政府や中銀による自律的なマクロ経済運営は困難に

土田 陽介
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
調査部
研究員
土田 陽介(つちだ・ようすけ)

ドル化(ダラーライゼーション)と呼ばれる経済現象がある。自国通貨と並んで、信用力が高い米ドルなどの外国通貨を利用することだ。日本ではあまりお目にかかれないが、海外、特に新興国ではよく見かける光景である。米ドルのみならず、日本円やユーロが用いられることもあるが、これらも幅広い意味でドル化(ないしは通貨代替)と呼ばれる。

通貨が不安定な新興国の人々からすれば、資産防衛の観点から米ドルで貯蓄を行うことは極めて合理的だ。明日にも為替レートが暴落するかもしれない自国通貨ではなく、安定した米ドルで貯蓄を行う。そして日々の為替レートを睨(にら)みつつ、必要な分だけ自国通貨に両替すればよい。変動が激しければ利ザヤを抜くことだってできる。

他方で新興国の政府や中央銀行からすれば、ドル化は非常に頭の痛い問題である。政府は財政政策を、中銀は金融政策を用いてマクロ経済運営を担うが、当然ながらそれは自国通貨を通じて行われる。ドル化が進み、外国通貨の利用頻度が高まれば高まるほど、新興国の政府や中銀による自律的な経済運営は困難となってしまうわけだ。

自ら不安定な通貨を放棄して自発的にドル化をした経済(例えばエクアドル、エルサルバドル、パナマなど)の場合、特に問題はない。こうした政策的なドル化は公式的なドル化と呼ばれるが、一方で通貨危機などを経て自然発生的に生じたドル化、つまり非公式的なドル化が進んだ新興国では、実際にマクロ経済運営が困難になっている。

ここで米ドルの実効為替レート(図表)を見ると、2015年12月に米連銀が利上げを開始して以降、名目と実質の両ベースで着実に上昇したことが分かる。2020年に入ると、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うリスクオフの流れを受けて米ドル需要が世界的に強まり、それが米ドルの実効為替レートをさらに押し上げることになった。

図表 米ドルの実効為替レートの推移

この過程でいくつかの新興国が通貨不安、ないしは通貨危機に陥っている。とりわけ、2018年8月に通貨危機に陥ったトルコとアルゼンチンでは、非公式的なドル化が進んでおり、政府と中銀によるマクロ経済運営が非常に困難となっている。ここからは、両国における非公式的なドル化の様相を簡単に見ていきたい。

トルコではリラ相場下落に伴う通貨不安定で外貨建て取引活発化

トルコの通貨リラの対ドル相場は、米国が利上げを開始した2015年12月以降、下落が続いた。さらに対米関係の緊張がトリガーとなり、2018年8月10日にリラが暴落、通貨危機に陥った。その後はわずかながら対ドル相場が持ち直したものの、コロナ禍に伴うリスクオフの流れを受けて2020年5月に入り最安値を更新することになった。

強権的な手法でトルコを統治するレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、利下げにより物価が下がるという強い信念を持っている。その意向を組んだ中銀は、為替レートに下落圧力がかかるにもかかわらず利下げを断行、為替介入でそれに抵抗するという荒業に打って出た。このスキームが対米関係の悪化を契機に破綻をきたし、2018年8月の通貨危機を招くことになった。

リラ相場に強い下落圧力がかかる前の2010年12月時点において、貨幣供給量(M3)に占める外貨預金(含む金預金)の割合は24.9%であった。その後はリラ相場の下落に伴いこの比率は上昇、通貨危機直前の2018年7月には40.3%にまで達した。さらに翌月の通貨危機を受けて、この比率は最悪期である2019年4月に47.9%まで上昇した。

足元にかけてこの比率は40%後半で推移しているが、このことはつまり市中に出回っているマネーの実に半分近くが外貨(主に米ドル)であることを意味している。度重なる通貨危機の歴史もあり、トルコの人々の自国通貨リラに対する信認はそもそも弱かった。それに追い打ちをかけたのが、エルドアン政権による失政であったわけだ。

通貨が不安定であるため、トルコでは銀行の取引の半分近くが外貨建てで行われる。預金も貸出も、それぞれ半分程度を外貨が占めている。資産負債管理(ALM)の観点からいえば、銀行の行動は合理的だ。ただ自国通貨建て預金と貸出が増えなければ、トルコは自律的な経済成長を実現できず、“中進国の罠”に囚われ続けることになる。

またトルコでは、インフラ開発もいまだにドル建てで行われている。トルコのインフラ開発は民間事業者に資金調達から開発、運営を委ねる官民パートナーシップ(PPP)形式で行われるものが主流であるが、この方式によるインフラ開発は、20~30年経てばインフラの所有権が民から官に移転するため、政府の債務隠しに使われている。