ESG(環境・社会・企業統治)は、業種や時間軸の広がりだけでなく、多様な業務分野にかかわり非常に多元である。しかも、それが日々拡大し、深くなっている。膨張するESGから生じるリスクに対応できる体制と戦略はあるのか、と問うてみる必要がある。リスク管理の手法といえば「デリバティブ」がある。ESGに適用する「ESGデリバティブ」を原因別対応策別などの視点から考察してみよう。初回はESGデリバティブ入門である。

デリバティブへのニーズはどう生まれるか

将来の取引を現在の市場価格で確定したい、価格上昇・下落が実現する可能性を残しながら予想外の価格変化に備えたい、などのニーズを多少の料金を支払ってでも満たしたいと誰もが考えるものだ。これらのニーズは事業家や投資家などの間では昔からあり、先物やオプションは自然発生的に生まれたとする考えは納得できる。

先物やスワップ、オプションはデリバティブ(派生という意味である)と総称されるように、原資産と呼ばれる基となる資産がある。市場拡大の過程でプライシングの理論も考案され公表された。分析を行った2名の米国人教授にノーベル経済学賞が後に授与されたことは周知だろう。

良く報道されるESGデリバティブ

サステナビリティ・リンク・ローンやサステナビリティ・リンク・ボンド(持続可能性目標連動債)は、二酸化炭素(CO2)削減量などの目標を設定し、その達成の成否に応じて金利などの条件が変わる新しい種類の融資や債券である。ESG目標を達成できなかった場合、金利などの条件が変わり、オプションそのものである。

デリバティブの種類は多い

既に文献があり、書籍も複数出版されている種類を図表にあげた。ESGデリバティブは様々なESG事業を対象に生まれると予想される。それゆえ、今後も増えその種類は多くなると予想される。

【図表】よく知られたESGデリバティブ

  • 天候デリバティブ
  • 電力等のエネルギー・デリバティブ
  • 日照補償デリバティブ(注1)などの太陽光保険
  • サイバー保険(注2)

※『損害保険研究』掲載の拙著論文によると、注1(太陽光発電の損害保険 (jst.go.jp))ではプライシングの基本であるブラック・ショールズ理論モデルが使われる。注2(サイバーセキュリティ保険の役割に係わる諸問題 (jst.go.jp))はESG保険の一種であるが、その特性はデリバティブである。

ESGデリバティブの時代は到来するか

新商品が入り込む余地は金融・証券市場にあるのだろうか。この点に関しては、ニーズと合致していれば受け入れられるので、心配することはない。

ESGデリバティブ市場を拡大させる要因には、他にヘッジ手段が少ない点が大きいが、原資産価格は大きく変動する可能性がある、ESG事業の失敗が今後予想される、などESGには激動が予想される点も大きい。

競合する新商品、あるいは新投資家が現れる、等は金融・証券市場にとって大きな構造変化の1つであり、今後見守って準備を怠るべきでないだろう。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数