ESG(環境・社会・企業統治)投資という世界的な潮流は、日本企業の情報開示や会計処理にも大きな影響を及ぼしている。本連載では、企業の健康経営とハラスメント対策に焦点を当てつつ、運用担当者が知っておきたいESG会計を6回シリーズで解説。企業関係者のほか年金基金など機関投資家もぜひ参考にしていただきたい。第4回のテーマは「伝統的仕訳とその問題点」だ。

「オフバランス方式」では、投資家に対しての見える化が達成されない

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
辰巳憲一
1969年大阪大学経済学部、1975年米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数

環境や社会問題に対する従来の会計処理法は「オフバランス方式」である。財務諸表では損益は計上するが資産・負債を捨象しており、企業の価値を完全に表していない。

企業は多くの場合、費用を社員や外部に負担させていることになり、従来の会計処理は大きな問題点を抱えてきたと言える。

健康経営のコアとなる健康被害防止やハラスメントの対策には幾ばくかの費用が必要になる。それを健康被害防止対策費やハラスメント対策費と呼び、100の金額としよう。

健康被害・ハラスメント対策費の何%かが生産性低下を防御し向上する資産になる。それを短く生産性維持向上資産と呼ぶ。それは物理的な資産(建物、設備、機器)だけでなく、ノウハウなどの無形資産が占める割合が大きい。

社員の健康を増進、ハラスメントを防止する投資の効果を評価する際の要点は次のようになる。

  • 課題:従来、投資家には見えなかった健康投資やハラスメント投資の効果を投資家にも見えるようにする
  • 負担:支出の分が費用になる
  • メリット:社員の生産性低下を阻止・向上し、メンタル向上が達成でき医療費を削減できる

【図表】従来の会計処理の方法

図表
※建物・設備・機器は、別途、有形資産の取り扱いで、資産計上されていると仮定している。

健康被害やハラスメント対策費用の分だけROAやROEは低下

仕訳は表の通りになる。イベント対策費支出時の損益計上は100である。

「オフバランス方式」では、資産計上は無くイベント発生時の仕訳についても健康被害やハラスメントの防御資産は計上しない。この場合、投資家に対して見える化する課題は達成されない。この方式には他に2つ欠点がある。

①パンデミックのような大きな被害(図表では1000)が生じたら、特別損失で処理する。場合によっては利益剰余金を切り崩す。健康被害やハラスメントは稀にしか起こらないとの前提に立っているのが旧来の方式である。

その結果、資産価値を大きく毀損する健康被害とハラスメントには対処できず、回復・再生できない可能性も否定できない。健康被害やハラスメントが倒産の原因になるのである。

②生産性維持向上資産、健康被害とハラスメントの防御資産についての正確な情報開示が課題になる。

ROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)への効果も考えておくべきであろう。費用の分だけROAやROEは低下する。巨大な費用が発生し企業業績が圧迫されれば、ROAやROEは著しく低下する。

株価への影響についてはいわゆるイベントスタディによって実証できそうである。しかしながら、筆者の知る限り研究例は無いようである。