マクロ経済 覚醒した米国債券市場の行方
バイデン政権の1.9兆円の経済対策が引き金
2021年2月末にかけて米国債(10年)が1.6%台まで急上昇し、その後も1.5%前後の水準を維持していることで世界の金融市場が大きく動揺している。
思い起こせば、2020年3月に米国で新型コロナウイルス感染拡大による非常事態宣言が各州で出始めたところから、金融市場でのコロナショックが始まったわけであるが、その際の米国債(10年)の金利水準はちょうど現在の水準と同程度であった。コロナショックに突入した3月初旬に一気に1%台を割り込み、0.3%まで急低下した後に0.7%~0.9%のレンジで推移した後は、2020年末までほぼ大半の期間、0.8~1.0%のレンジで小動きの状態が長く続いた。
2021年の年明け後は史上最高値圏に突入した株式市場や高騰を続ける原油や他の資源価格をにらみながら、少しずつレンジを切り上げ、2月にかけて1.0%~1.2%のコアレンジを形成したかに見えていた。しかし、2月にバイデン政権による1.9兆円にのぼる経済対策が議会に上程されたところで、米国債券市場は完全に覚醒したと思われる。
市場はインフレの可能性を急速に織り込みつつある
2020年3月からの約1年間にわたり、コロナショックの中で五里霧中だった経済・金融市場において米国債券市場は暫時(ざんじ)冬眠に入り思考停止状態に入っていたが、株式市場がコロナショックの中で史上最高値をつけに行く「お祭り騒ぎ」となり、さすがに少しずつ覚醒せざるを得ず、2月末にはとうとう完全に覚醒したのである。とりあえずコロナショック前の水準まで金利水準を戻した後に、ファンダメンタルズや財政状態を見据えながら、次の展開を探っているのが米国債券市場の現況であろう。
それではこの先、米国債券市場はどのような方向に行くのであろうか。まず着目しなければならないのは2.3%に迫る期待インフレ率である。資源価格の高騰や未曾有の経済対策で、市場はインフレの可能性を急速に織り込みつつある。この8年の動きをみても、期待インフレ率の水準は最高水準圏にある。図表を見ると、2013年と2018年に米国債(10年)が3.0%をつけた時よりも高くなっているのがわかる。
パウエルFRB議長よりイエレン財務長官の発言に反応する展開に
次に着目すべきはコロナ対応の経済対策である。今回、バイデン米大統領は1.9兆ドルの経済対策を議会に上程したが、民主党内でも規模が巨大過ぎることに対する警戒感が拡がり、一部修正が入ったほか、当初盛り込まれていた最低賃金を倍にする法案が取り下げられた。トランプ政権時の2020年発動された3兆9000億ドルの経済対策を合わせると、5兆8000ドルにもなる経済対策は、リーマン・ショック時の7870億ドルの7.5倍というとんでもない規模になっている。
この結果、米国の対GDP(国内総生産)での債務比率は第2次世界大戦時と同等まで引き上げられた。これらの要素を米国債券市場がどう精緻(せいち)に織り込んでくるかが今後の焦点であるが、今までの歴史を振り返れば、米国債(10年)が期待インフレ率を下回る局面はほとんどないことから期待インフレ率との実質マイナス金利の解消を試しにいく蓋然性が高いと言える。現状はとりあえず、現在のインフレ率との実質金利マイナスの解消を達成したことで、いったん様子見に入る可能性もある。当面は1%台後半でもみ合いながら、2%をトライする流れになりそうだが、そのスピードは米国の財政・金融当局のメッセージ次第ということになりそうである。
特に異次元の財政政策が繰り出される中で、財政・金融政策の一体化が極限まで進んでいる。キーパーソンになるのはイエレン財務長官であろう。前FRB(米連邦準備理事会)議長として金融政策の要諦を知りつくし、労働経済学の学者として経済のベースである労働市場を詳細に分析できる賢人である。今後は、パウエルFRB議長の発言よりもイエレン財務長官の発言により強く反応する展開になると思われる。財政金融政策の一体化を体現化するようなシンボリックな存在であるイエレン財務長官が労働市場分析をコアとした経済見通しのもと、現在の財政金融政策はコロナ収束への道筋の不透明性からも整合的で正統である旨の情報発信を頻繁に行なえば、米国債券市場は落ち着きを取り戻すだろう。
「逆テーパータントラム」が起こる可能性
しかしながら今回の経済回復局面で気をつけなければならないのは、コロナ禍でのロックダウンなどで抑え込まれていた巨大な「後食い需要」が、これまた大型経済政策と超金融緩和による巨大な「先食い需要」と同時に発現するということであり、このことが高い期待インフレ率につながっていると考えられることである。先行して財政・金融政策の一体化を後押ししている日欧の債券市場とは違い、米国債券市場には「同調圧力」や「忖度」が効かない市場である。
もし当局の説明に納得がいかなければいろいろと試しにくるだろう。今のところFRBのパウエル議長は2023年まで現在の政策金利を据え置くとのスタンスを明確にしているが、米国債券市場は折を見て年内のテーパリング(緩和縮小)の可能性を探るような動きをしてくるかもしれない。2013年のテーパータントラムは市場が予想していなかったタイミングでバーナンキFRB議長のテーパリング発言が出たため、金利の急上昇を招来したが、今回は市場が年内のテーパリングの催促をするような「逆テーパータントラム」が起こるかもしれない。
いずれにしても今後はファンダメンタルズや財政状態の分析以上に、市場と財政金融当局との丁寧な対話が最重要となってくると思われる。市場は短期的な経済回復やインフレ期待だけでなく、そもそものコロナ収束への道筋の不透明性が残存していることやこれから断続的に来る「財政の崖」の問題をも中長期的に織り込みつつ、しっかりと市場機能を働かせることが肝要である。