• 最近の中銀による政策は、信用秩序の維持を目的としており、ドル安を招くとは限らない。
  • ユーロ上昇の背景には、財政統合や楽観的な景気見通しなどがある。
  • ドル/円相場は、地政学、地経学、財政的な要因から、110円を目指そう。

日銀以上に量的緩和を拡充するFedとECB

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

経済学の教科書において、金融緩和は当該国通貨の下落を招くと繰り返し述べられてきたが、ポストコロナの経済学においては、必ずしもそれは当てはまらないようである。

COVID-19のパンデミックを受けて、日米欧の各中銀は本年3月以降、量的緩和の再開と拡充を実施した。Fed(米連邦準備制度)は、3月にゼロ金利政策と量的緩和政策を再開し、6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)では、毎月1200億ドルの資産購入を決めた。ECB(欧州中央銀行)も3月以降量的緩和の拡充を行い、6月の理事会では、資産買い取り枠を1.35兆ユーロに増額した。日銀も4月の会合で、国債購入の上限を撤廃している。この結果、最近時点での各中銀のバランスシートを比較すると、Fedが前年比83.8%増、ECBが同36.5%増、日銀が同17.2%増と、FedがECBと日銀を大幅に凌駕している。経済学の教えるところでは、また、マネーの増加率と為替レートを比較したいわゆるソロスチャートの信奉者にとっても、ドル安は自明の理となる。

確かに、ユーロ/ドル相場をみると、3月中旬以降、10%超の上昇となっている。一方、同期間におけるドル/円相場の下落は4.8%と、ユーロ/ドル相場上昇の半分以下にとどまっており、ドル/円相場の出遅れ感が否めない。日米中銀のバランスシート増加率格差から考えると、ドル/円相場は早晩少なくとも100円程度まで下落するはずである(図表)。

【図表】日米中銀のバランスシート格差とドル/円相場

日米中銀のバランスシート格差とドル/円相場
資料:Fed、日銀

米中対立の激化が円高圧力を減じる可能性

ここで注目すべきは、日米欧の中銀が3月以降実施してきた主な政策は、金融政策というよりは、プルーデンス政策の色彩が強いという点だ。すなわち、量的緩和をはじめとする様々な政策は、コロナ禍による経済的混乱の中で、信用秩序を維持するために実施されたとみることができる。したがって、そのような「見せ金」のようなプルーデンス政策が、必ずしも通貨を下落させるとみることはできない。

ユーロ/ドル相場の上昇についていえば、7月21日に、EU(欧州連合)首脳会議が7500億ユーロの復興基金案で合意し、EUが遅ればせながら財政統合に向けて動き始めたという歴史的イベントに加え、米国に比べてより楽観的な欧州の景気回復が、市場のコンセンサスとなっていることなどがあげられる。

一方、今後ドル/円は、むしろ110円に向けて反発する公算が高いとみる。香港、TikTok、南シナ海、台湾等々、コロナ後もますますエスカレートする米中対立は、地政学的に、円にとってネガティブである。また、歴史の教えるところでは、米中対立の激化は、地経学的に、米国による政治的な円高圧力を減じることになる。日本の財政状況の悪さが米国を超えていることなどが、その要因としてあげられる。