「相互関税」と「ドル安政策」が招くドルの急落
- 「相互関税」は歴史の逆転を試みる壮大な実験
- 米国製造業の国内回帰と経常赤字改善の追求
- 「分断の時代」における米国の新世界戦略
- ベッセント財務長官はすでに「ドル安政策」に転換
- 2025年中にドル円相場は130円まで下落する
「相互関税」は歴史の逆転を試みる壮大な実験

梅本 徹
米国のトランプ大統領が2025年4月2日に導入を発表した「相互関税」は、同国経済が、経済学者のジェフリー・クローサーが1950年代に提唱した国際収支発展段階説による歴史の流れに立ち向かう壮大な実験と位置付けられる。
さらに、「相互関税」にとって、「ドル安政策」は必要不可欠である。筆者は、2025年中にドル円相場が130円まで下落すると引き続き考えている。
米国製造業の国内回帰と経常赤字改善の追求
一国の経常収支は、工業化による経済発展の過程でいったんは黒字化するが、その後、経済の成熟化が進むと脱工業化が起き、経常収支は再び赤字に陥る。トランプ氏は、「相互関税」の導入よって、国際収支発展段階説よる最終段階の「債務取り崩し国」にある米国経済に製造業を回帰させ、経常収支赤字の縮小を図ろうとしている。
関税率引き上げによって価格が上昇した輸入品は、競争力を失い、国内製造業による輸入代替が引き起こされる。市場を失った外国製造業による直接投資を通じた生産拠点の米国移転も招来されよう。製造業の国内回帰と関税交渉による貿易相手国の輸入障壁撤廃によって、米国の輸出増加が期待される。
その結果、米国経済は、国際収支発展段階説よる第2段階の「成熟した債務国」ないし第3段階の「債務返済国」へ回帰することが期待される。
「分断の時代」における米国の新世界戦略
「相互関税」には、「ドル安政策」が必要不可分である。歴代の米国政府は、第2次世界大戦後の米ソ冷戦下において、米国製造業の競争力を維持するため、一貫して実質ドル円相場が下落するドル安政策を採用してきた。1ドル=360円の固定相場下では、日本の物価上昇が米国のそれを上回ったため実質ドル安円高となった。
1970年代以降両者は逆転するが、変動相場制によって、名目ドル円相場の下落が日米の物価上昇率格差を上回ったため、実質ドル円相場の下落が続いた。
しかし、この間も、国際収支発展段階説が示唆する通り米国の脱工業化は続いた。冷戦終結後の1993年に発足したクリントン政権は、経済成長のエンジンを製造業から金融・ITに転換、中国に工業製品の供給源を求める米中共存成長モデルを採用した。
同時に、多額の経常収支赤字のファイナンスを円滑化するために、当時のロバート・ルービン財務長官は、1995年4月に、”Strong Dollar” lineと呼ばれる「強いドルは米国の国益」というフレーズとともにドル高政策に大きく舵を切り、米ソ冷戦下に始まったドル安に終止符を打った。
その後、中国経済が急発展を遂げ、2013年に就任した習近平国家主席が「一帯一路」構想を提唱、2017年に発足した第1次トランプ政権は、米国の経済規模が購買力平価ベースで中国に凌駕されたのをみて、米中貿易戦争に着手。クリントン政権に始まった米中共存の成長モデルに終止符を打った。このように、「相互関税」は「分断の時代」における米国の新世界戦略とみることができる。
「相互関税」の導入による製造業の米国回帰と経常収支の改善を担保するためには、輸入価格の上昇が肝要である。そのためには、実質ドル相場の上昇を抑制しなければない。これは、関税率の引き上げによる輸入物価の上昇が実質ドル相場の上昇によって相殺されるためである。
また、貿易相手国の輸入障壁の撤廃とともに、実質ドル安は、米国の輸出増加に恩恵をもたらす。
ベッセント財務長官はすでに「ドル安政策」に転換
スコット・ベッセント財務長官が、2025年2月14日に、「米国が強いドル政策を採っているからといって、他国が通貨安政策を採っていいことにはならない」と発言し、”Strong Dollar” lineを修正したことは、米国がドル安政策に舵を切った証左と捉えることができよう。
2025年中にドル円相場は130円まで下落する
図表は、日米のGDPデフレターを用いて物価調整した実質ドル円相場(1955年=100)である。数値の増加はドル高円安を、減少はドル安円高を表す。一見して、不完全なスマイルカーブ(スマイルマークの口の形状)を呈している。

1955年に100であった実質ドル円相場は、米国のドル安政策によって、1995年には22まで低下する。しかし、ルービン氏のドル高政策転換によって、2024年には70まで回復した。今回のトランプ氏の「相互関税」の導入とベッセント氏の「ドル安政策」の採用によって、実質ドル円相場のスマイルカーブは未完に終わる可能性が高い。
筆者は、2025年中にドル円相場が130円まで下落すると引き続き考えている。