新しい信託銀行は「クライアント」

今回の経営統合を迎え撃つみずほ信託銀行は、ライバル誕生を冷静に受け止め、得意業務にさらに磨きをかける戦略だ。企業年金受託残高などでは追いかける形になるが、「特に法人向けの金銭債権流動化分野では、3メガ信託体制になっても当社が一歩抜きん出る状況は変わらない」(みずほ信託銀行常務取締役の田原良逸氏)。同社は、日本初の温室効果ガス排出権取得信託や、著作権・商標権などの知的財産信託、担保権信託(セキュリティ・トラスト)、さらに事業証券化に関わる信託などを開発・受託【図表3】。そのほか語学学校の受講料を保全する前受金分別信託など新しいスキームに積極的に取り組む姿勢で知られる。

金銭債権流動化の代表商品である「一括支払信託(ノートレス)」は、大企業と取引のある中小企業などから売掛債権を一括受託し、支払満期日における売掛金の回収・送金を行う仕組みだ。大企業からすれば手形発行などの事務作業が省略可能。中小企業にとっては支払満期日以前に資金が必要な場合、信託受益権を投資家に売却して資金調達できる。

「約15年前に投入したノートレスは2010年12月現在、大企業などの支払い企業ベースで約350社、仕入れ先などの中小企業ベースで約14万社にご利用いただいている。2011年2月には電子手形に対応したバージョンアップ版『eノートレス』を提供する」(田原氏)

特定サービスに強みを持つ外資系信託銀行は今回の経営統合をどう受け止めているのだろうか。法人サービス専門のステート・ストリート信託銀行副会長のアンドリュー・エリクソン氏は「三井住友トラストは、我々にとってコンペティターではなくクライアント。新しい金融機関のビジネス戦略を積極的にサポートしていきたい」と歓迎する。

ステート・ストリートの日本への進出は1990年。日本での活動が為替業務を行うステート・ストリート銀行に次いで古いステート・ストリート信託銀行では、信託業務に加えて、親銀行の代理人として提供するグローバル・カストディー(証券の保管・管理)業務や、最近では生命保険や運用会社向けの事務アウトソーシング・サービスに力を入れている。

特に2008年秋のリーマン・ショック後、生命保険や資産運用業界では中核業務への人的資源の集中と事務コスト削減が急務であり、事務アウトソーシング業務へのニーズは強いという。

「生保向けでは日本の運用資産と海外の運用資産、どちらの勘定口座もオペレーションできるのがグローバルなインフラネットワークをもつ当行の強み。運用会社向けでは、取引後のマッチングや翌日のポジション評価といったミドルオフィス関連や投資信託の値付け(プライシング)に関するアウトソーシング業務の問い合わせが多い。我々のクライアントの多くは、契約締結後の5年以内で10~20%の事務コスト削減を達成しており、高い評価をいただいている。アウトソーシング業務については、2009年以降、外資系運用会社など9社のクライアント獲得に成功している」(エリクソン氏)

グループの連携強化で差別化

一方、ソシエテジェネラル信託銀行代表執行役社長のクリストフ ビヤール氏は、「我々の競争相手は、日本でプライベートバンキング業務を手掛けるすべての金融機関だ」と話し、三井住友トラストもその一つとの認識を示す。

同行の主要ビジネスは、金融資産が平均3~4億円の超富裕層や企業オーナーを対象としたプライベートバンキングと、外国為替証拠金取引(FX)業者などに資産保全信託(Asset Protection Trust=APT)を提供する法人向けの2つに大別できる。「超富裕層は2008年秋のリーマン・ショック以降、投資商品から距離を置くようになった。我々は、運用商品ありきではなく、金銭信託(指定運用)といったスキームを活用しながらお客様のキャリアやビジネス環境に適したソリューションを提案するスタイルの信託サービスを重視している」(ビヤール氏)。

もう一つのAPTは、FX業者などが顧客資産を分別保管する際に利用されており、ソシエテジェネラル信託銀行によると、2010年2月に分別保管が義務化される前の2003年から提供しているという。「APTの取り組みへの早さは、当行の提案力の高さを示している。ただし貢献度を見ると、預かり資産残高ベースではプライベートバンキングが全体の約3分の2を占め、APTに代表される法人向けサービスが3分の1、収益ベースでは前者の比率が80%以上となる。法人向けの信託ビジネスの多くはスプレッドが薄いため、運用規模の経済性が必要だ。カストディーや決済など競争が激しい分野には、今以上に進出する意志はない」(ビヤール氏)。

経営統合によって3メガ信託体制が確立した国内の信託業界において一層の業務拡大を図る場合は、これまで以上に差別化戦略が求められるようになったといえるだろう。

「みずほフィナンシャルグループでは、傘下の金融機関の連携強化を進めている。信託ビジネスについても同様で、2010年12月からみずほ銀行で当社の金銭信託商品『貯蓄の達人』の取り扱いを始めた。当初は首都圏の約30店でスタートし、2012年にはみずほ銀行の全店にまで広げる計画だ。『ノートレス』や『セキュリティ・トラスト』などの法人向け商品・サービスでも、みずほ銀行、みずほコーポレート銀行との恊働体制で臨む方針だ」(田原氏)

一般に、信託銀行の主要業務には企業年金受託、証券代行、個人向けの投信販売や遺言信託などがある。そのうち、バークレイズ・キャピタル証券の田村氏が3メガ信託の今後のカギを握ると見ているのが不動産関連業務だ。

「ホールセール分野の企業年金受託や証券代行は、長い付き合いのある顧客企業から『薄く、広く』儲ける仕組み。対する仲介やノンリコースローンといった不動産関連は市況の影響を受けやすく、年ごとの収益のブレ幅が大きい。さらに、アジアや欧米などの海外の投資マネーが日本国内の不動産を購入する際、メガバンクなどの商業銀行は基本的にニーズを取り次ぐことしかできないが、信託銀行は自らの信託のスキームを使って受け皿商品を用意することも可能だ。収益の変化率の大きさと海外からの新たな資金流入が期待できる不動産関連業務は、3メガ信託間の競争を左右する可能性を秘めている」(田村氏)

表面上の静けさとは裏腹に、信託業界内の企業間競争は今後激しさと増していくだろう。「差別化」と「不動産」。この2つのキーワードに留意しながら、今後も注目していきたい。