急増する海外投資家の対内株式投資が日本経済にもたらす今後の高成長と円高
- 通貨安は資産取引を通じて経済を刺激
- 東アジアの奇跡が1985年以降の高成長を説明
- 国際金融のトリレンマとFedに追随した高金利政策
- 資本流入による円高は日本の国益
通貨安は資産取引を通じて経済を刺激
2024年2月8日付日経朝刊の経済教室に掲載されたボストン大学の福井真夫助教授による「通貨安は景気刺激、論拠あり」は非常に示唆に富む。同論文の主旨は以下の通りである。
プラザ合意以降の急激なドル安により、1985年からの5年間で、対ドルで変動相場制を採るG5を除く101か国の実効実質為替相場の平均に比べ、対ドルで固定相場相場を採る49か国のそれは10~20%ほど安くなった。
一方、同期間に、後者の実質GDP(国内総生産)は、前者のそれよりも7.5%程度高くなっており、これは、通貨安によりもたらされたと同氏らは論じている。
また、これを一般化し、約150か国を分析すると、1973~2019年に、為替制度の違いにより通貨が10%ほど安くなると、実質GDPは5年後に平均5%ほど増えることがわかった。
さらに、好況を引っ張ったのは、輸出量の増加ではなく消費や投資の増加であり、それに伴い輸入量が大きく増え、産業別には製造業のGDPはほとんど増えず、実質GDPの大きな増加をけん引したのはサービス業だったと分析している。
より詳細には、資本移動が自由な国ほど通貨安によりもたらされる好況が顕著になることがわかった。その背景は、ある国で通貨が安くなるとその国の資産価格は海外の投資家にとって割安に映る。
世界中の投資家が割安資産の購入に走るため、資本移動が自由な国に限り、資本が流入し、その国の資産価格を押し上げ、資産効果を通じて消費や投資を刺激。同時に、資本流入は海外の資金へのアクセスを容易にするため、借り入れをする家計や企業の需要も盛り上がる。
国内需要の増加に応じて輸入が増え、国内向け産業であるサービス業が潤うため、通貨安は、輸出などの財取引を通じてではなく、資産取引を通じて経済を刺激すると結論づけている。
東アジアの奇跡が1985年以降の高成長を説明
同論文に対する筆者の考察は以下のとおりである。前半部分の1985年から5年間の対ドル固定相場制を採る国の相対的な高成長は、1980年代のドルに対して固定相場制を採るアジアNIESやASEAN諸国などの新興国の顕著な経済成長によって、かなりの部分説明できると考えられる。
国際金融のトリレンマとFedに追随した高金利政策
また、国際金融のトリレンマによれば、「自由な資本移動」、「固定相場制」、「独立した金融政策」の3つを同時に実現することはできないと教えている。
したがって、1973~2017年に通貨安によってサービス業主導の相対的高成長を記録した固定相場制を採用する国々は、「自由な資本移動」と「固定相場制」を維持するために、Fed(米連邦準備制度)の金融政策に追随した金融政策運営を行っていたと推察される。また、一般的に、当該国のインフレ率は米国を凌駕していたと考えられ、したがって、米国に比べて高金利が維持されていた可能性が高い。
固定相場と高金利政策が潤沢な資本流入を助長
このような前提に立てば、まず、米国の機関投資家は、為替リスクフリーで、当該国のエクイティを保有すると同時に両国間の金利差に着目したキャリートレードを行っていたと考えられる。
また、米国を除く主要先進国の機関投資家は、ドル高期には、ドル上昇に伴った当該国通貨の上昇による為替差益が見込まれるため、当該国のエクイティをアンヘッジで購入し、ドル安期には、ドル安に伴う当該国通貨下落による為替差損を回避するために、当該国のエクイティ保有を維持しながら、ドル売り自国通貨買いによる為替ヘッジを行っていたと考えられる。
すなわち、米国を除く主要先進国の機関投資家は、ドル安期には、為替リスクフリーで当該国通貨のエクイティを保有しながら、ドルと当該国通貨の金利差に着目したキャリートレードを行っていたことになり、米国並びにそれ以外の先進国の機関投資家による潤沢な資金流入が、当該国の経済を資産効果を通じてサービス業主導で多大に潤したことは容易に想像できる。
換言するなら、国際金融のトリレンマの観点から、ドル安下の高成長は、ドルに対する固定相場制とFedに追随した高金利政策という特殊な環境によってもたらされた可能性が高い。
また、このような固定相場制と高金利政策の特殊な環境こそが、1990年代半ばのアジア諸国の資産バブルと1997年のアジア通貨不安の主因であったことは周知の事実である。
資本流入による円高は日本の国益
したがって、この事例を変動相場制と独立した金融政策を採用する日本の現状にそのまま当てはめて考えることは正しくない。ただ、現在、海外の主要機関投資家が、これまでの円の下落によって著しく割安となった日本の資産を買い進めている。
今後、資本流入による資産効果が日本に内需とサービス業主導の高成長をもたらすことが期待される一方、資本流入と好景気による金利の上昇に伴い円の上昇が予想される。ただ、内需拡大による輸入の増加が円高をある程度抑制する可能性が高い。まさに、資本流入による円高は日本の国益なのである。