アジア諸国の販売連携「ARFP」で海外投資が身近に

藤沢 日本の証券業界におけるリテールビジネスの現状は。

稲野 リテールビジネスは厳しい環境下にある。主要顧客の高齢化が大きな理由だ。新たな顧客層を開拓しなければという問題意識は持っているものの、なかなか実現できていない。

とはいえ、かつては投資信託などを買うにはそれなりの資金が必要だったが、いまは1000円単位から始められるようになった。株式投資も単元未満株やミニ株などのように比較的手軽に購入できる仕組みもあり、NISAやジュニアNISA、DCなどの長期の資産形成に適した制度と絡めて、新たな顧客層を開拓しやすい環境は整ってきた。

REIT(不動産投資信託)をはじめ、以前より商品ラインアップは豊富になり、タブレット端末のような後方支援ツールも充実してきた。しかし、残念ながら現場の方たちが十分に使いこなしているとはいえない。豊富な商品ラインアップや後方支援ツールを使いこなすスキルが身に付き、後方支援ツールがさらに拡充されれば、新しい顧客層にアプローチしやすくなると思う。

藤沢 資産運用業界で注目している動きは。

白川 国を挙げて国民の資産形成を推進していることから、運用業界に対する期待が高まると同時に業務品質向上への要求も強くなっている。それに伴って各運用会社では「投資信託のさらなる信頼向上」を目指し、フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の宣言や独立社外取締役の選任など、経営やファンド運営のガバナンス、透明性の強化に努めている。

今後の動きでは、アジア地域ファンドパスポート(ARFP)の制度整備がある。これは条件を満たした参加国間であれば、ファンドを相互に販売できる制度で、現在は日本を含めたオーストラリア、韓国など5カ国が署名している。海外ファンドが国内販売できることで、投資家には投資の選択肢がさらに広がり、運用会社には海外の販路を拡大するチャンスになり得ると考える。

稲野 ARFPでさらに投資の選択肢が増えるのは証券業界にとっても非常に良いことだ。多様な選択肢のなかから、いかに自分に合った金融商品を選ぶかが重要になる。その時にコストも1つの判断材料だが、最終的なリターンの要因は、金融商品の性能とコストになることから、性能論議とコスト論議のバランスをとる必要があるだろう。

「多品種少量生産」では情報提供がますます重要に

藤沢 後方支援ツールや金融商品は充実したが、販売員のスキルや投資家のリテラシーがまだ不足している。

稲野 証券業界も投資家もともに長期の資産形成における成功体験が少ないからだ。長期の累積的な成功体験が得られる方法論を開発し、成功体験が蓄積されていくと状況は変わっていくのではないか。

白川 米国では30年間で金融資産が6.5倍になったが、日本は3倍に過ぎない。最大の理由は米国のマーケットが30年間上がり続けている一方で、日本はアベノミクスが導入されるまで30年間下がり続けていることが挙げられる。

米国ではS&P500に連動するインデックスファンドに投資していればプラスになったが、日本では日経平均株価に連動するインデックスファンドに投資しているとマイナスになっていた。日本では、こういう真実も踏まえたうえで貯蓄から資産形成に誘導していくことが重要だ。

藤沢 これからの資産運用業界はどうなるか。

白川 投資初心者に適した商品を提供していくと同時に、経験の豊富な方のニーズに応える金融商品も別途提供していくことが重要になるだろう。

藤沢 世の中の多くのビジネスでは「多品種少量生産」の傾向にある。資産運用業界も同じで、投資信託の種類が増えていくのは必然的といえる。したがって今後は、顧客に対する情報提供やアドバイスなどの業務がますます重要になっていくのではないか。

白川 これからはたくさんある商品を、いかに選びやすくするかがポイントになる。iDeCoで取り扱う投資信託の本数を絞り込むという議論は、入り口のハードルを下げるという意味では良い。しかし、投資初心者の方が知識をつけたときに投資対象が少ないのはかえって利益を損ねてしまうかもしれない。投資対象は多くして、簡単に選べる仕組みをつくることが制度や業界のさらなる発展に寄与すると思う。