マクロ経済 物価の基調は弱く、金融政策の正常化議論は当面困難
インフレ指標でも米欧との格差が広がる
インフレ圧力の高まりが懸念される米欧に対し、日本の物価上昇圧力は依然として弱い。米欧の中央銀行が重視する「食料・エネルギーを除く消費者物価」の動きを前年同月比で比較すると、米国は4.3%の上昇(2021年7月)、ユーロ圏は1.6%の上昇(8月)とインフレ圧力が高まっているが、日本では0.8%の下落(7月)と水面下に沈んでいる。
日本の消費者物価の指標とされている「生鮮食品を除く総合指数(コア消費者物価)」をみても、2021年7月は前年同月比0.2%の下落とマイナス圏にある。新料金プランの提供などによる携帯電話通信料の値下げといった一時的な要因によるところが大きいが、米欧に比べて経済活動の再開が遅れていることが物価の抑制要因となっている。
エネルギー価格の上昇が年後半の物価を押し上げ
日本の消費者物価指数は2021年7月分のデータから2020年基準に変更された。改定に伴う品目の改廃は小規模なものにとどまったが、携帯電話通信料の引き下げによる影響が大きくなり、4月以降の物価上昇率は大幅に下方修正された。
旧基準での最後の公表となった2021年6月分のデータで比較すると、コア消費者物価は旧基準の前年比0.2%の上昇から新基準では0.5%の下落と0.7ポイント下方改定された。このうち携帯電話通信料の値下げによるコア指数への寄与度は、マイナス0.5ポイントからマイナス1.1ポイントに拡大した。基準改定による下方修正の大部分が携帯電話通信料の値下げで説明できる計算になる。
当面も携帯電話通信料の値下げが物価の押下げ要因となるが、一方で原油価格の上昇に伴う電力・ガス料金の引上げやガソリンの値上がりが押上げ要因になる。電気代やガソリンを合計したエネルギー物価は、年末にかけてコア消費者物価の前年比を0.9ポイント程度押し上げる要因となり、携帯電話通信料の値下げをほぼ相殺するとみられる(図表)。また、2020年の「Go To トラベル(8~12月)」の実施によって下落した宿泊料金の反動も見込まれるため、2021年後半のコア消費者物価の前年比はプラスに転じる見通しである。
【図表】コア消費者物価の前年比と特殊要因の寄与度
物価目標の達成は遠く、金融政策の正常化議論は当面困難
2022年度には携帯電話通信料の値下げによる影響が一巡するため、コア消費者物価はプラス圏で推移すると予想している。ただ、インバウンドの本格回復や制限のない大規模イベントの開催など感染拡大前の経済環境を取り戻すまでには至らない。実際の需要と潜在的な供給力の差である需給ギャップの解消は見込めず、物価上昇圧力は弱い状態が続くとみられる。
日銀が目指す2%の物価目標は当面達成できない見通しで、世界の中央銀行が緩和政策からの出口を模索するなか、日銀だけが大規模な緩和政策を継続せざるを得ない状況に置かれている。輸出と設備投資をけん引役に景気が回復基調を維持していることやワクチン接種の進展による感染抑制効果が期待できることから、もう一段の緩和政策の強化は想定していないが、日銀が米欧のような量的緩和政策の縮小議論を始められるのは2023年度以降となろう。