J-MONEYカンファレンス「2025年の市場変動と新時代のポートフォリオとは?」(主催:J-MONEY)が2025年1月23日、東京・日本橋のベルサール東京日本橋で開催された。冒頭で野村證券チーフエコノミストの森田京平氏が行った特別講演の模様をダイジェストでお伝えする。

米国は年内あと1回利下げ。財政余地乏しいECBは5回か

森田京平氏
【講師】
野村證券 経済調査部
チーフエコノミスト
森田 京平

本日は時間も限られているので、米国と日本を中心に分析し、中国に少し触れてゆきたい。ざっくり言って米国と日本の景気に対しては強気、中国については慎重に見ている。中国の課題は経済つまり「患者」の問題ではなく、政府つまり「医者」の問題だと思っている。

米国のFRB(連邦準備理事会)は2025年中にあと1回の利下げを見込んでいる。おそらく3月だろう(※)。その後、関税の引き上げなどインフレ的な影響が一巡するタイミングで来年2026年に2回の利下げを想定するが、現時点でタイミングを予測するのはなかなか難しい。

※講師注:野村は2月に「2025年利下げなし」に見方を変更

ユーロ圏つまりECB(欧州中央銀行)については、2025年中に5回の利下げを予想している。ECBのラガルド総裁には、ほかの中央銀行にはない気の毒な状況がある。簡単に言えば、肝心のドイツが憲法で財政支出が縛られているため、臨機応変に財政出動を行う余地が極めて小さい。どうしても金融政策にウエートが偏ってしまう状況となっている。

日本は大きな局面転換の過程。消費と設備投資が景気けん引

日本に関しては私ども、決して悲観していない。むしろ大きな局面転換の過程にあると考えている。2025年ないしそれ以降の日本経済を見通した時、大きな仮説として「景気と物価の国産化」を挙げたい。これは日本経済にとっての大きなチャレンジであり、ポジティブな可能性を示している。

これまで日本の景気は輸出依存とされ、国産化されていなかった。それが徐々に個人消費が伸び、データセンターをはじめとした設備投資など「内需」が景気をけん引し始めている。物価に関しても、この2、3年のインフレは輸入依存あるいはコストプッシュ型とされてきた。それが最近、賃金が上がり始めている。

景気と物価が国産化されると、もう一つ国産化されるものがある。金融政策である。日銀の政策運営が国産化されると何が起こるだろうか。従来、日本のマーケットは海外市場のデリバティブのような位置付けだったのが、今後は日本固有のアイデンティティが生まれてくるのではないかと期待している。

米国経済はサービス業がけん引。景気の先行きは労働市場次第

ここからは米国経済に目を転じたい。米国の景気の形をざっくり確認すると、製造業とサービス業、どちらがけん引役か。結論はサービス業だ。【図表1】はISM(米供給管理協会)指数で左が製造業、右がサービス業。ご覧のように製造業はここ2年ほど50を割っている。

一方、サービス業は振れを伴いつつも50を上回っている。米国のGDP(国内総生産)の8割以上が非製造業なので、サービス業が頑張ったおかげで米国の景気はしっかりしてきた、ということを示している。

■図表1 ISM指数が示す米国の製造業とサービス業の違い
ISM指数が示す米国の製造業とサービス業の違い
出所:ISM資料を基に野村證券作成

これだけサービス業が粘ってくると、今後米国の景気の先行きを握るのは輸出ではなく労働市場だろう。今、米国の労働市場で何が起きているのか失業率から見てみたい。

米国では景気後退の初期シグナルとして「サーム・ルール」が参照されることが多い。サーム・ルールは失業率(U3=一般的な指標)の3カ月移動平均の動きを見るもので、過去12カ月の一番低いポイントから0.5%ポイント以上上振れると景気後退入りを示す。実際、過去60年間に9回あった景気後退の初期段階がすべて該当する。

【図表2】を見てほしい。2024年の8月と9月、この景気後退シグナルが出た。ところが足元でまた、このシグナルが消えている。ほんの数カ月しか「景気後退」を示さなかったということになる。ということは、FRBの利下げは終了局面に近い。すなわち、ドル円のヘッジコストがさらに下がる可能性は低いということだ。

■図表2 「サーム・ルール」に見る米景気の後退初期シグナル
「サーム・ルール」に見る景気後退初期シグナル
出所:米労働統計局(BLS)より野村作成

化石燃料「掘りまくれ」はデータセンター電力狙いか

ここでトランプ新大統領の政策についても若干触れたい。一般にトランプ氏の政策はインフレ的という評価が多いが、逆にインフレを抑える方向の政策メニューもある。その1つが「脱・脱炭素」。化石燃料を掘って、掘って、掘りまくれ。この「ドリル・ベイビー・ドリル」はトランプ氏が初めて言った言葉ではなく、共和党は2008年時点で既に唱えていた。

今回トランプ氏は化石燃料を積極的に採掘して電気代を低く安定させ、AI(人工知能)も絡むデータセンターの構築を米国に集約させようと考えているのではないか。AIが一国に浸透していくためには、4つ重要な要素がある。①半導体 ②半導体を作るのに必要な水 ③AIを支えるデータセンター ④データセンターを動かす電気――ということになろう。

財政出動が鈍い中国はデフレ「定着」の可能性

【図表3】は中国の物価動向を示している。物価の下落は2023年前半から始まっている。先進国の場合、一般論として物価の下落が2年続くと「デフレ」と言われる。中国で2年経つのが2025年の半ばだ。今の中国はデフレ「リスク」だが、年央にはデフレ「定着」という可能性がある。

というのも、中国当局は2024年9月以降「デフレ脱却」方向に舵取りを変えたが、肝心の財政政策は規模もスピードも遅い。中国では、「患者」つまり経済状況の問題以上に「医者」つまり政策対応が不十分。診察も処方箋も遅すぎると考えている。

■図表3 強まる中国のデフレ色
強まる中国のデフレ色
出所:中国国家統計局、CEICより野村作成

値上げ・賃上げ・利上げの日本。3つの「上げ」で普通の経済に

では日本の現状について。3つの「上げ」によって日本もようやく「普通の経済」に戻ってきたと考えている。すなわち①値上げの継続 ②賃上げの継続 ③利上げの着手。さらに付け加えるとすると、新NISA(少額投資非課税制度)導入が一助になる形で、インフレによって家計金融資産の多様化が進むこともある。

今後2%のインフレが続くと、35年後には物価水準は2倍になる。お金の価値が半分になる。米国の家計はリスク資産に投資をしているが、これはリスクを取るための投資ではなく、インフレでお金の価値が目減りするリスクを避けるためのまさにリスク分散だ。

日本の女性の平均寿命は87年。男性は81年。平均寿命で人が亡くなる時、2%インフレの下、お金の価値は5分の1になる。家計でなく企業もキャッシュを持ち続けることのリスクを認識していく方向だろう。

最後に賃上げの動向について。2025年の春闘では【図表4】のグラフの右から2番目、3.5%のベースアップを見込んでいる。2024年の春闘は右から3番目で3.56%だった。今はインフレ率が2%程度なので、2025年のほうが昨年より実質的に高い賃上げになるとみている。

■図表4 2026年春闘に向けてベースアップは3%超えへ
2026年春闘に向けてベースアップは3%超え
出所:連合(日本労働組合総連合会)『春季生活闘争回答集計』より野村作成
注1: ベースアップは1996~98年は経団連、1999~2014年は中央労働委員会、2015年以降は連合による調査
注2:2025、26年は野村予想
※クリックすると拡大します