東日本大震災から約1カ月半。被害の全容がいまだわからず、過剰な悲観と楽観が織り成すまだら模様のなか、震災が与える日本経済への影響を冷静に分析しなければならない。
今後の日本経済の見通しについて、エコノミストやストラテジスト、金融機関に話を聞いた。
(笠原崇寛/ 取材日:2011年4月8日)

市場アウトルック

① 日本株市場

震災直後は割安と見た海外勢が強気の買い

震災後の3月14日、日経平均株価は6.2%下落。翌15日には10.6%下落。下落率は、ブラック・マンデー直後(1987年10月20日)のマイナス14.9%、リーマン・ショック後(2008年10月16日)のマイナス11.4%に次ぎ、過去3番目の暴落となった。震災前(3月11日)の終値1万254円から3月15日の終値は8605円になった。

しかし、リーマン・ショックの再来かと思えた日本株の急落はわずか2日で終わった。その後は、震災被害の影響を限定的に捉え、割安感のある日本株を投資のチャンスと見た外国人投資家が大幅に買い越し。3月22日の終値で日経平均株価は9608円まで回復した。暴落した14日の週にもかかわらず外国人投資家の買い越しは8910億円に上り、2005年以降、過去最大額となった。

リーマン・ショックに次ぐ日本株の急落が起きたが、日本の個人投資家が投資信託を狼狽売りすることは少なかったという。日興アセットマネジメントの投信サポート開発部長、今福啓之氏はこのように分析する。

「銀行や証券会社など投信販売会社の反応を見る限り、株式投信については今回の震災ショックであわてて投信を解約するといった個人投資家の動きはあまり見られなかったように思う。我々は2008年の金融危機以降、ギリシャ問題、欧州財政問題、中東問題など“一時的な突風”が起こったとしても、世界経済回復シナリオは揺らぐことはないと情報発信を行ってきた。震災直後の3月25日に『日本が大きな試練を受けた今 日興アセットマネジメントがお伝えしたいこと』と題する投資家向けレポートを公表したが、このレポートでも世界経済回復という大きなストーリーに変わりはないと伝えた」

投信を通じて投資を行っている個人投資家の多くは近年、日本株より海外資産への投資が多くなっているだけに、むしろ株安より円高の方が気になっただろう。

「震災直後の円の急騰についても、為替の原理原則から考えれば、相対的に金利が低い日本円と主要通貨の金利差が今後拡大することで、中長期的には円安方向になるのではないかと伝えた。投資家はリーマン・ショックやギリシャ・ショックなどの経験を踏まえ、落ち着いた投資行動をとられたのではないか」(今福氏)

日本人と外国人投資家のセンチメントには“ズレ”

震災ショックを「絶好の日本株買いの好機」と見る外国人投資家の行動に、慎重な姿勢を見せる外資系金融機関も少なくない。年金基金をはじめ機関投資家に資産運用サービスを提供する米プリンシパル・グローバル・インベスターズは、米国時間の3月15日と24日の2度にわたり、投資家向けにレポートを配信した。

「日本経済がこの震災の影響を受けることは必至ですが、大方の見方よりも影響は限定的」「(しかし)放射能汚染が深刻化すれば、日本経済および市場は大打撃を受けることになる」「いずれにしても、現在は日本株を新たに大量購入するのは避けるのが最善」(いずれも同レポートより抜粋)

日本のプリンシパル・グローバル・インベスターズの代表取締役社長、板垣均氏は、「危機が起きた最初の段階では影響を過小評価しがち。時が経つにつれ、直接的な影響だけでなく、2次、3次、4次の影響が出てくる。過度な楽観は禁物。その後を見極めて投資判断する必要がある」と話す。

震災直後は、「割安になった日本株投資のチャンス」と考えていた外国人投資家のセンチメントは、震災から1カ月経過したあたりから弱気に転じているようにも見える。4月8日現在、日経平均株価は1万円台を回復できず、停滞している。震災後、日本株に連動して急落した米国株だがその後は一転して上昇し、2011年の最高値をつけたのとは対照的だ。

クレディ・アグリコル証券東京支店のマネージング・ディレクター/チーフエコノミスト、加藤進氏は、「今のところ、海外勢の日本株買いは震災直後の一時的な期間で終わってしまったと見ている。原子力発電所問題の長期化懸念から、今は慎重な姿勢に転じる海外投資家が多い。日本株はもう一段の下げがあるかもしれない」と指摘する。

クレディ・アグリコル証券東京支店では、2011年4 ─ 6月期の実質GDP成長率を震災前の予測より前期比1.5ポイント下方修正し、マイナス1.2%に落ち込むと予測。2011年度の実質GDP成長率は0.1%となり、ほぼゼロ成長に転落すると予測している。その後は復興需要で、2012年度の実質GDP成長率は2.3%となり、震災前予測を0.6ポイント上回ると考えている。

「しかし海外から最近になって、このメインシナリオからより厳しいリスクシナリオを提示してほしいとの声が増えている。原子力発電所の事故が深刻化し、供給危機が長引くことで日本経済の“空洞化”が進み、大きく落ち込むシナリオもあり得ると考え始めている。リスクシナリオの場合、2011年度の成長率は大きなマイナスに転じる可能性もある」(加藤氏)

アジアからは「今回の件を契機に資金的に余裕がなくなった日本は、アジア向けの経済援助や融資、投資などすべて引き上げてしまうのではないか」との問い合わせもあるという。「特に、地震が多い中国では高い関心を持って注視している。大地震が起きるとそれに派生してどんなことが起きるのか、また、震災により日本経済がさらに悪化した場合、中国経済にどう波及していくかを見極めようと真剣だ」と加藤氏は話す。

「今回の震災の受け止め方について、日本人と外国人との間に温度差があると感じている。厳しい状況とはいえ、日本人は日本で生きていかなければならないことに変わりはなく、今後の復興のために前向きな姿勢が多いように思う。しかし一部の外国人は、原子力発電所の問題を重く見ていることや、日本の財政赤字問題が今回の件でより悪化するのではないかと警戒心を強めており、見通しを悲観的に捉える向きもある」(加藤氏)

外国人のある記者は、震災直後の記事で「日本人がなぜ楽観しているのかがわからない」と感想をもらしていた。日本株の動向は外国人投資家の影響が大きいだけに、日本人と彼らの認識やセンチメントのズレに注意する必要があるだろう。