第一生命ホールディングス 曽我野秀彦
第一生命ホールディングス
執行役員
曽我野 秀彦

マイナス金利の導入後、リテールビジネスではそのコスト転嫁ができないため、金融機関の収益を圧迫する結果となっている。構造的な要因も加わり、ここへきて各種手数料の引き上げ・導入という形で利用者負担を増すような動きが見られ始めている。海外では、マイナス金利になるずっと前から、口座の維持、通帳・小切手発行、カードの発行、いずれも手数料を支払う習慣があり、日本でも「ようやく」そうした動きが出てきた。

投資性商品の販売でも、わが国では金融機関が販売金額に応じたコミッションを商品の製造元に支払うビジネスモデルなので、金融機関はできるだけ短期間に多くの商品を紹介して、手数料をたくさん稼ぐといったいわゆる回転売買を動機づける。これが顧客にとっての利益にならないことは当然だ。バブル期はまだしも、相場が右肩上がりにならない世界では投資パフォーマンスは上がらず、手数料支払いのみが嵩(かさ)み、投資は儲からないものとして敬遠されるという悪循環を生んだ。

顧客にとって最善の利益を提供するビジネスモデル

フィデューシャリー・デューティーという言葉をこの数年よく耳にするようになったが、顧客にとっての最善の利益が何かを考えた上でのビジネスが「ようやく」求められるようになってきた。例えば、顧客が自分の生涯設計に合わせたリスク・リターンの取り方、金融資産の組み合わせに関してプロに相談する。プロは各種金融商品の中から、顧客のニーズに合わせてアドバイスを行い、顧客はそのアドバイスの対価としてプロにフィーを払うビジネスモデルが理想的な姿の一つであろう。

英国では、老後の準備を各自で行う必要があることを知らしめるべく、年金制度改革を実施し、同時にコミッションの支払いも全面禁止した。このため、この数年、幅広い層に対してフィー・ベースのウェルス・マネージメント・ビジネスが成長著しい。富裕層は、厚めのフィーを支払い個別にテーラーメードの資産運用メニューを投資顧問契約先に依頼することが多い。中間層は、あらかじめプロが各種金融商品から選んだ資産運用プログラムの中から自分のリスク選好や税制上有利になるものをアドバイザーに相談しながら決定する。金融資産がより少ない層はアドバイザーへのフィー支払い負担なしに、金融機関が提供したプラットフォームの使用料を払って、自ら商品を選択していくチャネルが用意されている。

政府・金融界・国民の三者ともに変革のチャンス

こうした金融サービスの提供において、英国では個々人が投資に関しても自己責任の下、行う習慣があることを忘れてはいけない。アドバイザーの資格要件を厳しくし、顧客が払うフィーが何に使われているか透明性を確保し、顧客の利益最大化にきちんと応えているか当局はモニターした上で、最終責任は選択をした顧客にある。この点、日本は金融サービス提供者がすべての責任を担う形となっており、顧客サイドがいつまでも自立しないことは大きな問題かと思う。当然ながら国民の金融リテラシーを引き上げるべく金融教育をより充実化する必要もある。

高齢化社会で健康寿命とともに資産寿命を伸ばし、健康で楽しく長生きをすることは誰もが望むところであろう。日本では莫大な眠れる個人の金融資産を如何に投資に振り向けるかが常に課題となってきた。最近の年金不足2000万円問題は、「ようやく」国民的な議論を巻き起こす材料となった。政策当局にとって大事なのは、若い世代から将来に向けての用意が必要になることを認識し、少しでも行動に移すよう仕向けることである。そして国民一人一人が自らの行動に責任を持って、価値に応じた対価を払うという世界の実現に向けて動き出さないといけない。

こうした中、金融界はビジネススタイルの変革が求められて久しいが、人口減の中でも従来とは異なる形での収益をあげる方策があることに目を向けるべきである。高齢化と低金利の長期継続という大きな課題を梃子にして「ようやく」変わることのできる機会を得ているのではないか。