金利政策が続いてきた日本では、「いかにインカムを稼いでいくか」に焦点が当てられ、インフラや不動産、プライベートデットといった資産クラスに人気が集まっていた。

そんな中、新型コロナウイルスの感染拡大を経て、不動産では伝統的セクターのうち、オフィスと商業施設セクターは下火となった。他方、EC(電子商取引)の発展に伴い物流セクターが伸び、住宅金利の高まりや在宅ワークの増加により賃貸住宅需要は増加した。

また、気候変動問題をめぐる社会的プレッシャーの高まりから、再生可能エネルギーへの転換や電気自動車の充電スタンド、効率よく電力を配分する電力制御技術を持った電力網「スマートグリッド」にかかわるインフラへの投資ニーズが生じている。

「インフレ」「世界経済の分断」がキーワード

細谷氏は、今後の運用環境を考える上でのポイントを2つ指摘する。

1つ目は「インフレ」だ。インフレ率が下がると即座に株価が上昇するように、マーケットはその動向に“一喜一憂”する状況にある。中央銀行が利上げを行えば、それに連動してインフレが収まるように思われがちだが、足元では高い物価上昇率が維持されている。「中央銀行が意図した水準までインフレ率が下がるには時間がかかる可能性があり、注視が必要だ」(細谷氏)。

2つ目に「世界経済の分断」だ。グローバル化が進んだことで、様々なコストが下がったり国際貿易が拡大したりと人々は恩恵を享受してきた。一方で、不平等な状況への不満など地政学的リスクが顕在化している。

「世界経済の分断が、サプライチェーンの複雑化や資源の奪い合いなどを通じてインフレを恒常的に根付かせる一因になっている。また、世界各国で紛争が起こるリスクも高めていると考える」(細谷氏)。

世界は、様々な観点で大きな社会構造の転換期を迎えている。これまでの常識が通用しなくなるような市場の不確実性も想定してポートフォリオを構築しなければならない。

目下の最大の課題であるインフレからポートフォリオを守る手段としては、インフレ耐性のあるプライベートアセットを組み入れることが有効だ。

「不動産やインフラ、天然資源は実物資産であるため、インフレをパススルーできる。特に海外では、不動産の賃料はインフレに連動して家賃に反映され、電力などのインフラもCPI(消費者物価指数)を考慮した料金体系になっている。また、プライベートデットも、変動金利のため、ベースレートが上昇すれば、その分、より高いクーポンレートが見込めるだろう」(細谷氏)。

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