コーポレートガバナンス・コード
企業の将来を左右する投資家による長期視点の評価

経済の持続的な発展と成長を促すため、企業と投資家による対話(エンゲージメント)を通した関係構築を推奨する「コーポレートガバナンス・コード」。遵守規定も罰則規定もないこのコードを、企業はどのように捉え、対応していくべきか。「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの参加者の1人である、ブラックロック・ジャパンの江良明嗣氏に話を聞いた。

コードをどう受け入れるのかは企業の判断に委ねられる

2015年6月1日から国内企業への「コーポレートガバナンス・コード」の適応が開始された。同コードでは、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現するうえで求められる行動や規範が定められている。具体的には①株主の権利・平等性の確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話の5つの「基本原則」とそれらを具体化するための多数の「原則」「補充原則」で同コードは構成されている。国内の上場企業のうち3416社が「コーポレートガバナンス・コード」の適用対象となり、他の国と比べてみても日本の対象企業数は多い(図表4)。

「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方に則り、各企業は株主総会の開催日から6カ月以内に、コードにまとめられた諸原則を実施するかどうかを決め、実施しないのであれば、その理由をコーポレート・ガバナンス報告書にまとめて東京証券取引所に提出しなければならない。また「プリンシプルベース・アプローチ」を採用しているため、開示のためのフォーマットがあるわけではなく、どの原則を受け入れ実施するかも企業の自由裁量に任されている。

現状の企業の対応状況はどうなっているのか。ブラックロック・ジャパンコーポレートガバナンス・チームの江良明嗣氏は「実態としては、株主総会の担当者がコーポレートガバナンス・コード対応の担当を兼務していることが多い。株主総会が終わったあとに、ようやく各社で本格的な対応が始められるだろう。6月に株主総会を終えた企業であれば9月以降にかけて開示が行われるのではないか」と予想する。

経営の考え方と価値観をわかりやすく伝える

機関投資家に、企業との建設的な「目的を持った対話」を求める「日本版スチュワードシップ・コード」(2014年2月26日に策定・公表)に呼応する形で「コーポレートガバナンス・コード」は制定されることとなった。車の両輪に例えられるように、2つのコードが相まって日本の上場企業のコーポレートガバナンス(企業統治)が充実し、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上が実現すると金融庁をはじめとする関係者は期待している。

だが、ガバナンス(統治)を巡るこの一連の流れについて、江良氏は「成長力、収益力に焦点が当たっているということは、世界で渡りあえるような強い企業が少なくなりつつあるという現実に直面していることを意味する」と別の角度からも注目する。持ち合い株の解消や平均ROE(自己資本利益率)水準の上昇といった話題に注目が集まるなか、「コーポレートガバナンス・コード」の導入自体の成果を測るうえでは、経営手腕を見つめ直して収益力を上げられた企業がどの程度増えたのかということが問われてくる。

江良氏は「今後は『コーポレートガバナンス・コード』への対応に差が生じ、二極化が鮮明になるだろう。意欲があり、積極的に対応する企業は投資家を惹きつけていく。一方、そうでない企業は、投資家から関心を持たれなくなっていく」と続ける。確かに、コードの適用対象となる企業が圧倒的に多いため、必然的に対応の質にバラツキは出てくるだろう。だが、なによりも重要なのはコードへの取り組み姿勢だ。

例えば、社長をはじめトップマネジメント層が関わり、コードが求めている本質的な部分、いわば精神を受け入れて対応している企業は、開示される情報や対話の場面で語られる言葉に真剣さが宿り、投資家に熱意が伝わるものだ。一方で精神を理解せず、対応することが目的化してしまう企業の対応はそれなりのものに終始してしまう。

それでは、企業は具体的にどのように「コーポレートガバナンス・コード」に対応していけばいいのだろうか。前提として企業の対応を評価するのは、ほかでもない機関投資家だ。だが、企業の業績を評価するポイントや運用する銘柄の数が投資家によって異なるため、売上高や四半期決算等の細かい数字を列挙すればいいというわけではない。江良氏がポイントとして挙げるのが「ストーリー性」と「企業の考え方や規律」だ。

「経営者が長期的にどんなことを考えていて、どんな実行プランを持つのか。それを踏まえて現在の経営状況をどう評価しているのか。そのための組織体制や人事制度はどうしているのか等を筋道を立てて、わかりやすい言葉で説明することが大切だろう。どんな企業にも『規律(=行為の基準)』や大切にしている『価値観』があるはずで、私たち投資家はそれが何かを知りたい」
「規律」や「価値観」は競争力の源泉や、経営判断を下すうえでの基準とも言い換えられる。経済産業省が事務局を務める「投資家フォーラム作業部会」では、一般的に投資家が企業に聞きたいポイントを質問表としてまとめているので、こうした資料を参考にしてもいいだろう(図表5)。

加えて、江良氏は「企業の開示や取り組みにお墨付きを与えるのは投資家だが、投資家自身は企業が何をすればいいかという答えを持ってはいない」と強調する。コンプライとエクスプレインのどちらにしても、投資家を納得させられるかが要点であり、極論すれば社外取締役を置かなかったとしても、投資家が納得しているのであれば問題はないはずだ。