日本政府が掲げる成長戦略の一環として、金融・資本市場の活性化に向けたさまざまな取り組みが進められている。なかでも、資本市場の主要なプレイヤーである機関投資家に対してはスチュワードシップ・コード、企業にはコーポレートガバナンス・コードという2つの指針を金融庁が示し、株式・債券市場の信頼性や透明性の向上と、その帰結としてリスクマネーの供給を目指している。証券取引所もIPO市場の活性化を目的として、不適切な取引に対する規制の強化などの方針を示した。金融・資本市場改革の中身とその狙い、これらの改革がマーケットに与える影響について、関係者に話を聞いた。

スチュワードシップ・コード
市場の構成員が長期視点を醸成し企業の持続的な成長を実現する

企業と投資家のとの関係を大きく変えると期待される「日本版スチュワードシップ・コード」。株式市場を構成する各構成員の果たすべき役割や長期投資の視点がもたらす効果などについて、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授の北川哲雄氏に聞いた。

高付加価値の産業を創出する機関投資家に向けた行動原則

安倍政権の「日本再興戦略」では、「グローバル競争に勝ち抜ける製造業を復活させ、付加価値の高いサービス産業を創出する」ことが目標の1つに掲げられた。その実行プランの1つとして、機関投資家向けの行動原則である、いわゆる「日本版スチュワードシップ・コード」が誕生した。

コードの冒頭には、コードを履行するために必要とされる「スチュワードシップ責任」を「機関投資家が投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な『目的を持った対話』(エンゲージメント)を通じて、企業価値の向上や持続的成長性を促すことにより『顧客・受益者』のなかの長期な投資リターンを図る責任を意味する」と定義されている。

ここで注目すべきは、この「スチュワードシップ責任」が従来の「受託者責任」とは異なり、企業と対話する長期志向の投資家によって果たされるものであるということだ。スチュワードシップ・コードに準拠した機関投資家・運用者は、運用パフォーマンスを期待されるだけでなく、投資先企業の持続的成長への貢献も求められることになる。

しかしながら企業の成長は、機関投資家の努力だけで実現するものではない。企業が成長するうえで欠かせない存在である株式市場は、この両者のほか、アナリスト、年金基金などのアセット・オーナー、基金へ資金を拠出する国民らによって構成される。しかも国民の多くは企業にかかわっていることから、構成員が有機的につながった、いわば「インベストメント・チェーン」を形成している(図表1)。

青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授の北川哲雄氏は、「株式市場にかかわるすべての構成員に長期の視点が醸成されなければ、企業の持続的な成長は望めないといっていい。日本版スチュワードシップ・コードの導入が、その契機となる」と期待する。

企業の持続的な成長を阻む要因に、投資家の過度なショート・ターミズム(短期主義)が指摘される。情報技術の進歩による株式市場の発展は、短期売買でも利益を獲得する機会を増やし、結果的にショートタームで売買する投資家の割合を引き上げた。北川氏は「ヘッジファンドやクオンツ運用に見られる短期運用は否定されるべきではないが」とする一方、「長期投資の投資家が、本来あるべき運用哲学に則った運用をしていない懸念があることこそが問題」と強調する。

さらに、短期主義が拡大した理由として「四半期決算報告制度の導入」を挙げる。アナリストは、企業への取材を基に顧客を集めて四半期決算プレビュー・ミーティングを開催することも多い。こうした会合にファンドマネージャーがこぞって集まることで企業に対する知識レベルは均質化し、結果として、ある情報に対して同じ投資行動を取る傾向を強めてしまうのではないかと指摘している。

「ITなど企業の寿命が比較的短いセクターもあるため、四半期ごとの決算情報の開示がすべて不要とは思わない。必要性を感じるセクターがこの制度を継続し、市場全体としては開示を義務付けないことが短期主義解決への一案だ」と北川氏は語る。同時に、長期の分析力を備えた運用機関の重要性を自ら証明するアセット・オーナー側の覚悟も今後必要だという。