「分散投資理論」で考えるESG投資【第6回】 ESG分散投資理論の限界と新たな視点
分散投資理論は、理論が確立し、もっとも発展しているポートフォリオ最適化の理論に基づく。現代の科学的な投資理論は分散投資理論から始まったと言ってよいほどだ。しかし、それをESG投資に応用する事例に関しては、詳細が公表されないこともあり現在までのところ存在していないように思われる。そこで、本連載ではESG分散投資の理論を比較的詳しく展開していくことにしたい。今回は、その理論の限界と新たな視点である。
どのような理論にも限界がある。分散投資の限界を知って賢い利用方法を確実にしよう。また、新たな視点も登場していることに触れる。
一斉暴落の怖さ
まず取り上げるべき点がある。2008年のリーマン・ショックのとき、ありとあらゆる証券・商品が暴落した。一斉に値を下げる状況では誰も逃げようがなく、分散投資の効果はまったく発揮されないのである。
理論が前提とする事柄が非現実なら
分散投資理論共通の限界があるとすれば、理論が前提とする事柄が非現実なため、次の諸点があげられよう。
リターン分布の仮定
平均分散法はリターンが正規分布に従うことを前提とする。ただ、実際のリターン分布は正規分布よりもファットテールであるという批判がある。しかしながら、幾つかの仮説はそれを前提にしていない。それゆえ、これを深刻な限界とはみない考えが正当になっている。
対象銘柄数の多さは重要
インデックス運用については比較的少数の銘柄でも本来の目的を達成できることはいくつか研究がある。分散投資については同種の研究が少ないが、選択対象になる銘柄が数少なければ最適性を達成・維持できる可能性は低いと思われる。
処理能力を超える~理論以外での限界その1
投資範囲が拡大してしまい、取り扱うべき情報量が情報処理力の拡充を超えて著しく拡大するとともに、対応できる人材が不足気味になる。このような事態は優良大手運用会社であっても短期的に起こりえる。
予想外の出来事や、金利や価格の変動に合わせて、定期的あるいは非定期に保有比率の変更を検討しなければならない。しかしながら、情報処理と通信の技術進歩は著しく、長期に亘って深刻になるとは思えない。
ESGの開示などの規制~理論以外での限界その2
理論は自由な取引が行われる市場を前提にしている。また、ESG規制が厳しくなるとESG投資戦略についての独自情報を開示せざるを得なくなり、運用各社固有の視点の持つ競争上の優位性が低下する恐れがある。
これらの点を深刻さの程度で順位を付けたのが図表である。
第1位 | 一斉暴落 |
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第2位 | 市場規制~ESGの開示など規制 |
第3位 | 投資対象銘柄数の多さ |
第4位 | リターン分布の仮定 |
第5位 | 処理能力を超える |
新しい展開~ESG調整CAPM
よく知られた資産価格評価モデルである、いわゆるCAPM(資本資産価格モデル)にESGを導入する研究も出てきている。Pedersen, Fitzgibbons and Pomorski [2021] による次の論文は、ESGスコアが企業のファンダメンタルズの情報を提供し投資家の選好へ影響するとき、市場の需給均衡から得られるESG調整CAPM (ESG-adjusted CAPM) を理論的に導出している。言うまでもなく、投資戦略への応用も進みつつある。
辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数