為替介入の経済学
- 実施された8兆円の単独ドル売り円買い介入
- 介入の成功には需要曲線の下方シフト誘導が肝要
- 小規模介入を成功裏に終わらせるためには
- ローンレンジャーによる為替介入の正攻法
実施された8兆円の単独ドル売り円買い介入
2024年4月29日に、一時的に160円台まで買い上げられたドル円相場は、5月3日には151円台まで急落した。日銀の資金需給によれば、4月29日には約5兆円、5月2日には約3兆円のドル売り円買い介入が実施された公算が高い。
介入の成功には需要曲線の下方シフト誘導が肝要
図表は、ドル売り円買い介入実施時の需要・供給曲線とドル円相場の市場プライスの変化を表したものである。現在、需要曲線D0、供給曲線S0によって市場プライスP0で取引されているとする。ドル売り円買い介入が実施されると供給曲線はS1まで上方シフトするため、市場プライスはP1まで低下する。
この時、市場センチメントに影響を与えて、需要曲線をD1まで下方シフトすることができれば、市場プライスは一時的にP1’まで低下する。その後、為替介入を中止して供給曲線がS0まで下方シフトしても、市場プライスをP0’まで引き下げることができ、為替介入は成功を収めたとことになる。
小規模介入を成功裏に終わらせるためには
小規模な介入よって、需要曲線のシフトを招くには、為替介入とほぼ同時に日銀が利上げを実施してキャリートレーダーたちの収益見通しに変化を与える(2022年の円買い介入と日銀のYCC見直し)、為替介入を非不胎化することによってベースマネーの量に変化を与える(2003年以降の日本の大量介入)、G7による協調介入によってアナウンスメント効果を高める(2000年のユーロ救済協調介入)などの方法がある。
しかし、今回は、直前の金融決定会合において日銀は利上げや量的引き締めを見送った。日銀が600兆円を超えるベースマネーを供給している現状において、非不胎化為替介入による資金吸収が金利水準に与える影響は皆無に等しい。
現在、Fed(米連邦準備制度)はインフレ懸念再燃から利下げを見送っており、また、4月25日のイエレン米財務長官による日本の為替介入に関する発言を聞く限り、G7はもちろんこと、日米協調介入すら望み薄である。
29日に実施された5兆円の介入によって、ドル円相場は、160円台から154円台まで下落したものの、市場センチメントに、需要曲線の下落シフトを招来するほどのインパクトを与えることはできず、5月1日には、158円台まで反発してしまう。すなわち、市場プライスは、D0とS0によって決定されるP0に回帰してしまい、最初の為替介入の効果は一時的なものに終わったのといえよう。
ローンレンジャーによる為替介入の正攻法
単独介入を成功させるには、2003年以降に実施された大量介入の出口戦力を踏襲することであろう。すなわち、集中的に多額の為替介入を実施することによって、市場に存在する投機家たちのストップロスオーダーをトリガーさせ、完膚なきまでにダメージを与えることによって投資家のリスク許容度を引き下げ、市場センチメントの変化を通じた需要曲線の下方シフトを誘発することである。
この場合、大量介入によって、供給曲線はS2まで上方シフトし、市場プライスはP2まで低下する。ストップロスオーダーのトリガーによって、需要曲線がD1まで下方シフトとするため、市場プライスは、さらにP2’まで低下する。その後、為替介入を停止して、供給曲線がS0まで戻っても、需要曲線の下方シフトによって、市場プライスP0’までの引き下げが実現する。
5月2日に実施された3兆円の介入によって、ドル円相場は157円台から153円台まで下落した。ドル円相場が、153円台を付けるのは、4月中旬以来であり、これにより、かなりに量のストップロスオーダーがトリガーされ、市場の円安センチメントは大きく減退したと考えられる。その結果、需要曲線の下方シフトが起きて、市場プライスのP0’までの引き下げが実現した。その後のドル円相場は、上昇力を失い、153円台で推移、3日に発表された米国の雇用統計が予想を下回ると、さらにストップロスオーダーがトリガーされ、151円まで下落した。
現在、“ローンレンジャー(孤高の戦士)”である財務省国際局の円買い介入を成功に導くには、ストップロスオーダーの情報収集とそれに基づいた機動的な介入実施というタクティクスを繰り返す方法以外に考えられない。