2025年6月11日、設立20周年を迎えたアジア太平洋リアルアセット協会(APREA)は、都内で「APREA ジャパンREITフォーラム」を開催した。J-REIT市場の可能性と今後の発展に向けた取り組みについてのディスカッションや講演が設けられた当日のプログラムの中から、神田潤一衆議院議員および早稲田大学大学院教授の川口有一郎氏による基調講演の内容をダイジェストでお伝えする。

基調講演

「資産運用立国で日本経済を新たな成長へ」

神田衆議院議員

衆議院議員
神田潤一氏
1994年、東京大学卒業後、日本銀行に入行。考査・実務を通じて多様な金融分野を経験。2021年に衆議院議員に立候補し当選。2023年9月に内閣府大臣政務官として、新しい資本主義、資産運用立国などの政策立ち上げに関わる。2024年11月、第2次石破内閣の下で法務大臣政務官に就任。(岸田元首相が会長を務める)資産運用立国議員連盟の事務局次長も務める。

「貯蓄から投資へ」のエコシステムを金融面から促進

もともと「資産運用立国」構想は、2021年に成立した岸田政権が打ち出した「新しい資本主義」が発端だ。

構造的な賃上げや三位一体の労働市場改革、官民が連携してGX(グリーン・トランスフォーメーション)や半導体といった先端分野に積極的に投資することなど、その文脈で様々な取り組みが行われた。2022年5月、岸田元首相が新しい資本主義についてロンドンで講演した際に、「インベスト・イン・キシダ」のキャッチフレーズを用いたことを記憶している方も多いのではないか。

その後、2022年11月ごろに提唱され始めたのが、「資産所得倍増プラン」だ。NISAやiDeCoの制度強化、金融経済教育の拡充をはじめとし、国際金融センター化を見据えたコーポレートガバナンス改革などの取り組みが始まったのがこのタイミングだ。さらに2023年秋に国内外に日本の金融資本市場の魅力と可能性をPRする「ジャパン・ウィーク」が始まったこともあり、株価が3万円台を回復するなど上昇に転じはじめたのがこの頃であった。

この資産所得倍増プランを提唱する直前に、政府で議論されていたことがある。米国や英国では、個人の金融資産が株式市場に活発に投資されており、それが株価を押し上げ、ひいては個人所得の増加に繋がるというポジティブな循環がある。それを日本でも実現できれば、家計の所得増加と経済の活性化を両立できるエコシステムが形成できるのではないかということだ。

まさにのちに言う「貯蓄から投資へ」であるが、このエコシステムの形成を金融面から促進しようというのが、「資産運用立国実現プラン」の肝となる考えだ。

■成長と分配の好循環を金融面から支える資産運用立国実現プラン
成長と分配の好循環を金融面から支える資産運用立国実現プラン
出所:首相官邸HPより神田氏作成
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日本に吹く3つの追い風を、経済成長に繋げる

具体的には、家計、金融商品の販売会社、企業、資産運用会社、アセットオーナーなど、インベストメントチェーンを構成する各主体をターゲットとした取り組みを進めていく内容となっている。先行して進んでいる新NISAの利用状況を見ると、力強い資金流入が続いている状況だ。

■資産運用立国実現プランのコンセプトと主要施策

資産運用立国実現プランのコンセプトと主要施策

資産運用立国実現プランのコンセプトと主要施策
出所:金融庁HPより神田氏作成
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なお今後の話として、資産運用立国議員連盟では、「資産運用立国2.0」に向けて次のような施策を提言しているところだ。

■「資産運用立国2.0」に向けた提言
「資産運用立国2.0」に向けた提言
出所:神田氏の講演スライドより
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ここで最後に重要なポイントとして申したいのは、「TTID(This Time Is Different=今回は違うぞ)」だ。日本は過去何十年も低成長から抜け出せずにいたため、「結局今回も何も変わらないのでは」との悲観論も多く目にする。

しかし、これまでと明らかに違うポジティブな傾向が主に3つある。「個人資産が実際に投資に向かい始めたこと」「30年ぶりに金利と物価が動きはじめたこと」「地政学的にも貿易的にも、米国の最重要パートナーが中国から日本に戻ってきていること」——だ。

これら待ちに待った追い風を日本経済の発展に繋げる重要な取り組みとして、「資産運用立国2.0」に向けた施策などを通じて資産運用立国プランのさらなる促進にまい進していく所存だ。

基調講演

「資産運用立国とJ-REIT」

早稲田大学川口教授

早稲田大学 大学院経営管理研究科
教授

川口 有一郎氏
防衛大学校卒業、日本大学工学修士、東京大学工学博士。計算幾何学や人工知能(機械学習)を不動産の価格評価や都市設計に応用する研究に従事。英国ケンブリッジ大学留学中に新しい実学「不動産金融工学」を創始する。2004年より現職。東京大学、京都大学、および慶應義塾大学で客員教授を歴任。2013年Asian Real Estate Academic Society会長。2007年より日本不動産金融工学学会会長。

シャープ・レシオで一人負けのJ-REIT

いま神田議員から講演があった通り、日本はいま資産運用立国実現プランの文脈で、約2000兆円あると言われる個人の金融資産が動き始めている。そして企業や資産運用会社、アセットオーナーの市場との向き合い方も変わってきている。これは、日本の不動産市場にもポジティブなトレンドだ。

日本の不動産市場も約2000兆円と言われている。日本の株価がここ数年で4万円を回復するまでに上昇したようにJ-REIT市場を盛り上げていければ、日本経済の活性化へのインパクトは非常に大きなものになるだろう。そのためには、J-REITのサプライサイドである運用会社とデマンドサイドである投資家の双方の取り組みが必要になる。

いま不動産投資商品の供給状況を見てみると、2000年から2024年で約50兆円の不動産が証券化されてきた。そして今後、業界の目標は次の四半世紀(2050年まで)でさらに50兆円分の不動産の証券化を見据えている。つまり、J-REIT復活の必要条件である不動産のファンド化の活性化は、既に十分なレベルにあると見ることができる。ではJ-REIT復活の十分条件は何であろうか。

釈迦に説法であるが、資産運用の根本的なターゲットは、リスク単位あたりのリターン、つまり「シャープ・レシオを最大化すること」である。

■シャープ・レシオの定義

出所:川口氏の講演スライドより

ここで、2004年2月以降のデータを用いて、資産クラスごとにシャープ・レシオを測ってみた結果を次の表にまとめている。通常、シャープ・レシオは1.5を上回ると魅力的な水準だ。他方で、0を下回るようだと、リスク効率が悪くて投資対象と見なされないことが多い。

■不動産投資のシャープ・レシオが最大になった一方、J-REITは……
不動産投資のシャープ・レシオ
*配当込み指数(月次)および長期金利を用いて計算 
**J-リートのNAVリターン+NAVに対する分配金利回り。「全期間」は2007年10月~2025年1月
出所:Quick Astra Managerを用いて川口氏作成
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上の結果では、全期間を通じて不動産が最も高い結果を残している。対してTOPIXは全期間で見れば振るわない数値になっているが、資産運用立国実現プランの影響もあり、直近で魅力的な数値に上昇している。

問題はJ-REITだ。日本銀行のある方にこの表を見てもらった時に、「不動産投資は良好なのに、J-REITはゴミ物件でも集めているんですか」と聞かれたほどだ。J-REITは全期間では0.29とかろうじてプラスだが、2023年以降のインフレ&金利上昇局面でマイナス0.27と極端に悪化しており、これでは誰も投資したがらない。

しかし、TOPIXも不動産業株価もシャープ・レシオが上昇しているのに、なぜJ-REITだけ一人負けの様相を呈しているのか。リーマン・ショックの後はREITはボラティリティが大きいという間違った解説をする書籍がたくさん出版されたが、実際にREITのベータはとても小さく、あくまでミドルリスク・ミドルリターンの投資商品である。ずばりJ-REITのシャープ・レシオが低い背景は、キャピタルロスの大きさだ。つまり、投資家がJ-REIT市場から退場したことが影響しているのだ。

では、なぜ投資家が退場したのか。背景には政策の失敗の側面と、投資家の認識の誤りの問題などがあったとみている。

投資家のJ-REIT離れの背景
■政策の失敗
・2024年、日本銀行が金融緩和の出口戦略の一つとして、J-REIT買い取り廃止を早々にアナウンスした
・GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がTOPIXの構成銘柄でないJ-REITをESG投資対象から除外した
・金融庁長官がJ-REITの毎月分配型投資信託を“タコ足”と批判したことが資金流出の一因に

■投資家の認識の誤り
地銀や個人投資家など、J-REITは「債券代替」であるとの先入観を持っていた投資家が、金利ある世界への転換(金利上昇)に際してJ-REITに魅力を感じなくなった

■その他:誤ったモデル活用
REITの価値評価には、金利やリスクプレミアムの動きに大きく影響を受ける古典的なゴードンモデルがよく活用される。しかし、古典的モデルではミスプライシングを生みやすく、J-REITの価値が過少評価された可能性がある。本来は、REITの価格形成に重要な期待成長を加味できる動学的ゴードンモデルを活用するべき

投資家の認識のアップデートが、J-REIT投資の活性化の“十分条件”に

個人的には、特に根本的な課題となっているのが、先にも述べた「投資家の認識の誤り」を正すことだと考えている。

近年、多くの経済学者が注目する「ナラティブの経済学」に言われるように、人々は統計データや客観的なロジックよりも、世に広く受け入れられている「物語=ナラティブ」を意思決定のよりどころとしてしまう傾向がある。「J-REITが債券代替である」というのはまさに根拠なき”物語“であり、振り返ってみるとそれは投資家の経験ではなく、アナリストレポートや新聞と言ったメディアが作り上げてきたもののように思える。

「債券代替」ではない実際のJ-REITはどのようなアセットクラスなのか。投資家・投資法人・スポンサのそれぞれにJ-REITがどのように価値配分を行っているか統計をとったデータを見れば、J-REITは全面的に投資家に利益を分配する特性を持った投資対象であることが分かるだろう。

つまり、J-REITは分配金が長期にわたり成長する商品であると言える。最近のデータでは、その成長率は年率4~5%くらいだ。債券代替ではなく、「インカム成長型のエクイティ商品」であることは明らかであるが、まったくその認識が共有されていないのだ。

この正しいJ-REIT像を周知していくことこそ、J-REITの復活を達成するための「十分条件」であると私は考えている。そのためには、神田議員はじめ資産運用立国議員連盟が提案する「資産運用立国2.0」に謳われる、物価上昇を踏まえた適切な商品選択の促進の取り組みの中で、適切な情報提供を行っていくことが重要になるはずだ。

J-REITが「インカム成長型エクイティ商品」に脱皮するためには、もちろんサプライサイド(運用者)の取り組みも重要だ。最初のステップとして、長年忘れている「家賃の上げ方」を思い出していただくことが何より重要だろう。

J-REIT投資の活性化に向けたポイントの一例
■サプライサイド(運用者)
・稼ぐ力である“賃料の上昇”に取り組む
・投資家が予想形成するためのガイダンス整備(今後数年間の業績・分配金成長率の見通しの開示、決算を半期から1年に変更するなど)

■デマンドサイド(投資家)
・資産運用立国2.0にて、物価上昇に備える適切な商品選択の促進。プラチナNISAにおける分配金受取型投資信託の適切な情報提供と活用の促進
・J-REITの価値評価モデルを、古典的ゴードンモデルから動学的ゴードンモデルに切り替え