日本企業のグローバル・キャッシュ・マネジメント(GCM)のニーズが高まりつつある。企業にとってGCMに取り組む利点とは何か。金融機関にはどんなサポートが求められるのか。日本企業を対象にしたアンケート調査から、最新のGCM動向を探った。(森重瑛美)

財務戦略を高度化させるGCM

海外進出に伴い、クロスボーダー決済業務は増加し、国を越えた資金管理の重要性が高まっている。海外子会社を含めた資産状況が常時確認可能になれば、より効率的な流動性管理や柔軟な資金調達も可能となる。GCMは財務管理の高度化につながるといえるだろう。

それでは、日本企業はどんなGCMサービスを求めているのか。J-MONEYは2012年5月、GCMを導入している日本の多国籍企業を対象に、金融機関のサービスの実態を知るためのアンケート調査を実施した。最もGCMサービスが優れていると考える金融機関を挙げてもらったほか、「システムの使いやすさ」「顧客対応能力」など12項目の個別評価と、「欧州」「アジア」など8項目の地域評価を設定し、それぞれ回答を受けた。アンケートは約350通を配布したが、回収率が低かったため評価ランキングは公表せず、個別評価の概要を紹介する。

個別評価をみると、ほとんどの企業が「セキュリティー」や「システムの使いやすさ」を評価しており、インターフェースやシステムの堅牢性に対する高い関心がうかがえる。自由回答でも「国によってシステムのプラットフォームが異なっていると使いづらい」(メーカー、年間売上高・1兆円以上、本社で管理する国数・10カ国以上)、「数カ月ごとに変更となるパスワードは他のシステムをいくつも抱えると煩雑になる。取扱金額が大きいので毎回変更されるほうが安心」(水運業、同・500億円未満、同・5カ国未満)などの意見が寄せられた。

また「複数のシステムを持つことは利用会社の立場からすると非常に不便。極力システム統合したほうが顧客を獲得できると思う」(電子部品、同・1兆円未満、同・10カ国以上)として、取引金融機関の情報を集約するシステムを希望する声も強かった。国内外のキャッシュ・マネジメント・システムをいかに円滑に接続し、企業が抱える複数の銀行口座情報を集約できるかが、GCMシステム面で求められる課題となっているようだ。

新興国の資金フローをどう捉えるか

情報の集約化という観点では、今後、新興国、特にアジア地域のキャッシュフローをいかに捉えるかが重要となる。日本企業は成長市場であるアジア諸国への進出攻勢を強めている。上述のアンケート調査の地域別評価でも、「国内」「欧州」に次いで「アジア」を重視する企業が多かった。さらに「中国」と「アジア」を合算すると、「国内」を抜いて最多となり、アジア戦略の重要性が浮き彫りになった。

アジアを含む新興諸国は資金の移動に関する規制が複雑だ。税制や外国為替の規制、それらに関連する法制度は国ごとに異なり、先進国で利用しているシステムに一律で組み込むのは難しい。日本と新興諸国の間では税制や報告制度などの規制緩和に向けた交渉が続くが、結果が出るまでには時間がかかると見込まれる。

アジアが生み出す資金フローを把握するため、新興地域を対象としたGCMでは、まず地域や国単位で資金の集約に取り組むのが主流となっている。アジア戦略に力を入れる金融機関は、地場銀行との提携強化などで、金融拠点の開拓に着手している。

連結経営に向けた意識改革

金融機関の提供するGCMサービスは進化している。邦銀は国内向けのキャッシュ・マネジメントで培った経験と顧客との関係性を基に、海外へとサービスの範囲を広げている。米国や欧州に本拠を置く外資系金融機関は、グローバルの拠点網を生かし、日本の本社から世界の銀行口座情報を集約化し、世界各国で現地決済を可能にするためのシステムを提供している。

高度化するGCMのシステムやサービスを企業経営に取り入れるには、企業の“内部の変革”も必要だ。

日系企業グループのなかには、いまだ単体基準の考え方が前提になっている企業もある。このままでは資金管理の権限を集約化するGCMの導入は進みにくい。低金利が続き、資金管理の効率化がもたらす利益を示しにくい点も、企業内施策の優先順位を下げている。

グローバルでの資金管理、そして財務管理を高度化するにはグループ企業間で「一つの企業集団」として意識を高め、財務担当者と経営陣が、連携して課題に向き合わなければならない。先行する欧州や米国は、市場と企業の競争力を高めるために、さまざまな制約を取り払ってきた。アジアのリーダーを目指す日本企業もまた、キャッシュ・マネジメントの高度化に動き出す時期ではないか。

長期的な目線と正確な情報把握がグローバル化への第一歩

日本企業のキャッシュ・マネジメントは、国内では統一的なインフラのもと、比較的整っていますが、海外では日本のインフラに立脚した仕組みを流用することが出来ず、結果として、「国内用」「海外用」という二重の資金管理システムを抱えています。

感度の高い財務担当者は、キャッシュ・マネジメントが国内外で分断され、ひとたび国境を越えればグループ内の子会社であっても財務状況がすぐに把握できない状態に危機感を抱いています。海外での企業買収の経験やアジアなど新興地域での取引増加によるマイノリティ通貨に関する為替リスクの高まりなどが影響しているでしょう。

一方で、長引く低金利がキャッシュ・マネジメントの目的や効果を見出しにくくしていることに加え、従前からのグループ経営、全体最適への意識の低さが、グローバルレベルでの高度化を阻んでいます。

資金管理の改革は、財務部門だけではなしえません。今後10年先を見据えた日本市場の調達金利上昇や為替の変動などのリスク要因や長期的な企業・財務戦略といった将来シナリオを、経営陣と共有する必要があります。

その上で、通貨別資金残高や入出金予定、受注動向など、資金管理に必要でありながらも日本本社が適時に取得できていない現地情報を一元的に把握する仕組みをつくることが、グローバル化への第一歩といえます。

即時に正確な情報を入手するのがグローバル・キャッシュ・マネジメントの根幹

SWIFTは世界規模で金融取引のメッセージ通信網を提供する国際組織です。上場企業であれば基本的に加盟可能。SWIFTネットワークに加盟すると、保有する銀行口座情報の集約が可能となります。現在世界の約950社が参加し、資金管理のツールとして活用しています。

海外進出に伴って複雑化する資金管理に悩む財務担当者は少なくありません。近年、日本企業の海外進出は、現地でビジネス展開する企業に買収を仕掛ける手法が主流となっています。その結果、被買収企業の取引銀行を引き継ぐ必要が生じ、銀行口座数が増大しているのです。

問題は増加した海外子会社の資金情報をいかに早く入手し、管理するかという点です。これは財務戦略に直結する課題ですが、日本企業では前月末決算が2週間後に本社に届くケースも見受けられます。グローバル・キャッシュ・マネジメントの基本は即時・正確な資金状況の把握ですが、残念ながらその重要性は十分に企業に伝わっていません。

私たちは金融機関などの協力を得ながら、財務担当者向けにグローバル・キャッシュ・マネジメントのワークショップを開催しています。地道な情報提供を通じて、日本のグローバル・キャッシュ・マネジメントを世界水準に高めるお手伝いができればと考えています。