中南米や中東欧・中東・アフリカで起債が活発化

新興国政府は、資金ニーズを満たすため、引き続きサステナビリティボンドをあてにしている。しかしこれら政府が、コミットメント通り、環境や社会の持続可能性に資する事業に資金を充当するかどうかは疑問の余地が残る。

REDDの集計によると、新興諸国が2021年1~8月にオフショアで起債したEGS(環境・社会・企業統治)債は前年同期の2倍近い183億ドルに上った。FRB(米連邦準備理事会)が2022年に利上げを開始する可能性を示唆したことからくる先行きの不透明さや、インフレ圧力増大への懸念が起債に拍車をかけた。

それに加え新興諸国としては 投資家層の多様化やESG関連投資に力を入れている投資家へのアピールも必要だ。また、自国の開発とクライメートトランジション(低炭素経済移行)のニーズを満たすため、サステナブルファイナンスの枠組み構築を試みる政府が増加した。

2021年1~8月にサステナビリティボンドを発行したのは、中南米ではチリとメキシコの2カ国だった。発行額はチリが132億ドル、残りはメキシコで、合わせて全体の約80%を占めた。中東欧・中東・アフリカ(CEEMEA)からはスロベニア、ベナン、ウズベキスタンの3カ国で、全体の11%に相当する合計20億ドル、アジアからはインドネシアとマレーシアのみで、全体の9%の16億ドルを発行した。

ESGソブリン債発行体の地域的分布は、2020年とほぼ変わらず、1位は中南米で全体の62%、以下、CEEMEAが30%、アジアが8%の順だった。

2021年に入って発行されたサステナビリティボンドを種別で見ると、チリのみが発行したソーシャルノートが57.4%を占め、残りはサステナビリティノートの31.8%、グリーンノートの10.8%だった。

サステナビリティボンドの大部分は、国連の提唱するSDGs(持続可能な開発目標)の達成につながるサステナビリティリンクボンド(SDGsリンク債)だ。例えば、メキシコは2020年の同国初のユーロ建てSDGsリンク債に次ぐ2回目の起債を2021年に入って実施した。調達資金は、医療サービス、雇用、教育、持続的なインフラ開発、地方開発と農業分野の目標達成に向けた政府のプログラムに充当される。

重大な2つの欠点――「政権交代」と「コミットメントの内容」

ESG債は、新興国にとってはクライメートトランジション関連の資金源になり得るが、現在の仕組みには重大な欠点がある。

政府によるサステナブルファイナンス枠組み設定の根本的な問題点は、政権交代である。特に新興国の場合はそれが当てはまる。現在の政権が気候変動対策と持続的開発に力を入れていたとしても、次の政権がそれを踏襲する保証はない。

もう1つの問題点は、各国政府がESG債発行の際に行うコミットメントの内容である。ノースカロライナ州立大学のMark Weidemaier教授とバージニア大学のMitu Gulati 教授は、自らが運営するブログCredit Slipsで、「各国政府が発行するESG債はまったくのナンセンス」と述べている。

例えば、メキシコが2021年に起債したSDGsリンク債の目論見書には「メキシコ(政府)が、特定の(SDGs)特性を備えたプロジェクトに調達資金を配分する保証はありません」という一文が含まれている。メキシコ政府は毎年、調達の目的とした事業への配分状況および影響に関する報告書の提示を約束している。それにはSDGs関連支出や、社会、環境改善へもたらす効果が記載される。しかし目論見書によれば、これらは契約上の義務ではないため、政府が今後、報告方針を変更したり、守らなかったりする可能性がある。

他国のESG債目論見書、とりわけチリとハンガリーによるものもメキシコと同様の免責事項を含んでいる。一方、インドネシアが2020年に新型コロナウイルス対策の資金調達を目的として発行した債券では、国際的なソーシャルボンドの原則に準拠しないこと、第三者機関による検証を伴わないことが明記された。これは、投資家にはこうした国々に対して資金使途に関するコミットメントや報告を強制する手立てがないことを意味する。

各国政府のコミットメントについて、国際NPO「気候債券イニシアチブ(CBI)」のCEOであるSean Kidney氏は、「実行可能性についてはそれほど懸念していない。情報公開の透明性を欠く(新興)国の場合、資金調達コストに反映されるからだ」と言う。その例として、モザンビークのいわゆる「マグロ債」スキャンダルを挙げた。これは、国営マグロ公社(EMATUM)が、マグロ漁船購入が目的として8.5億ドルの借り入れをし、その後支払い困難になり、政府保証付きのユーロ債に変換し海外投資家に売りさばいたもの。実際は、調達資金の多くは沿岸警備艇および軍事関連機器購入に充当されたこと、また借り入れは議会やIMF(国際通貨基金)などにも事前報告をして承認を得ていなかったことが明らかになり、モザンビーク政府には厳しい目が向けられた。EMATUMが支払い不能となったためモザンビーク政府がこのユーロ債を肩代わりせざるを得なくなった。政府は結局これを再編することになったが、再編後の金利は14.4%となり、元の8.5%から大幅に上昇した。

新興国市場に投資する機関投資家を支援する米非営利団体Emerging Markets Investors Alliance(EMIA)が2021年8月に公表したESG債の「強化版*原則(EMIA Enhanced Labeled Bond Principles)」では、EGS債の事業選定委員会は 独立組織による監視が必要と提案している。発行体が政府の場合、こうした監視は多国籍開発銀行もしくは国際金融機関が行うべきとしている。

(*)「強化版」は、国際資本市場協会(ICMA)が公表している発行体主導のソーシャルボンド原則やサステナビリティボンド・ガイドラインを、投資家の視点で「強化」したものと言われている。

SDGs目標達成のための資金不足解消の良い手段

OECD(経済協力開発機構)によると、2030年までにSDGs目標を達成するには、開発途上国では年間2.5兆ドルの資金が不足している。年間不足額は、新型コロナウイルス感染症拡大による影響で1.7兆ドルも膨らんでいる。SDGsリンク債発行は、そうした資金不足を解消する良い手段になりうるため、「新興国による発行は今後増えるだろう」(Kidney氏)。

今後SDGsリンク債を発行しそうな新興国にはモンゴルが含まれる。モンゴルは2021年6月、2022年と2023年に償還を迎える政府債の借り換えのため、債券市場から期間6年と10年の2本立てで合計10億ドルを調達した。早期の借り換え資金確保は、同国の持続的成長に必要な財政基盤の強化につながる。SDGsリンク債としては2020年9月に次ぐものとなった6月の発行では、JPモルガンが持続可能な開発金融の構築エージェントに指名された。

カーラ・ダガー、シヤ・クルカーニ(Carla Dager and Siya Kulkarni)

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