2019年は、リクルートによる個人情報の不適切利用や民間の情報銀行ビジネス参入など、データにまつわる課題には事欠かない1年となった。一方で、「各種データが実際にどのようなインパクトを事業にもたらし得るのか」という観点から経営戦略にまで踏み込んだ検討は、まだ着手されたばかりだ。
本稿は、消費者データに着目してデータ・マーケティングをとりまく現状を把握した上で、2020年1月に筆者が現地調査を行ったCES 2020(米国ラスベガスにて毎年開催される世界最大の家電見本市)の最新テクノロジー動向も含んだデータ収集・活用方法の変化の兆しを整理したい。最終的には、データ関連のテクノロジーがもたらすサプライチェーン自体の構造変化への示唆を与えることが目的だ。
「モノ売り」から「コト売り」へ。顧客コミュニケーションに特化
最も一般的な消費者の購買データ(POSデータ)は、POSシステムを持つ小売企業によって取得・管理されており、個人情報をマスキングしたものがリサーチ会社経由または直接ルートでメーカーに販売・提供される。一方、飲料や日用品を扱う消費財メーカーのマーケターにとっては、POSで取得可能な「自社商品がどこで/どのくらい購入されているか」といった購買タイミングの情報と同様に、「自社商品がどのように生活の中で使われているか」の情報も喉から手が出るほど欲しい重要なものである。
この背景にあるのは、人口・消費停滞に伴い多くのメーカーにおける経営課題の一つである「モノ売り」構造からの脱却、すなわち家庭生活の課題解決に踏み込む「コト売り」への転換だ。それにも関わらず、自社商品の生活の中におけるデータは、その取得困難性ゆえに決してリーチすることができない”暗黒大陸”であったと言えよう。
だが近年、国内外の先端的なメーカーによって、先進技術を活用することで家庭内の消費行動ログ(デジタル記録や利用状況)の取得・活用を目指す取り組みが本格化した。RFID(RFタグにより電子情報を読み込むシステム)やIoTデバイスを用いてサプライチェーン全体をデータで統合し、家庭内の商品の使われ方を把握するダイレクト消費型のアプローチだ。サプライチェーン全体の情報同期に関しては、2018年度の経済産業省の実証実験が良い例だろう。飲食料品・消費財メーカーがモニター家庭でRFIDを貼付した商品のログを取ることで、商品の使用タイミングや他製品との併用状況などのトレースを検証した。
IoTデバイスを活用して、家庭内での新たな顧客コミュニケーションに重きを置くものとしては、消費財メーカー自体が家電開発に踏み込んで自社消費財の使い方に踏み込む事例が代表的だ。CES2020の展示においても、P&Gは家庭内のマーケティング用デバイス(肌やおむつ状態の把握など)を発表した。これは、現在デジタル世界で当たり前に行われているユーザーの使用状況トレースが、リアルな世界にまで拡大したことを意味する。
国内においても、2019年末に花王とパナソニックが共同で開発した家庭用の人工皮膚製造デバイスの例がある。この顔パック機能を有するIoTデバイスは開発・製造をパナソニック、専用の添加液・美容液を花王が手掛けている。このようにメーカーが消費者と直接コミュニケーションをとる状況は、小売企業の視点から見ると消費者タッチポイントをメーカーに奪われるリスクとなる。この点で、業界自体の存在意義を問うレベルの脅威と言えるだろう。