ナスダック Nasdaq View:24時間取引実現への道
今年に入ってナスダックが発表した、ナスダック証券取引所の24時間化に関するニュースがメディアに大きく取り上げられました。
この取り組みは、週5日24時間体制での取引を目指していることから「24/5」取引として知られ、業界全体から幅広い支持を得ています。ナスダックは現在、その実現に向け、規制当局や重要インフラ提供事業者との調整を進めています。
米国株式への投資家の需要が世界中で高まっている今、私たちは、投資家のアクセスと資産形成の機会が拡大し、市場の在り方が再定義される可能性のある、重要な局面を迎えようとしています。24時間取引の導入は市場の民主化をさらに進める可能性があるものの、実現には慎重かつ綿密な計画が必要です。活気ある市場の生命線は、流動性、透明性、そして完全性であり、いかなる構造的変化もこれらの原則を順守しなくてはなりません。
金融業界では概ね、株取引の将来像として夜間取引が支持されているものの、それ以前に解決すべきインフラ面・規制面・技術面のさまざまな課題が残されています。
24/5体制の株式市場の実現に先立って業界内で検討する必要のある喫緊の課題や今後のステップのうち、特に重要な事項は以下の通りです。
1.取引所
現状
一部の代替取引システム(ATS)や個人向けの証券会社はすでに24時間取引を取り入れているものの、ナスダックのような主要取引所が参入することは新たな時代の幕開けを意味します。この取引時間の拡大により、データ提供が強化されるとともに、夜間取引市場への新規参入が促され、それに伴って流動性の向上や取引量が拡大することが期待されます。2025年春の時点で、複数の主要取引所が夜間取引への移行計画を発表しています。
課題
この計画を実行するにあたり、取引所は事前にさまざまな重要課題について検討しなければなりません。例えば、SIP(Securities Information Processors)による週5日24時間体制への対応、規制当局の承認、投資家保護などがあり、いずれも業界全体の組織的な取り組みが求められる一方で、その他の課題については各取引所が個別に対応していく必要があります。
テクノロジーの最新化
とりわけ取引量やデータ量が拡大し続けている状況を踏まえ、取引所は、自社のテクノロジーやオペレーションの最新化が確実に行える環境を整備しなくてはなりません。現状では、重要インフラの提供事業者は取引時間外のダウンタイムを利用してこうした変更を実施していますが、24時間取引へ移行するには、取引日の中でテクノロジーの最新化を実行する方法とタイミングを決める必要があります。
監視体制と運用能力
取引所は、取引活動を監視し、市場操作や詐欺などの有害な取引を防止するための監視プログラムを運用することで、市場の完全性を守るという重要な役割を果たしています。24時間取引において高水準の監視体制を維持するためには、システムや人員の体制を万全に整え、規制当局との強固な連携を確保することが重要です。
コーポレートアクション
上場取引所は、新規株式公開(IPO)、証券コードの分割、社名変更などのさまざまなコーポレートアクションの処理を担っており、現在これらの処理は取引時間外に行われています。上場取引所は、計画を実行する前に、業界と協議しながら24時間取引中のコーポレートアクションの処理に向けた対策を立てる必要があます。
2.SIP
現状
SIP(Securities Information Processor)は、気配値や約定情報を集約し、単一のデータフィードとして提供しているすべての取引所で構成される、米証券取引委員会(SEC)指定のコンソーシアムです。取引所が計画を実行するには、まず、取引情報のインフラであるSIPの運営委員会が取引時間を延長する必要があります。2025年の春、SIPは規制当局の承認を条件とした運用時間の延長計画を発表しました。この計画では、祝日を除く毎週日曜午後8時から金曜午後8時まで連続して稼働し、各稼働日の1日(24時間)に1回、技術的なメンテナンスのための一時停止時間を設けることが想定されています。
課題
SIPが取引時間の延長に対応するためには規制当局からの承認が必要です。さらに、時間延長に対応できるよう処理能力を拡張し、店頭取引を含むすべての気配値や約定情報を延長後の規定時間内に配信できるようにしなければなりません。SIPの取引時間延長は、清算・決済、取引報告、上場取引所の準備が整って初めて実現可能となります。
3.清算、決済、取引報告
現状
24時間取引の成功には清算と決済の機能が不可欠です。米国の証券取引における清算、決済、取引報告のサービスを提供するDepository Trust & Clearing Corporation(DTCC)と、その子会社で証券取引の清算機能を担うNational Securities Clearing Corporation(NSCC)は、取引時間の延長を支援するために決済時間を拡大する計画を発表しました。
課題
DTCCは、規制当局による審査および承認を前提として2026年第2四半期中の導入を目指しており、これが完了するとNSCCは、米東部時間の日曜午後8時から金曜午後8時まで、1日24時間体制での運用が可能になります。DTCCは2024年秋に計画の実行に着手し、マーケットセンターは、これまでより約2時間半早い午前1時30分から取引を送信できるようになりました。
さらに、取引報告も多くのポストトレード業務における重要な要素です。現在、業界有数のプラットフォームであるFINRA/Nasdaq TRFは、取引日の午前8時から午後8時までしか稼働していません。24時間取引に対応するためには、FINRA/Nasdaq TRFのようなトレードレポーティングファシリティの最新化が重要になると考えられます。
4.規制当局の承認と投資家保護
現状
24時間取引を導入するには、取引所やSIPを含む多くの業界関係者が、SECなどの規制当局に申請を行い、承認を受ける必要があります。
課題
業界関係者が変更のための申請を行い、SECがその内容を審査し、承認を得て初めて取引時間を延長することができます。SECは、申請内容を審査するだけでなく、投資家保護において重要な役割を果たす市場のガードレールを延長すべきかどうかについても重要な判断を下さなければなりません。現在、マーケットワイドサーキットブレーカー(MWCB)、リミットアップ/リミットダウン(LULD)、明らかに誤った取引(CE)などの取引制限は、通常の取引時間である午前9時30分から午後4時までの間にのみ適用されています。プレマーケットやアフターマーケットの時間帯は対象外ですが、今後取引時間が深夜帯まで拡大される場合、SECはこれらの取引停止措置を通常の取引時間外にも拡張することを検討する可能性があります。
結論
清算・決済期間の延長や初期的な規制当局からの承認取得といった面では大きな進展があったとはいえ、まだ多くの課題が残っています。24時間取引の成功には、必要なすべての安全措置が整備されるよう、規制当局、市場参加者、決済機関の間での連携した取り組みが不可欠です。今後の課題を乗り越えるためには、継続的な適応と不断の警戒を維持することが重要であり、これを実践すれば、最終的には、よりダイナミックでグローバルに統合された取引環境の実現につながるでしょう。
タル・コーエン
ナスダック プレジデント
ナスダックのプレジデントとして市場サービス部門および金融テクノロジー部門を率いる。ナスダックの北米および欧州の市場サービス事業、ならびに同社のマーケットプレイステクノロジー、監視、リスク管理、および規制報告ソリューションのポートフォリオを担当。
2016年4月、北米株式のシニアバイスプレジデントとしてナスダックに参画。それ以前は、2008年から2010年までChi-X アメリカズのCEOを務めたのち、2010年から2016年までChi-Xグローバル・ホールディングスのCEOに就任した。
Chi-X入社以前は、1999年から2008年にかけてインスティネットの事業開発および商品戦略担当シニアバイスプレジデントや北米の電子取引担当共同ヘッドなど、複数のシニアリーダー職を歴任した。また、それ以前には、アメリカン・エキスプレスのM&Aマネージャーとして、戦略的投資ポートフォリオを構築した経験を有する。最初の勤務先であるアーサー・アンダーセンでは、金融サービス業界と通信業界を専門とする監査人および上級ビジネスアドバイザーとして活躍した。
2009年から2016年まで、カナダの投資業規制機関Investment Industry Regulatory Organization of Canada(IIROC)の理事を務める傍ら、2013年から2016年までカナダの主要な証券決済機関Canadian Depository for Securities(CDS)の理事も兼任した。
オルバニー大学で学士号を、ニューヨーク大学のスターンスクールオブビジネスでMBAを取得。公認会計士でもある。また、FINRAシリーズ24、7、63のライセンスおよびCSIパートナー、ディレクター、シニアオフィサー(PDO)にも認定されている。