現在の著しいドル高円安は持続可能か?
- トランプ関税が米国経済に与える影響に関する3つのケース
- 現在の著しいドル高円安の解釈に関する3つのキャンプ
トランプ関税が米国経済に与える影響に関する3つのケース
1月20日には、「関税の男」と自らを称するトランプ氏が第47代米国大統領に就任する。同氏の関税引き上げは交渉のBargaining Chip(切り札)との前提で、その経済効果を考えてみる。
関税を引き上げを被ったA国からの輸入が、何らかの譲歩によって関税引き上げを免れたB国にシフトしたとしよう。この場合、内需、輸出、輸入が不変なので、名目GDPは変化しない。効率的な資源配分が崩れ、米国民は割高な輸入品の購入を余儀なくされるため、GDPデフレーターが上昇し、実質GDPは減少する。この結果、インフレによる名目ドル相場の上昇が期待される。
次に、関税引き上げを切り札とする交渉は失敗に終わり、輸入が国内生産にシフトしたとする。この場合、内需と輸出が不変なので、輸入の減少分だけ名目GDPが増加する。効率的な資源配分が崩れ、米国民は割高な国産品の購入を余儀なくされるため、GDPデフレーターが上昇、実質GDPは名目ほど増加しない。この場合も、インフレによる名目ドル相場の上昇が期待される。
いずれのケースも、関税引き上げから米国の国益にかなうほどの成果は得られない。そこで、関税引き上げを避けるために、ある国ないしその国の企業が、対米直接投資を増やし生産拠点を米国にシフトしたとする。
この場合、設備投資によって内需が増加し、輸入の減少は設備投資による輸入増によってオフセットされよう。また生産拠点の国内移転による輸出の増加も期待される。この結果、GDPは名目、実質ともに大きく増加しよう。ただ、効率的な資源配分の崩壊や経済の活性化によるインフレ、資本流入を通じた名目ドル相場の上昇が期待される。この第3のケースは、米国の国益に叶うものであり、現実にそのようなことが起こりつつもある。
現在の著しいドル高円安の解釈に関する3つのキャンプ
注目すべきは、いずれのケースもドルの上昇が期待されることである。そこで、図表は、1949年3月を100として、名目ならびに実質ドル円相場をみたもである。現在の実質ドル円相場は80~90と、ブレトンウッズ体制において1ドル=360円の固定相場が導入された直後の水準となっている。
この著しいドル高円安に関して、金融市場では大別すると3つのキャンプ(集団)が存在する。
第1のキャンプは、市場オリエンテッドな現状追認派である。すなわち、現在のドル高円安は、米国経済の良好なパフォーマンスや、日本の低成長・低インフレ、国際競争力低下、あるいは、近い将来における債権取り崩し国へのシフト、極東における地政学的リスクの増大等を反映したもであり、正当化できると考えられる。また、トランプ関税はドル高円安を助長するとみられる。このキャンプには1ドル=200円を超える円安もあり得るとする市場参加者も存在する。
第2のキャンプは、経済原理主義者たちである。日米経済にとって、このようなドル高円安は持続不可能であり、米国の債務危機や資産バブル崩壊、日本のハイパーインフレと金融引き締め等によって、名目・実質ドル円相場の急激かつ大幅な下方修正が起きると考えられる。
米国の株価は過大評価されており、レーガン政権下と同様、トランプ政権下でも財政赤字と政府債務削減努力は成就しない。G7中GDP比最大の政府債務をファイナンスする日銀の実験的な試みは、早晩1970年代のような制御不能な賃金と物価の上昇スパイラルを引き起こす公算大である。このキャンプには、1ドル=100円を超える円高を展望する論者も存在する。
第3のキャンプは、制度改革論者である。世界経済は、再び「グレート・インフレーション」の時代に突入し、量的緩和によってバランスシート肥大が放置されたままのFed(米連邦準備制度)を始めとする主要中銀の金融政策制度には抜本的な改革が必要である。また、「世界の分断」によって国際金融制度の老朽化が浮き彫りとなり、すでにBRICSはR5構想と呼ばれる新たな国際通貨制度の枠組みを打ち出している。これに対して、トランプ氏は当然強い反対の意思表明している。
さらに、一部の論者によって国内・国際両制度における金本位制への回帰論が提唱されている。この結果、ベッセント新財務長官は、新たな金融政策制度と国際金融制度の構築に乗り出すとの期待が強い。このキャンプには、現在のドルの実質水準は、コナリー、ベーカー両財務長官(当時)がニクソンショックやプラザ合意に動いたときをはるかに上回っており、ベッセント新財務長官のメニューにはドル高是正が含まれるとみる論者が存在する。
向こう4年間、市場参加者は、極めて複雑な連立方程式の解を求められよう。