ESG(環境・社会・企業統治)投資という世界的な潮流は、日本企業の情報開示や会計処理にも大きな影響を及ぼしている。本連載では、企業の健康経営とハラスメント対策に焦点を当てつつ、運用担当者が知っておきたいESG会計を6回シリーズで解説。企業関係者のほか年金基金など機関投資家もぜひ参考にしていただきたい。第6回の最後は、ESG会計の残された課題です。

ESG情報開示義務は昨今の動き

上場企業に四半期開示が求められたのは20年以上前だが、ESG情報開示が推奨、強制されたのはそんなに古いことではない。

ISO(国際標準化機構)が人的資本の開示指針ISO30414を策定し、従業員定着率や研修費用だけでなく、リーダーシップへの信頼や仕事への熱意なども定量化するよう促したのは2018年に過ぎない。米国ではSEC(証券取引委員会)が人的資本の情報開示を上場企業に義務付けたのは2020年である。

日本もパワハラ対策の相談窓口設置を義務化したのは2020年6月施行のパワハラ防止法によってである。健康経営に係るESG会計実施はまだまだ先のことだと安心できないが、まだ間に合う。

ESG会計のポイント

これまでの内容を図表に要約した。不確実な利益は取り込まず、確実な利益と予想されるリスクは取り入れるという原則は徹底している。企業会計は近年確かに複雑化しているが、やりきらねばならない。

【図表】ESG会計のポイント

機関投資家サイド
  • 従来の会計では、費用を負担しているにもかかわらず、資産増を評価していない。減価償却費は非計上で、利益を過大表示している。
  • 従来会計は、生産性向上を遅らせ日本経済を停滞させるため株価低迷の原因の1つのように思われる。
  • 資産がらみの財務比率は見直さねばならない。ROA(総資産利益率)、PBR(株価純資産倍率)、ROIC(投下資本利益率)などの指標を再注目するべき。
  • 流動資産が減って、非財務の流動資産が増えるため、いくつかの指標は大きな影響を受けない。
企業サイド
  • 健康経営によって銀行からはポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)を受けることが出来る。しかし調達資金を事業の運転資金に充てる転用は適切でない。
  • 追加情報として脚注特記や別添するのではなく、財務諸表のなかに統合するべきだ。

ESG情報の開示頻度における問題点

頻度はどうであれ現在の情報開示は問題含みである。それゆえ、様々な方法・チャネルで情報開示を補完・補充できれば開示の頻度は重要でなくなる。

高頻度・短期の決算を強制すれば、企業は当然それに対応した短い視野に陥る恐れがある。それを補うには、役員報酬に長期的視点の導入が必要になる。

年1回などの低頻度の決算になる場合企業は長期の視野を持つようになるが、情報開示が後退したように懸念されるようになる。それに対しては、会社説明会の場やメディアなどを通じて経営者自らが戦略、理念やパーパスを発信し、市場との対話の機会を増やすべきである。いずれにしても企業の負担は減らない。

ESG会計推進のために当局などに残された課題

第一に、医療は、金融などの分野とともに、プライバシーに強くかかわり、厳格なデータ保護や粉飾防止策が求められる。データの匿名化、ブロックチェーン活用などで虚偽を防ぎ、個人情報の保護を徹底すべきだ。

第二に、健康経営の確立・維持を目的とした保険が広く売り出されるようになろう。この保険の効果は本シリーズで展開した効果と類似しているため、この保険に対する費用負担も同じような会計処理がなされるべきだ。

最後に、健康経営は企業利益の下落を阻止し、公共部門としても、納税を促し、課税基盤の維持・促進につながる。保健所、県立病院、医師会から成る都道府県の医療体制は健康経営にどう係るかを模索する必要がある。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
1969年大阪大学経済学部、1975年米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数

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