ESG格付け会社は世界に数百以上

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
辰巳憲一
1969年大阪大学経済学部、1975年米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数

ESG(環境・社会・企業統治)の評価が株式や社債への投資、銀行融資において重視されるのが普通になってきた。その際企業のESG情報を入手する手段・ルートが「企業との直接対話」なのは超大手に過ぎず、多くはESG格付け会社が提供するものを使っている。こうした傾向を追い風に、設立された格付け会社は世界に数百以上もあると推定され、各社で異なる評価手法が投資家や企業を混乱させている。

下の図表はESG格付け会社8社をどう評価するかについて、2018年1月~3月の期間にフランスを代表する企業120社に対して実施したアンケート調査結果である。5つの項目について、それぞれ大変満足(4点)、満足(3点)、不満足(2点)、大変不満足(1点)で評価される。

8つのESG格付け会社とはEcoVadis、 CDP、FTSE、MSCI、Oekom Research、RobecoSam、Sustainalytics、Vigeo Eirisである。横軸にとったガバナンス、ESG格付けスコアの評価方法、評価する企業との関係性、問題が発生した際の解決スタンス、総合評価の5つの観点から評価される。「評価方法」についてフランス大企業は特に満足していないことがわかる。

【図表】格付け会社のESG評価に対するフランス企業の満足度

図表
(出所)荒尾、清水、小川 「ESG投資を巡るわが国の機関投資家の動向について」日本銀行、2020年7月。boj.or.jp/research/brp/ron_2020/ron200716a.htm を参照。オリジナル出典は同文献参照

ESG格付けは更新頻度が低いため速報性がなく投資に使えない

実際、欧米だけでなく我が国においても、様々な意見がある。

格付け会社については、その出自により得手不得手がある。その結果、ガバナンスや会計面でのリスクを軽視する傾向さえ一部にはある。ESG情報開示基準は、想定される開示情報利用者と設計思想の違いによって開示項目の内容がまったく異なる場合もある。企業のESG行動と成果を適切に開示するため、あるいはESG行動を推進させるためではなく、ESGの情報開示を促すためをうたう格付け会社もある。かくも格付け会社は様々なのである。

投資家側からは、評価方法が公開されず透明性が低い、評価作業が鉛筆なめなめであるといった理由からESG格付けをそのまま利用することはできない。また、同一企業に対するESG格付けが会社によって異なる場合があり、1つの格付け会社のESG格付けだけに基づいて投資先を選定するには心配である。ESG格付けの更新頻度が低いため速報性がなく投資に使えない、といった指摘がある。

企業側からは、ESG情報の開示が標準化されておらず、複数のESG開示基準が(現在のところ)混在している。その結果、企業規模、地域、業種によってESG格付けにバラつきが生じている。開示する企業にとって情報開示の負担が重く、投資家のニーズに十分対応できない、などが指摘されている。

「概念」「計測方法」「荷重」の3つの視点から分析

そもそも、SEC(米国証券取引委員会)委員長が「『EとSとG』を一緒にして1つの格付けで企業を評価するのには無理がある」とかつて指摘したように、ESG格付けは予想外に困難な作業なのだ。

このようなことは10年以上前に公刊された論文で既に指摘されている。2007年、20カ国153社のESGインテグレーション分析したScholtens “Corporate Social Responsibility in the International Insurance Industry,” Sustainable Development 19 (2), pp.143-156. DOI: 10.1002/sd.513 は、格付け会社が提供するESG情報を得るには無視できない費用が掛かかるだけでなく、目的を達成できているかどうかさえ不明である、と指摘している。

新しい研究では、概念、計測方法、荷重の3つの視点からKLD (現MSCI Stats)、Sustainalytics、Vigeo Eiris (現Moody’s)、RobecoSAM (現SP Global)、Asset4 (現Refinitiv) とMSCI IVAの6つの間にある差を分析したBerg, Kolbel and Rigobon “Aggregate Confusion: The Divergence of ESG Ratings,” May. https://ssrn.com/abstract=3438533 もある。