• 復権したドル安全神話とリスクオフの円買い消滅
  • 揺らぎ始めたドルを基軸通貨とする国際金融体制
  • EU、日本、英国、中国の米国債保有は全体の52%
  • 米ソの軍事力拮抗下で生じた20世紀のドル不安
  • 米国の圧倒的な軍事力を背景とした「力による支配」
  • 中国は本当にすでに米国債売却をすすめているのか
  • 期待されるウォーシュ氏によるバランスシート縮小
  • “Your Dollar, Our problem”

復権したドル安全神話とリスクオフの円買い消滅

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

2025年6月の「12日間戦争」と2026年2月のエピック・フューリー(壮絶な怒り)作戦によって、外為市場におけるリスクオフの円買いの完全消滅と、ドル安全神話の復権が明確となった。筆者はドルを基軸通貨とする国際金融体制の崩壊はないと考えている。

揺らぎ始めたドルを基軸通貨とする国際金融体制

2026年初め、金融市場ではドル本位制の存続に対する懐疑論が強まった。1月下旬には、グリーンランドをめぐる欧米の対立激化が西欧諸国による米国債の売却懸念を醸成、さらに、ニューヨーク連銀によるレートチェックとトランプ大統領によるドル容認発言によって、日米協調介入の思惑も広がった。また、2月上旬には、「中国当局が中国の銀行に米国債保有を抑制するよう指示した」との報道がなされた。

EU、日本、英国、中国の保有米国債は全体の52%

ドンロー主義下においても、米国の経常収支と対外債務のファイナンスには、西半球を超えた国々による米国債の継続保有が必須である。2025年12月時点で、EU(欧州連合)、日本、英国、中国による米国債保有額は、それぞれ2.1兆ドル、1.2兆ドル、0.87兆ドル、0.68兆ドルと、国外で保有されている合計9.3兆ドルの52%を占めている。これらの国々による米国債の大量売却はドル本位制の崩壊に繋がりかねない。

米ソの軍事力拮抗下で生じた20世紀のドル不安

米ソの軍事力が拮抗していた20世紀の冷戦下において、米国は、1970年代に経常収支の赤字化によってドルと金の兌換停止に追い込まれている。さらに、米国は米ソ代理戦争であったベトナム戦争で敗北、1980年には経済面でも日本に凌駕されたため、金融市場ではドル不安が急速に広がった。

しかし、1990年代以降、ソ連の崩壊と日本の金融不安や欧州ソブリン危機によって、名実ともに世界のスーパーパワーに返り咲いた米国のドルは、拡大する経常赤字にも関わらず再び基軸通貨としての確固たる地位を取り戻したのである。

米国の圧倒的な軍事力を背景とした「力による支配」

現在、経済面で中国に肩を並べられた米国は、西半球に資源を集中するドンロー主義の採用を余儀なくされ、世界秩序を自らの圧倒的な軍事力を背景とした「力による支配」へシフトさせた。ここで注目すべきは、日本はもとより欧州も米国の軍事力抜きに中国・ロシアと戦うことはできない点だ。

習近平国家主席は、中国が世界一流の軍隊を備えるには21世紀半ばまでかかると述べており、米中冷戦下の軍事バランスが米ソの軍事力が拮抗していた20世紀の冷戦時代とは大きく異なっていることは極めて重要である。

中国は本当にすでに米国債売却を進めているのか

2010年代以降の中国と英国の米国債保有動向は極めてシンメトリックであり(図表)、中国は、ほとんど米国債を売却していない可能性がある。有事の場合の米国による資産凍結を避けるために、保有米国債をFed(米連邦準備制度)のカストディーアカウント(保護預かり勘定)から英銀のカストディーアカウントへ単にシフトとしているのではないだろうか。

換言するなら、中国は、金保有を増やしながらも、多額の米国債保有を継続しているように思える。中国は、将来に備えて米国債という切り札を温存しているともいえよう。

■中国と英国の米国債保有額の推移(兆ドル)
中国と英国の米国債保有額の推移
出所:米国財務省

期待されるウォーシュ氏によるバランスシート縮小

また、ケヴィン・ウォーシュ元Fed理事の次期Fed議長への指名は、ドル本位制に対してポジティブな要因と捉えるべきであろう。同氏は、バーナンキ議長(当時)が推進した量的緩和に懸念を強め、2011年3月に理事を辞任、2025年10月にパウエル議長が12月のQT(量的引き締め)終了を決めた際には、11月に、WSJ(ウォールストリートジャーナル)紙上で肥大化したFedのバランスシートの大幅縮小を主張した。議会承認を終えれば、同氏は2026年5月に議長に就任する。

もし、ウォーシュ氏がQTの再開によって、米国のマネタリーベース(GDP比)を現在の28.0%からQE実施以前の6%程度にまで引き下げるのであれば、米国政府の財政規律は回復し、米国経済は、インフレ率と長短金利の低下を通じて活性化するであろう。これは、決定的にドルポジティブな材料である。

“Your Dollar, Our problem”

“Our dollar, Your problem”とは、1971年8月の金ドル本位制(ブレトンウッズ体制)崩壊に際して、ジョン・コナリー財務長官(当時)が抗議する欧州の蔵相たちに対して発したコメントであり、2025年5月には、ケネス・ロゴフ・ハーバード大教授がドル本位制崩壊の警鐘を鳴らす同名の著書を発表した。

しかし、現在、圧倒的な軍事力を保有する米国の財務長官に、“Our dollar, Your problem”と問われ、”No, it’s your dollar and your problem”と返答し、米国債の大量売却に踏み切る相手国の財務相ははたして存在するだろうか。筆者は、米国が軍事力の圧倒的優位を維持する限りドル本位制は崩壊しないと考えている。