林匡史

林 匡史
三菱UFJ信託銀行株式会社
年金運用部 業務推進グループ シニアポートフォリオマネージャー


2003年、三菱信託銀行(現 三菱UFJ信託銀行)入社。外国株式パッシブファンドマネージャー、銀行勘定市場リスク管理、インベスターサービス(資産管理)事業企画、アセットマネジメント(資産運用)事業企画、年金運用ポートフォリオに関するコンサルティング業務等を歴任。2023年10月より現職。
京都大学大学院情報学研究科 博士後期課程修了 博士(情報学)
専門分野:確率解析、数理ファイナンス
所属学会:日本応用数理学会

Ⅰ. イントロダクション

地球環境を脅かす数々の問題の中で、とりわけ重要視されているものとして「五大環境問題」がある。具体的には、気候変動(地球温暖化)、海洋汚染(※1)、水質汚染(※2)、大気汚染、森林破壊、の5つであるとされており、いずれも常にメディアを通じて見聞きされる深刻な問題である。本稿ではこれらの問題のうち、弊社における重大なESG課題(※3)のうちの1つである気候変動(地球温暖化)問題にフォーカスを当てるが、まずはこの問題を取り上げる動機について説明したい。

※1 人間の手によって海に廃棄された石油、ごみ、生活排水などの物質が海域を汚染し、結果、海洋生物たちの生態系のバランスを脅かす現象。近年よく聞かれる「マイクロプラスチック問題」は、このカテゴリーに属する
※2 海以外の河川、湖、池、地下水脈などに生活排水やごみなどが流出し、有害な影響を及ぼす現象
※3 気候変動、健康と安全、人権・ダイバーシティ、ガバナンス体制、情報開示(2022年 弊社責任投資報告書による)

気候変動が地球環境に及ぼす影響は甚大といわれ始めて久しい。年々その懸念は高まっており、カーボンニュートラルに向けた取組みが急速に進んでいる。そしてそれは筆者が身を置く金融の世界においても同様であり、その最たる例としてGFANZ(※4)と呼ばれる連合体の発足を挙げることができる。

概要を次頁図表1に示すが、そこでは金融機関としてネットゼロを達成するにあたり、投融資先の温室効果ガス(GHG:Green House Gas)把握の必要性が示されている。資産運用業務に関していえば、それは主に株式や債券などの資産クラスに投資することを意味するわけであるから、投資する側・投資される側双方でGHG排出量の把握が重要となる。更にこれは、投資資金の出し手であるアセットオーナー(ひいては母体企業)においても、ESGの枠組みにおける気候変動カテゴリーでの重要な事項と考えられる。

※4 Glasgow Financial Alliance for Net Zero : 2050年までにネットゼロを達成すべく、2021年11月イギリスのグラスゴーで開催されたCOP26において正式に発足した、銀行、保険、アセットオーナー、運用機関等の連合体。GFANZは7つのイ ニシアティブで構成されており、弊社は、そのなかの一つであるNZAM(Net Zero Asset Managers Initiative)に加盟

図表1:GFANZの概要
GFANZの概要
出所:グリーンファイナンスポータルにおける開示情報から一部抜粋、一部三菱UFJ信託銀行加工・作成 https://greenfinanceportal.env.go.jp/pdf/news_report_221005.pdf

次に、図表2を見ることにしよう。これは、IPCC(※5)第6次報告書(2021年~2022年)において示された累積CO₂排出量(1850年以降~2019年(IPCC報告時)、2019年以降は以下の5つのコアシナリオ)と気温上昇との関係を表すグラフである。

※5 Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル):世界気象機関(WMO)及び国連環境計画 (UNEP)により1988年に設立された政府間組織

図表2:累積CO₂排出量と気温上昇との関係とコアシナリオ
累積CO₂排出量と気温上昇との関係とコアシナリオ
出所:全国地球温暖化防止活動推進センターにおける開示情報(すぐ使える画像集1-09)より一部抜粋
5つのコアシナリオ
出所;全国地球温暖化防止活動推進センターにおける開示情報(すぐ使える画像集2-14)より抜粋
<図表2(縦軸、横軸、折れ線、直線)の見方>
縦軸:1850年を起点(ゼロ)とした気温上昇(単位:℃)
横軸:1850年を起点(ゼロ)としたCO₂の累積排出量(単位:Gt(※6)CO₂)
折線:1850年からの実績値挙動(~2019年)
2019 年以降はIPCC想定の各シナリオに基づく予測値を近似(~2050年)

図表2によると、1850年~2019年の約170年間で約1.2℃気温上昇していることと、その間のCO₂累積排出量に正の相関関係があると推察される。この点と、パリ協定(※7)の2℃目標、及び努力目標である1.5℃を勘案すると、これ以上に許容されるCO₂を含むGHG排出量の残枠(※8)は決して大きいものではないと読み取ることができる。したがって、この先いかにしてGHG排出量(気温上昇)を抑制していくかが重要なカギ、ということが視覚的に理解していただけるのではないだろうか。以上が、筆者が気候変動にフォーカスした背景・理由である。

※6 Gt:ギガトン、1Gt=10億t
※7 GHGによってもたらされる気候変動(地球温暖化)への影響を抑制すべく、世界の平均気温上昇を産業革命(18世紀後半~19世紀前半)以降と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以内に抑える努力をする、という世界共通の長期目標。2015年、フランスのパリで開催されたCPO21(国連気候変動枠組条約締約国会議)において採択。GHG削減のために京都議定書(GHG削減を目指す国の対象は先進国(アメリカ除く))が採択されはしたが、以降開催されたCOPにおいて国際的な採択はされなかった。この点を踏まえると、パリ協定は京都議定書の拡張といえる
※8 残余カーボンバジェット(炭素予算)と呼ばれている

さて、タイトルにあるように、本稿では「気温上昇インパクト」について考える。まず、GHG排出量把握の重要性は既に述べた。ただ実際は、GHG排出量数値そのものに関しては読者の方々も実感が湧きにくいのではないだろうか。例えば、GHG排出量10億トン/年から8億トン/年に減少した場合を考えてみよう。2億トン/年減少したこと自体は好ましい事実として受け止めることができるものの、それ以上の感覚を持つことは難しいと思われる。

これは、GHG排出量の減少を我々が体感できないためである。このことから、気候変動への影響を測るにあたっては、GHG排出量との連関のある、人々がより実感しやすい指標を採用して表現することが望ましいと考えられる。もし、その理想的な指標とGHG排出量を併用して定量評価することができれば、減少の効果がより理解し易くなるのではないだろうか。

本稿ではこの点に着目し、GHG排出量の大きさを、ある係数(詳細後述)を使って気温上昇度(以降、気温上昇インパクト)に変換することを考える。気温という指標ならば、世間一般の人々にとっても日常生活と密接に関係しており、とても馴染みやすいはずである。

また、足許、世界の国・企業においてGHG排出量(※9)を開示する必要性が高まってきており、参照可能なGHG排出量データの総量が増加してきている。したがって、GHG排出量と変換係数を用いて国・企業の気温上昇インパクトを計算するにあたり、その元となる GHG排出量数値の可用性が徐々に向上してきている(※10)と言うことができる。このことを考えると、GHG排出量と変換係数とを用いることによる気温上昇インパクトの計測は、現在の潮流に即した現実的な手法と考えられる。

※9 基本的に「ある国の企業のGHG排出量<その国のGHG排出量」という大小関係
※10 データの不十分さ(開示の遅れ)やデータ精度の観点で実用性ではまだまだ課題はある。従って、本稿では現時点で利用可能なデータに基づき、ポートフォリオの気温上昇インパクト計測に関する考え方について論じている

さらに、資産運用は株式や債券に投資することを念頭に置くと、ポートフォリオの気温上昇インパクトを計測するには次の2ステップを踏むことになる。即ち、「①個別企業の GHG排出量から気温上昇インパクトを計測」し、「②それをポートフォリオレベルで合算」 するということである。そして、この手順で計測したポートフォリオの気温上昇インパクトが、前回計測時と比較して上昇したのか・低下したのかを確認することにより、気候変動リスクの観点でのポートフォリオ特性把握が可能となる。これは、気候変動の枠組みにおける、定量開示の一手法と位置付けることが可能ということであり、その具体的な手法の提案を試みることが本稿の主目的である。

本章では、テーマ設定の動機・目的を述べてきた。以降、Ⅱ章では、GHG排出量から気温上昇インパクトへどのように変換するかについて説明する。Ⅲ章では、株式、債券(本稿では国債に着目)に関しての気温上昇インパクトを踏まえ、株式・債券ポートフォリオの気 温上昇インパクトの定義を与える。Ⅳ章では、分析ポートフォリオを設定のうえ気温上昇インパクトを計測し、定量評価手法の一例を紹介する。Ⅴ章にて、本稿の総括を行う構成となっている。

Ⅱ. 気温上昇インパクトをどのように捉えるか?

本章では、どのようにしてGHG排出量を気温上昇インパクトに変換するのかについて考察したい。ここで非常に参考になるのが3ページでも示した図表2である。

図表2:累積CO₂排出量と気温上昇との関係(再掲)
累積CO₂排出量と気温上昇との関係とコアシナリオ
出所:全国地球温暖化防止活動推進センターにおける開示情報(すぐ使える画像集1-09)より一部抜粋

冒頭でも述べだが、このグラフからは累積CO₂排出量と気温上昇との間でほぼ比例関係が成立していると推察される。この比例関係については、2009年ごろに関連論文がいくつか出されたことでよく知られるようになった背景がある。そしてこの比例定数をTCRE(Transient Climate Response to Cumulative Carbon Emissions)といい、日本語では「累積炭素排出量に対する過渡的気候応答」と呼ばれ、気候変動に関する議論において重要な量として認識されている。TCREに関して特徴的なこととして、

①シナリオに依存せず概ね一定
②累積排出量に依存せず概ね一定

の2点が挙げられる。①については、図表2の各シナリオで示されている近似線の傾き(比例定数)に大きな差が無いことから読み取ることができる。また、②については、累積排出量が多くなったとしても近似線は概ね直線を維持しており、気温上昇の速度(排出量増加量当たりの気温上昇)は概ね一定になることを示している。

なお、TCREが「概ね一定」と記述している理由は、CO₂排出量の増加が気温上昇につながる過程を段階分けすると理解し易い。累積排出量が多くなった際に、(1)CO₂排出量の増加分に対して陸地・海洋がCO₂を吸収する割合が減少するため、大気中のCO₂濃度の上 昇度が高くなる。

一方で、(2)大気中のCO₂濃度が高くなると地球の気温は上昇するものの、その結果宇宙へ放出されるエネルギー量も増加するため、CO₂濃度変化に対する気温上昇の程度が緩やかになる。この2つの均衡(1)(2)が各シナリオに折り込まれ想定されているためと考えられる。

さて実際、このTCRE値をどのように推測すればよいだろうか。ここで改めて図表2に立ち戻ってみよう。グラフをよく見てみると、原点を通り、

の点を通る直線を引くことができそう、というイメージを持つことができるであろう。

実際にその直線を引いたと仮定すると、この直線の傾き(即ちTCRE)は

と計算することができる。つまり図表2の目視から概算できるTCREは0.000548ということである。

なお、TCREの値については現状確定値が存在しているわけではく、実際は様々な既往研究に基づき推定されている。IPCC第5次報告書(2013年~2014年)では、3,670GtCO₂当たり0.8~2.5℃の気温上昇、即ちTCREレンジを0.000218~0.000681と報告、IPCC第6報告書では、3,670GtCO₂当たり1.0~2.3℃の上昇、即ちTCREレンジを 0.000272~0.000627と報告されている。

仮にA式において3,670 GtCO₂を用いた場合は、

と計算できる。

この後の試算では、TCRE=0.000545(A’式)を採用する(上式の2℃は、IPCC報告書で示されたレンジの範囲内)。これを用いればCO₂排出量から気温上昇インパクトへの変換が可能となる。

Ⅲ. 株式・債券ポートフォリオにおける気温上昇インパクトの定義

さて、本稿のメインテーマに入ろう。前章の最後でTCREの値を0.000545と設定したことを踏まえると、気温上昇インパクトは

と書くことができる。

続いてB式の考え方を用いると、株式、国債(※11)の気温上昇インパクトを図表3のとおり定義することができる。更に株式ポートフォリオ、国債ポートフォリオにおける気温上昇インパクトを定義するが、まず株式ポートフォリオについては図表4のとおりとなる。

※11 社債に関しては定義が困難(Ⅴ章の総括で言及)なため、本稿では国債を対象としている。

図表3:株式、国債の気温上昇インパクトの定義
株式、国債の気温上昇インパクトの定義
出所:三菱UFJ信託銀行作成
図表4:株式ポートフォリオの気温上昇インパクトの定義
株式ポートフォリオの気温上昇インパクトの定義
出所:三菱UFJ信託銀行作成

個別株式を保有するということはその企業のガス排出に関与する、と考えることができ、その企業全体の時価総額のうち、ポートフォリオ内保有時価分が関与相当分になる、という考え方である。国債ポートフォリオの気温上昇インパクトについても、同様の考え方に基づけば、図表5のように定義できる。

図表5:国債ポートフォリオの気温上昇インパクトの定義
国債ポートフォリオの気温上昇インパクトの定義
出所: 三菱UFJ信託銀行作成

さてここで、2つの留意点について記載しておきたい。1つ目は、GHGの対象範囲である。京都議定書にて、削減対象となっているGHGは、二酸化炭素(CO₂)、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄(SF₆)。2013年の第二約束期間から、三フッ化窒素(NF₃)も加わり計7種が対象となっている。Ⅰ章では総称としてGHGを用いている一方で、IPCCで報告 されたグラフ(図表2)においてはCO₂のみを対象としている違いがある。

この点については、GHG総排出量に含まれるCO₂の総排出量は概ね80%程度(※12)といわれており、GHGの太宗を占めることから、本稿ではTCREをGHG排出量に対する係数とみなす。

※12 SDGs CONNECT 「温室効果ガスの種類と排出量の割合ランキング」

2つ目は、排出量として実績値を用いるか予想値を用いるかという点である。予想値を用いる場合は、将来発生する可能性のある気温上昇インパクトはどの程度かを推定することになるが、この場合は各国、各企業の予想排出量のデータが必要になる。仮にこれらデータを用いるにしても、予想排出量の推計精度をどのように考えるかの問題がある。

一方、実績値を用いる場合は、当然ながら「実際に排出されたGHGに伴って発生した気温上昇インパクト」を計測することになる。これを定期的に確認することで、気温上昇への寄与度を「実際に」増加させている・減少させていることとして把握できる。本稿では、実績としてどの程度寄与度が変化したかについて着目するため、予想値ではなく実績値(※13)を採用する。ここで、各国CO₂、GHG排出量のイメージを持っていただくために、参考として世界のエネルギー起源CO₂排出量(図表6)、主な国別エネルギー起源GHG排出量(図表7)を示しておこう。

※13 予想値を用いる場合、気温上昇インパクトのことを「予想気温上昇(ITR:Implied Temperature Rise)」と呼び、このITRに纏わる研究も数多く行われている。国内であれば、GPIF(Government Pension Investment Fund:年金積立金管理運用独立行政法人)でも研究が行われている

図表6:世界のエネルギー起源CO₂排出量(2020)
世界のエネルギー起源CO₂排出量(2020)
出所:国際エネルギー機関(IEA)「Greenhouse Gas Emissions from Energy」2022 EDITIONを元に、環境省が作成した開示情報より抜粋 https://www.env.go.jp/content/000098246.pdf
図表7:主な国別エネルギー起源GHG排出量の推移
主な国別エネルギー起源GHG排出量の推移
出所:国際エネルギー機関(IEA)「Greenhouse Gas Emissions from Energy」2022 EDITIONを元に、環境省が作成した開示情報より一部抜粋 https://www.env.go.jp/content/000098246.pdf

CO₂排出量、GHG 排出量の上位をみてみると、順位に大きな差はみられない。また、図表7の1990年から2020年の変化をみてみると、先進国が排出量を抑制している一方で、新興国といわれている国々では排出量が増加していることが確認できる。これはメディア等でも伝えられているとおりであるから、読者の方々もイメージし易いであろう。

※上記図表の単位でトンCO₂換算とあるが、これはGHGの各要素(ガス)を、CO₂をベースとしてみるため所定換算係数に基づいてCO₂換算されていることを表す。 (環境省HP:https://ghg-santeikohyo.env.go.jp/files/calc/itiran_2023_rev2.pdf)

Ⅳ. 分析ポートフォリオにおける気温上昇インパクトの計測

TCRE値の設定ができたため、本章では分析ポートフォリオを設定し、気温上昇インパクトの計測を試みよう。分析ポートフォリオを設定するにあたっては、以下の前提をおく。

(前提)
・個別株式の年間GHG排出量については、ISS(Institutional Shareholder Services)のデータを参照し、各国国債のインパクト計測に用いる国・地域の年間GHG排出量については、OECDの開示データ(1年間)を参照。
・個別株式GHG排出量が、モデル推定値(実開示データではない。Ⅱ章で述べたとおり本稿では実績値に着目)となっている銘柄は除外 (即ち、ウエイトはゼロ)
・日本(TOPIX)銘柄はGHG排出量がモデル推定値となっている銘柄が多数(構成銘柄数の60%強)存在するため日本は対象外とする
・国債のインパクト推定は日本も対象とする
・TCRE=0.000545℃/GtCO₂(再掲)
・気温上昇インパクトは前Ⅲ章(図表3,4,5)で定義した式で計測
・GHG排出量には3つのカテゴリー(※14) (スコープ1、2、3)があるが、本分析における個別企業のGHG排出量については、スコープ1、2を対象

※14 スコープ1:自社が直接排出するGHG、スコープ2:自社が間接排出するGHG、スコープ3:スコープ1,2以外の間接排出GHG
⇒スコープ3については、詳細な算定や削減対策をうつことは、自社ほど容易ではないといわれている

(分析ポートフォリオ)

<株式(先進国)>

・計測対象は、アジアパシフィック、欧州、北米の22ヵ国で構成(※15)される等加重ポートフォリオ(各銘柄同じウエイト)

※15 アジアパシフィック:オーストラリア、香港、ニュージーランド、シンガポール(4ヵ国)
欧州:オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス(16ヵ国)
北米:カナダ、アメリカ(2ヵ国)

<国債(先進国)>

・計測対象は、アジアパシフィック(含む日本)、欧州、北米の23ヵ国で構成される等加重ポートフォリオ(各国同じウエイト)

(補足)

・本稿でまずは全体の規模感を掴むため、株式は各銘柄等ウエイト、国債は各国等ウエイトとしている。
・図表6、7における排出量1位の中国だが、ISSデータ上、個別企業GHG排出量の大部分(銘柄数の70%)がモデル推定値であること、OECDデータ上、GHG排出量が2015年以降開示されていないことから、気温上昇インパクトは算出していない。

(気温上昇インパクト計測結果)

株式、国債ポートフォリオの気温上昇インパクトの計測結果を、GHG排出量とともに図 表8に示し、また、株式、債券の地域(アジアパシフィック(アジアP、と略記)、欧州、北米)ごとの年間気温上昇インパクトを、棒グラフにして図表9に示した。

図表8:年間気温上昇インパクト計測結果(株式、債券)

年間気温上昇インパクト計測結果(株式、債券)
出所: ISSデータより三菱UFJ信託銀行作成

年間気温上昇インパクト計測結果(株式、債券)
出所:OECDデータより三菱UFJ信託銀行作成

図表9:年間気温上昇インパクト計測結果(株式、債券) 棒グラフ(地域別)

年間気温上昇インパクト計測結果(株式、債券)  棒グラフ(地域別)
ISSデータより三菱UFJ信託銀行作成

年間気温上昇インパクト計測結果(株式、債券)  棒グラフ(地域別)
OECDデータより三菱UFJ信託銀行作成

<考察>

・中国や日本の株式を除いた比較ではあるが、GHG 排出量・気温上昇インパクトとも、アジアP<欧州<北米 の順となっており、図表6、7における数値イメージどおり(先進国の中では、米国、欧州の影響度が高い)
・一般に株式GHG排出量合計<国債(国)GHG排出量となるが、実際にその関係性を確認
・Ⅰ章でも言及したとおり、1850年~2019年までで約1.2℃の気温上昇が確認できる。国債(先進国)の合計が 0.00648℃/年であること、1.2℃÷170 年≒0.007℃/年と計算できること、また、1800年代~1900年代は先進国の排出量の影響が大きいことを勘案すると、数 値オーダーとしてある程度整合的と考えられる
・パリ協定の2℃目標、1.5℃努力目標に基づくと、既に約1.2℃上昇していることから、上記計測結果の合計値は、残余カーボンバジェットを勘案すると、決して小さい値ではないことも確認できる

※なお、例えば、マーケットポートフォリオの(時価構成比どおり)10%保有を考える場合は、上記定義式より、気温変動インパクトは10%を乗じる(即ち0.1倍する)ことになる

以上のことが計測結果から確認・推察できる。これを実際の運営に導入しようとする場合、 イントロダクションで記載した内容の再掲になるが、そのポイントを改めて示しておく。

① GHG 排出量・気温上昇インパクトの当該年度と前年度との差分も計算し、その増加度合い・減少度合いをもって、気候変動リスクの状況を認識・把握する
② ①で計測した気温上昇インパクト(とその変動)をGHG排出量と共に定量開示する
③ 確認頻度は年次が現実的(基本的にGHG排出量情報は年度で更新される)
④ 株式・国債の両ポートフォリオを保有している場合、同一国においては重複部分を減算 ⇒ある国(国債)のGHG排出量から、その国の株式GHG排出量合計を減じる

Ⅴ. 総括

GHG排出量、ITR(予想気温上昇:Implied Temperature Rise)など(※16)、気候変動リスク定量指標として採用可能な指標が数々ある。本稿で定義・提案した気温上昇インパクトは、概念としても判り易く、計算が煩雑というわけでもないため、比較的導入し易いのではないだろうか(排出量データの購入費用は必要になるが)。

※16 拙著(『気候変動リスクの計測と管理』三菱UFJ年金情報)』)では、ポートフォリオにおける気候変動リスク把握に資する可能性のある指標として、気候バリュー・アット・リスク(Climate Value at Risk:CVaR)という指標について考察。なお、金融、運用の世界では、CVaRとは一般的にはConditional Value at Risk(条件付バリュー・アット・リスク)を指す ので、混同の無いよう留意が必要。

今後も続くESG活動の中で、気候変動にかかる定量開示がより進むことが想定される。これを踏まえれば、日本をはじめ世界各国においても、時間の経過とともにより多くの企業でGHG排出量をはじめとした各種数値の開示が進むと考えられる。筆者としては、日本・世界各国の気候変動関連データの可用性が今後更に向上していくことを期待している。

また、周知のとおり気候変動に纏わる研究は数多くあり、今後検討されるべき様々な課題もある。研究面に着目すると、例えば本稿でも触れたTCREという1つの概念だけを採り上げてみても、数々の研究が行われながらも統一的な見解数値が定まっておらず、今後の継続的な研究による精緻化が期待されるであろうし、そして他の研究領域でも同様に精緻化が期待されるであろう。

続いて、課題面についてもみておこう。本稿では債券として国債を取り扱ったが、社債はどのように取扱えばよいか、ということも考えられるだろう。また、オルタナィブ投資に関していえば、非上場企業・不動産・インフラ等はどのように取扱うか、といった課題等も挙げられる。これら含め、筆者が現時点で考え得る課題につき、箇条書きで以下に列挙しておきたい。

<社債>

・企業は株主のもの、という認識のもと、GHG排出量の株式・社債によって分類することが適切か(社債に紐づくGHG排出量というのを考える必要があるのか)

<オルタナティブ関連>

・投資対象のGHG排出量が把握可能か
・仮にGHG排出量が把握可能な場合でも、スコープ1~3のデータ精度が不十分な可能性はないか
・気温上昇インパクト定義式の分母となる、企業価値をどのように評価するか

<その他課題>

・新興国におけるデータカバレッジの拡大・データ精度向上
・日本におけるデータカバレッジの拡大・データ精度向上
・GHG排出量におけるスコープ3の精緻化

このように細部・多岐にわたるテーマにおいて、検討・検証が継続して行われている事実や乗り越えるべきハードルの高さを考えれば、気候変動領域として今後も発展の余地がある、といえるだろう。そしてその発展には非常に長い時間を要する点も認識しておく必要がある。気候変動というものはそもそも超長期(数十年以上)タームで、かつ、地球規模でその変化を捉えなければならず、大局的な観点で対応策を講じることが求められ、したがって、短期間で対応が完了したり結論が出たりというような問題ではないからだ。

気候変動対応は超長期戦。この戦いに、我々は世代を超えて挑んでいく必要がある。

(2024 年1月25日 記)

【参考文献】
・『気候変動リスクへの実務対応 – 不確実性をインテグレートする経営改革』
有限責任監査法人トーマツ 後藤茂之[2020]
・『IPCC Sixth Assessment Report Working Group1』IPCC[2021]
・『IPCC第6次評価報告書(第1作業部会)の公表 – JAMSTEC研究者たちの貢献とメッ セージ』国立研究開発法人 海洋研究開発機構[2021]
・『GFANZによるネットゼロのトランジションファイナンスに関する提言案等の公表』
環境省 グリーンファイナンスポータル[2022]
・『気候変動リスクの計測と管理(三菱UFJ年金情報2022年10月号)』三菱UFJ信託銀行 林 匡史[2022]
・『2023年度 ESG活動報告』年金積立金管理運用独立行政法人[2023]
・『CO₂累積排出量と気温上昇量の関係』全国地球温暖化防止活動推進センター
・『OECD Data Air and GHG emissions』OECD
・『世界の年平均気温偏差の経年変化(1891年~2022年)』気象庁

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