• 最大1兆ドルのリパトリによる115円までのドル安
  • 「メイド・イン・ジャパン」運動と製造業の国内回帰
  • 国際収支統計における対外直接投資と再投資収益とは
  • 日本企業が海外にプールしている留保利益は約1兆ドル
  • 日本版HIAの時限立法化と国内投資減税の導入が急務

最大1兆ドルのリパトリによる115円までのドル安

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

永田町では「一寸先は闇」といわれる。果たして、今般派閥という秩序を失った自民党から誕生した石破政権が総選挙後いつまで持ちこたえるか定かではない。ただ、これを含んだ上でドル円相場を予想するなら、石破政権継続の場合、円は引き続き買いである。

結論を先に述べれば、最大1兆ドルのリパトリエーション(本国への資金還流)によって、筆者はドル円相場が115円まで上昇すると引き続き予想している。

国際収支統計における対外直接投資と再投資収益とは

国際収支統計では、日本企業による海外現地法人設立や外国企業を子会社として買収するための資金の国外流出は対外直接投資と呼ばれる。その結果、海外現地法人や海外子会社で生じる利益は、本来なら親会社である日本企業に還流されるべきものである。

しかし、何らかの事情で、親会社に還流されることなく海外現地法人や海外子会社にプールされた利益(留保利益とよばれる)は、国際収支統計において、第一次所得収支の直接投資・再投資収益ならびに金融収支の直接投資・収益の再投資にダブル計上され、相殺される。

したがって、それらをみれば、日本企業が海外現地法人や海外子会社にプールしている留保利益の金額を知ることができる。

日本企業が海外にプールしている留保利益は約1兆ドル

図表は、国際収支統計によって遡及可能な1996年以降の日本企業による累積対外直接投資、その内訳としての直接投資による受取収益の再投資(留保利益残)とその比率をプロットしたものである。

■日本企業が海外にプールしている留保利益は1兆ドル
日本企業が海外にプールしている留保利益は1兆ドル
出所:日銀

日本企業は、わが国で金融不安が勃発した1990年後半以降、収益率や金利の内外格差に注目して、対外直接投資による受取収益の再投資を増加させてきた。これは、日本企業が、現地法人・海外子会社から生じた利益・配当などの多くを国内還流することなく海外に継続的にプールしてきたことを意味する。

特に、2012年以降、円相場が長期的な下落トレンドに移行すると、直接投資による受取収益の再投資の増勢が著しく強まった。1999年に5%だった直接投資残高に占める再投資の比率は、2010年前後にいったん20%で横ばい推移した後、2023年には32%まで上昇している。その結果、2024年8月現在、日本企業が海外にプールしている留保利益は約1兆ドルに上ると試算される(※)。

日本版HIAの時限立法化と国内投資減税の導入が急務

2004年10月に米ブッシュ政権は、米国企業による海外留保利益の本国回帰を促進するために時限立法として「本国投資法(HIA)」を成立させ、その後の外為市場ではリパトリーエーションによるドル高が進展した。2017年にはトランプ政権が類似のリパトリ減税を導入した。一方、わが国では、2009年度税制改正より対外直接投資を促進するために日本版HIAが導入されており、恒久的に現地法人・海外子会社からの利益・配当の95%がすでに非課税となっている。

そもそも、国内外の景気・インフレと金融政策のすれ違いによる収益率・金利の内外格差の縮小と円高傾向が、今後、日本企業による海外留保利益の国内回帰を促す公算が高い。そのうえで、「メイド・イン・ジャパン」運動の下、石破政権が新たに国内投資を優遇する税制を導入すれば、日本企業が国内投資をファイナンスする目的で海外の留保利益の国内回帰をより活発化することが期待される。

さらに、新政権が、現在恒久化されている利益・配当への95%の非課税措置を数年後に撤廃すること(すなわち日本版HIAの時限化措置)を決定すれば、駆け込み需要によってこの動きはさらに強まるであろう。

約1兆ドルの留保利益の半分が国内回帰するだけで、ドル円相場は大幅に下落すると予想される。

(※)1兆ドルは、国際収支統計の収益の再投資の数値を、筆者が、月毎に市場レートでドル転して累計して算出したものである。また、円建てのまま累計すると112兆円となる。一方、対外資産負債統計上で正式に公表されている数値は、2024年6月末で90兆円となっているが、時系列統計の遡及に限界があるうえ、国際収支統計の累計値と比較して、評価替えが必ずしも円滑に行われていない印象を筆者は持った。したがって、為替レートの大きな変動はあるものの、現在の留保利益残高は、1兆ドルないし100兆円程度と推察されるため、筆者の好みもあり、ここでは1兆ドルを用いている。なお正式な推移値の推計はエコノミスト諸兄に譲ることとする。