• 年初のマーケット・コンセンサスは裏切られる
  • 140円台にはテクニカルに重要なサポートが集中
  • 米国投資家の日本再評価による日本株高・円高
  • 安倍政治の終わりは円高の始まり
  • NISAはリパトリエーションを通じて円高を招く
  • カーボン・ニュートラルにより原油価格は下落
  • 遅々として進まない中国の不良債権処理

年初のマーケット・コンセンサスは裏切られる

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

バイロン・ウィーン氏の10サプライジズは2024年はもう発表されない。彼が2023年10月に90歳で他界したためである。

10サプライジズは、筆者がモルガンスタンレーに入社した1997年当時から、日本の投資家の間でもとても人気があった。10サプライジズが毎年そこそこの的中率を示した通り、年初のマーケット・コンセンサスが裏切られることは少なくない。

この観点から、2024年のドル円相場のコンセンサスである「緩やかな円高」は、実現されない可能性がある。筆者は、ドルの反転ではなく大幅な円高を予想している。ドルは2024年央に向けて最大115円まで下落する公算が高い。

140円台にはテクニカルに重要なサポートが集中

ドル円相場は、2023年末に140円台まで下押しした後、2024年に入り、日本の震災や12月分のFOMC(米連邦公開市場員会)議事録の内容などを受けて、145円台まで反発している。

ただ、140円近辺には200日線や一目均衡表の雲といったテクニカルに重要なサポートが多数集中しており、そこを抜けるには相応の時間を要すると考えられる。

また、震災に関して市場はミスリードされており、今後、復興需要が日銀による緩和修正の動きを促進する公算が高い。一方、欧米の金融緩和に関しては、後述のとおり予想外に進展する可能性がある。

米国投資家の日本再評価による日本株高・円高

日本の投資家は、1989年のベルリンの壁崩壊の意味を過小評価した。それがもたらした米国による親中政策とジャパン・バッシングは、その後の失われた30年の主因の1つと考えられる。

一方、2010年代終わり以降の東西の分断と新冷戦によって、米国の外交政策は明確に親日反中へ舵を切った。さらに、2023年には、いよいよ米国の米国投資家が中国から資本を引き揚げ日本への再投資を開始した。この動きは2024年中さらに強まり、生産性と賃金の上昇を伴った日本株高と円高を招来するであろう。

安倍政治の終わりは円高の始まり

2012年に発足した第2次安倍内閣は、対外直接投資の促進、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)改革、日銀の量的質的金融緩和を通じたホームバイアスの解消によって、外国為替市場に円安転換をもたらした。

したがって、安倍政治の終焉はドル円相場の円高転換を招来するであろう。すでにわが国財務省は、2022年に市場介入を通じて1ドル=150円を容認しない態度を示した。岸田政権による放漫財政はわが国における緩やかなインフレを助長し、日銀は着実に金融引き締め政策を推進すると考えられる。

また、次期政権は、「強い円は日本の国益」となる政策を実施していくであろう。特に注力すべきは雇用の流動化である。日本の硬直的な労働市場がNAIRU(Non-accelerating inflation rate of unemployment)の低下を通じたデフレの主因となってきたのであり、労働者がより高い賃金を求めて転職を繰り返す流動的な労働市場の確立が真のデフレ解消につながろう。

NISAはリパトリエーションを通じて円高を招く

一部には、2024年のNISA(少額投資非課税制度)の拡充が対外証券投資を通じた円安を助長すると唱える向きがあるが、それは因果関係が逆である。円安はNISAを通じた対外証券投資を助長する一方、円高がNISAを通じたリパトリエーションと国内株式投資を助長するのである。米国投資家による日本再評価は、後者を引き起こすことになろう。

カーボン・ニュートラルにより原油価格は下落

世界的なエネルギー効率の改善とカーボン・ニュートラルの動きは、本来、需要の減少を通じて、原油価格の下落を招くはずである。

したがって、これまでの原油高は人為的で経済学的に不合理なものといえ、戦争や減産を通じた産油国や石油メジャーによる原油価格の高め誘導は永続するものではなかろう。

2024年中に世界で70以上の重要な選挙が実施されるが、その結果如何では、原油価格の下落に拍車がかかることも考えられる。現在、原油価格(WTI)は、1バレル=70ドル割れ寸前まで下落しているが、世界景気、特に中国景気の動向如何では、2024年中に1バレル=50ドル割れもあり得る。

また、すでにユーロ圏のコアCPIは前年比3.4%まで下落し、米国の4%割れも時間の問題である。欧米の金融緩和は、2024年中に予想外に進展する可能性がある。

遅々として進まない中国の不良債権処理

筆者は、中国の金融不安が、「質への逃避」を通じて大幅な円高を引き起こす可能性について、これまで繰り返し論じてきた。この観点から懸念されるのは、中国における不良債権処理が遅々として進んでいないことである。

図表は、中国と日本の民間非金融セクター向け信用(GDP比%)を、中国は2020年第3四半期を、日本は1993年第4四半期をそれぞれ0期として、その前後40四半期(10年間)をプロットしたものである。

【図表】日中の民間非金融部門向け信用の推移(GDP比%)
日中の民間非金融部門向け信用の推移(GDP比%)
出所:BIS(国際決済銀行)

日本の民間向け信用は、バブル形成の過程で1993年第4四半期の216.3%まで増大し、その後、バブル崩壊と不良債権処理によって2003年第4四半期には171.0%まで減少、民間部門の不良債権を政府が肩代わりした結果、一般政府向け信用(同)は、1997年第4四半期の90.1%から2003年第4四半期には139.8%へ急増している。

一方、中国の民間向け信用は、2020年第3四半期に224.6%でピークアウトした後、2021年第4四半期にいったん213.3%まで下落したもの、2023年第2四半期には既往ピークを更新し、228.0%まで再上昇している。

さらに、不良債権処理の停滞にもかかわらず、一般政府向け信用は2020年第3四半期から2023年第2四半期の間に69.4%から79.4%まで増加しており、事態の深刻さを指し示している。

2024年中には、中国経済は、クレジットランチとクラウディングアウトにより少なくとも減速とデフレ圧力にさらされる可能性が高い。