アジア投資インサイト 第5回【ゼロコロナからウィズコロナへ転換するベトナム】 チャイナ・プラスワンの立場は維持。証券市場改革追い風に格上げを狙う
RCEP最大の受益者になる期待も
本誌2021年4月号に掲載した本連載の第1回で、新型コロナウイルス禍の逆風を逆手にとって存在感を増す国としてベトナムを紹介した。当時、迅速な対策が功を奏し、新型コロナの封じ込めに成功していた同国は、米中対立とコロナ禍の「双子の特需」を手にしており、「チャイナ・プラスワン」の地位を不動のものにしつつあると論じた。あれから1年経った今、ベトナムの状況はどうなっているのだろうか。
2022年2月28日時点の新規感染者数は10万1828人と、アジア主要国では韓国に次いで2番目に多く、連日過去最多を更新している。国内での移動が増えた同年2月上旬のテト(旧正月)を契機に感染が再拡大しているようだ(図表1)。
そもそも、コロナ対策の優等生であったベトナムの状況が一変したのは、2021年夏のデルタ株のまん延であった。同年5月ごろまでは市中感染がほぼゼロで推移していたものの、ハノイやホーチミン、ダナンなどでクラスターの発生が相次ぎ、次第に数千人規模の感染者が報告されるようになった。
当時「ゼロコロナ」政策を推進していた政府はこの事態を受け、2021年7~ 9月にロックダウンを実施した。外出が原則禁止され、ホーチミンやハノイでは一時、食料品や生活必需品の購入でさえも、家庭ごとに配布された買い物券に記載された日(週1回程度)に制限されるなど厳格な措置が講じられた。
足元の新規感染者数は2021年夏のおよそ10倍に上り、数字だけ見るとより深刻な状況と言える。しかし、2022年10月以降「ウィズコロナ」政策に舵を切った政府の規制緩和の方針に、今のところ揺らぎは見られない。その背景には、足元の1日あたりの死者数が100人前後と、2021年年9月の4分の1程度にとどまっている現状がある。
厳しいロックダウンを背景に、ベトナムの2021年7~9月期の実質GDP(国内総生産)成長率は、前年同期比マイナス6.17%と大きく後退した。特に感染が急拡大した南部では、従業員を敷地内に宿泊させ外出させないことが操業の条件となっていたため、多くの工場が一時操業停止に追い込まれたことなどが響いた。
政府が頑なに「ウィズコロナ」政策を維持する背景には、このときに進出企業の間でベトナムから第三国へと生産拠点の移転を探る動きが広がったことも教訓となっているようだ。2022年1月に、政府は新型コロナのリスク評価基準を、それまでの新規感染者数から重症患者数と死者数を重視する方針に変更するなど、より「ウィズコロナ」路線を鮮明にしている。
足元のベトナム経済は、この路線転換を背景に、2022年1~2月の小売売上高が前年同期比1.7%増の876兆ドン(約2兆1300億円)と、感染再拡大にもかかわらずプラス成長を維持している。また、輸出額も同10.2%増の538憶米ドル(約6兆1870億円、1ドル=115円)と高水準を維持した。さらに、同年2月18日までの1カ月間における航空運航便数は同20%増の2万5220便となり、前月比で2倍に急増した。
東アジアでは2022年年1月1日に、世界のGDP、貿易総額、人口の約3割を占める大型協定である「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」が発効した。ベトナムは加盟国のなかでも貿易依存度が高く、多くのサプライチェーンを擁するため、貿易や実質所得で最大の受益国になるのではないかとの期待も大きい。
他方、ベトナム民間航空局(CAAV)は、このたび約2年ぶりに国際定期便に関する制限措置を解除しており、今後徐々にビジネス往来も再開しそうだ。1年前とはベトナムのコロナ禍をめぐる環境は変わったものの、引き続き「チャイナ・プラスワン」の立ち位置は変わらないと見ている。
台頭するエフゼロインベスター
ベトナム株式市場では、コロナ禍の先行き不透明感からほかのASEAN(東南アジア諸国連合)同様に、断続的な海外資金の流出傾向が続いてきた。そんななか、ベトナムの代表的な株価指数のVN指数は、2018年につけた史上最高値をおよそ3年ぶりに更新した。これまでの外国人投資家に代わって、「F0 Investor(エフゼロインベスター)」と呼ばれる個人投資家による空前の株式投資ブームがけん引役となっている。
ベトナムでは新型コロナに感染した人を「F0」と呼び、「エフゼロインベスター」はそれになぞらえて生まれた言葉である。そのほとんどが、長引く低金利を背景に株式投資を始めた初心者だ。このような国内個人投資家の証券口座開設数は、2021年に前年比4倍と驚異的な伸びとなり、総口座数は400万口座を超えた(図表2)。これにより、売買代金は同3.4倍に増加し、その8割以上を占めるエフゼロインベスターらによる旺盛な「買い」がVN指数を押し上げた。
ベトナムで投資の対象となるのは、主に株式、債券、不動産だが、規制も多いため投資の選択肢は多くない。2019年から2020年にかけて、不動産会社や銀行を中心に多くの上場企業が社債を発行し、個人マネーを引きつけたものの、高利回りの社債はリスクが高く、当局は個人投資家向けの発行を厳格化した。こうした規制も個人マネーが株式市場に向かう要因となっている。証券口座を保有する個人投資家は5%未満にとどまり、依然としてポテンシャルは大きい。
半面、株式市場への急激な資金流入は、脆弱なベトナムの証券取引システムにしわ寄せをもたらし、システム障害が頻発した。2021年6月には、ホーチミン証券取引所でシステムの安全性を確保するために後場の取引を停止するといった事態に陥った。同年1月より実施されていた最低売買単位の引き上げに加えて、緊急避難的に中小型株の一部をハノイ市場に鞍替えするなどの対策も取られた。
その後、地場IT(情報通信)最大手のFPTによる売買システムの刷新により、1日あたりの注文処理能力は90万件から300万~500万件に増加。さらに韓国取引所が設計した新株式売買システムを導入により、取引システムの安定化が図られた。
取引システムの脆弱性という懸案事項の1つが解決したことは、指数算出会社のMSCIとFTSEラッセルによるベトナム株式市場の「新興国市場」への格上げに向けた試金石ともなりそうだ。さらに政府は、念願の格上げに向けて新証券法を施行し、同一日の反対売買と空売りなどを解禁した。また、ホーチミンとハノイの2大証券取引所の統合に向けて動き出すなど、国内投資家のみならず、海外マネーを意識した利便性と透明性の高い市場へと改革が進めている。
このような証券市場改革を追い風に、「ポストコロナ」の株式市場では、市場格上げを睨んだ海外投資家の回帰が期待され、しばらく活況を維持しそうだ。