近年、ビットコインなどデジタルを活用した仮想通貨(暗号資産)が伸びてきている。世界的にアクティブ・ユーザーの多いフェイスブックが構想を掲げた「リブラ」も、そうした仮想通貨(以下同)のひとつである。しかし、当初予定していた2020年のサービス開始は実現が厳しいように思う。構想が上がったものの前進していないリブラ。方針が決まらない理由と、リブラに期待されていることは何かを考察する。
- 急成長中のステーブルコインで、新通貨リブラの構想が公表される
- 各国は自国通貨発行権への懸念から否定的
- 国際的送金システムへの好影響が期待できるリブラの「金融包摂」
ステーブルコインが成長する中で公表されたリブラ
近年、複数資産の構成によって価格変動を抑制したステーブルコインが急成長している。2019年9月末時点では、ビットコインなどの仮想通貨時価総額の上位10以内に、ステーブルコインである「テザー」が入った(図表1)。テザーはステーブルコインの中でも圧倒的な存在感を見せる、米ドルにペッグした仮想通貨。時価総額の比較では4位となったが、取引額で比較するとその規模は最大である。
そんなステーブルコイン市場に、新たな通貨が加わる可能性が出てきた。2019年6月にフェイスブックが公表したリブラである。リブラはテザーのような単一の法定通貨担保型ではなく、複数通貨を担保にしたバスケット型だ。スイスのジュネーブに独立した非営利団体、リブラ協会を置いて運営する。創業メンバーとして、米国を中心に21社が署名を終えた。創業後は100社ほどを協会メンバーとして取り込む予定で、日本でも関心を持っている企業はある。
協会メンバーになるメリットは、リザーブの運用収益の一部を配当として受け取れること、1000万ドルの出資につき1議決権が得られることである。しかし構想が公表されたというだけで、具体的なことは何も決まっていない。
また、メンバー内の企業が自社の利益追求のために出資を増額してリブラを乗っ取るという事態は、一つのシナリオとして可能性がある。とはいえ、巨額の資金を投資してリブラを支配したところで、利益を確約できるわけではない。そもそも、FSB(金融安定理事会)で規制を決めないことには何も始まらないが、現在FSBでは精査中のため、具体的なことが決められない状況にある。関心を示している企業はビジネスチャンスということで、取りあえず参加したいというスタンスではないか。
リブラの利用者に関しては、法定通貨との交換でリブラが使える見通しだ。実際の送金、購入などに関してはフェイスブックの子会社カリブラが提供する専用アプリを使うことになる。フェイスブックが、膨大な個人の金融データを使ってマネタイズするのではという懸念があるが、カリブラはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と切り離しターゲット広告に利用しない方針のため、リスクを心配するほどではない。
「フェイスブックの影響力・ユーザー=リブラ」は早計
リブラに対する各国規制当局者の見解は否定的だ。2019年10月のG20(20カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)の報告書ではステーブルコインに対し、法的安定性、ガバナンス、マネーロンダリング(資金洗浄)、決済システムの安全性や効率性、セキュリティ、信頼性、プライバシー、消費者や投資家の保護、税務コンプライアンスといった数々のリスクが取り上げられた。
併せてリブラについて、各国の金融政策や安定性、国際金融、公平な競争に影響があると指摘している。こうした問題の中で最も懸念されているのが、マネーロンダリングの問題だろう。テロ資金供与防止など、不正利用の温床とならないよう、リブラを実用化するには厳しい規制を設けるべきとの考えが背景にある。
各国の懸念や批判は、各国の通貨発行権を脅かすと考えられているためだ。中には厳しすぎる批判もある。例えば、アルゼンチンのペソやブラジルのレアルなど途上国の通貨がリブラに置き換わるのではというのも、そのひとつだろう。フェイスブックの月のアクティブ・ユーザーは2019年7月時点で23億人いることから影響力としては大きいが、リブラに結びつけるのは早計だ。現在、途上国の通貨がドルなどに置き換わっている事実はないので、今後リブラに置き換わることがあったとしても途上国の金融政策などの問題だろう。
機関投資家が投資対象としてリブラに手を出すことは考えにくい。そもそも、仮想通貨はボラティリティが高く、リスクを負う一部の個人投資家が好む傾向にある投資対象だ。リターンの確実性を重んじる機関投資家は、元々ビットコインのような価格変動リスクの高い仮想通貨を投資対象として見ていなかったことから、リブラに対しても同様の動きをとると見てよい。
一方で、リブラには評価できる部分もある。ステーブルコインのメリットである決済コストの軽減、決済スピードの高速化だ。これに加えて、リブラには「金融包摂」の解決が期待される。2017年のデータによると、発展途上国を中心に世界には17億人の銀行口座を保有していない成人がおり、金融サービスの平準化は世界的に進んでいない(図表2)。さらに、銀行口座を保有している人であっても、母国へ送金する際には銀行に支払う手数料が発生してしまう。リブラによってモバイル決済が広がれば、金融サービスが途上国にも広がり、貧困を減らすひとつの手段になり得るのだ。
現状、リブラの状況を見る限りでは、規制の問題もあり当初の構想どおりに広がるか疑問であるが、リブラの構想自体は国際送金システムに競争を生み出し、質の向上でも一翼を担ってくれるものと期待できる。「金融包摂」というリブラの精神については、評価できるのではないだろうか。このように、リブラには問題点もあるが、その構想から仮想通貨投資家の中では好意的な意見も多い。