国際協力銀行 渡辺博史氏 特別インタビュー “攻め”の円高対策の一翼を担いM&Aや資源の権益確保をサポート
日本政策金融公庫の国際部門である国際協力銀行(JBIC)は、政府の円高対策の一翼を担うなど、政策金融機関として大きな存在感を示している。2012年4月には同公庫から分離・独立し、新たな第一歩を踏み出す予定だ。国際協力銀行 経営責任者の渡辺博史氏に、同行が力を入れている日本企業のバックアップ戦略や、そのカギを握る為替の状況などを聞いた。
(聞き手:柴田哲也/取材日:2011年9月13日)
「円高対策」の3つの意味
円高定着による日本企業の国際競争力低下を危惧する声が高まっています。政府も2011年8月末、JBICの出融資機能を活用した円高対応緊急パッケージを発表しました。
渡辺 私は「円高対策」という言葉には3つの意味があると考えます。1つ目が円高局面を反転させ円安にするための政策。2つ目は急激な円高で受けた被害を軽減する各種施策です。
そして3つ目が円高環境を活かすプラン。今回のパッケージでJBICに期待されている役割はこの意味合いであり、“攻め”の円高対策といえます。
過去の為替介入で蓄積した1000億ドルを活用して、日本企業のクロスボーダーM&Aや資源の権益確保を後押しする。海外資産の購入価格を円ベースで見れば、2009年より2割、2010年からでも1割安く、採算基準が下がっています。借り手のメリットも大きい。国の外国為替資金特別会計(外為特会)からLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)フラットで私たちが借り、あまりサヤを載せずに回すことで、企業は自ら市場で取りにいくより少し安いコストで資金調達ができます。
パッケージの進ちょく状況と今後のスケジュールは?
渡辺 円高対応緊急パッケージの一環として、外為特会から私たちが借り、それを民間銀行に貸し、その民間銀行が自分の顧客に融資してM&Aを推進するという流れも考えています。この「ツーステップローン」について早期に実現できればと見ています。
(注)JBICは2011年9月22日、「円高対応緊急ファシリティ」の実施要領を発表した。
「発電」「水」「都市内交通」が有望
日本企業の海外進出では、インフラや環境、資源の権益確保などの分野が注目を集めています。JBICも2011年4月、「JBICインフラ・投資促進フシリティ(E-FACE)」を創設して、これらの戦略的プロジェクト支援に力を入れています。
渡辺 私たちがバックアップに力を入れているさまざまな分野のうち、インフラや環境などは「売り」に行く話、反対に資源の権益確保は日本企業が「買い」に行く話と整理できます。
前者については、もともとは日本国内でつくった機械や設備を海外に輸出する際に貸し付ける輸出金融がメインでしたが、最近は日本企業が現地でインフラをつくり、マネジメントし、メンテナンスするスキーム全体にお金を流すという仕組みに変わりつつあります。
典型的なプロジェクトが発電、近頃は水の供給も注目されています。そのうち下水処理も出てくるでしょう。あとは地下鉄などの都市内交通。地下鉄などは乗車率が比較的高く、一定の収益見込みが立ちやすいのでJBICの融資の対象になりやすいといえます。
2011年4月に成立した株式会社国際協力銀行法によってJBICは支援体制を強化。それまでは途上国向けに限られていた電力関連インフラなどの輸出金融が先進国向けにも広がりました。
渡辺 OECD(経済協力開発機構)の推計では、世界のインフラ整備にかかる資金需要は今後10年間で20兆ドルと膨大な資金が必要と見込まれています。これとは別にADB(アジア開発銀行)は、アジア地域では同じ10年間で8兆ドルの需要があると発表しています。
世界全体の20兆ドルからアジアの8兆ドルを差し引くと12兆ドル。そのうちの5兆ドルくらいはアジア以外の途上国や新興国といえるでしょう。では、12兆ドルから5兆ドルを差し引いた残りの7兆ドルはどこか。これが、実は先進国のインフラ需要なのです。
私たちはインフラと聞くと新しく造ることを考えますが、高速道路も時が経てばくたびれるし、鉄道のレールもいずれ替えなければなりません。先進国にはこのようなメンテナンスを中心としたインフラ需要が今後10年間で7兆ドル(約530兆円)もあると見込まれています。とくに日本のインフラ設備は概して品質は良いが価格が高い。高価でも環境性能に優れている設備が受け入れられるのは、途上国よりも先進国といえるでしょう。
どの国がターゲットですか?
渡辺 欧州、とくに大陸欧州は日本のインフラ企業の競合相手がたくさん存在します。そういう意味では、カナダ、米国、豪州、ニュージーランドあたりへの積極展開を念頭に置いています。
一方、日本企業が海外に買いに行く資源の権益確保はいかがでしょうか。
渡辺 天然資源が乏しい日本が工業生産・加工貿易国家として生きていく以上は、鉄鉱石などの原料を海外から買い続けなければなりません。とくにエネルギー分野においては原子力発電問題が生じた今、伝統的な石油、石炭、LNG(液化天然ガス)の購入の重要性が高まっています。
かつてならば長期契約を結べば安定的に入ってきていたのですが、今の資源取引はやや“物々交換”の世界に入っています。物々交換とは、市場に物を持って行ってその場で別の物と交換するという意味ではなく、自分が欲しい物を持っている人に売る、言い換えると「国や企業が札束を持ってきてもそれだけでは売らない」という意識が強くなっています。
「お金」に対する信頼が下がっているということですか?
渡辺 というよりも、お金で買えなくなる将来的な需給関係のひっ迫感をみんなが意識していることだと思います。以前は100万ドルの価値のものに110万ドル付けてくれた人に売っていたのに、今は「レアアースを持っている人にしか自分の小麦は売らない」となっています。
お金持ちに売っても、その人がずっと買い続けてくれるかどうかわからない。それよりは、お金の代わりの供給手段を持った人と契約したほうが長期でみれば安定・有利になるということをいろいろな国・地域の人が思い始めています。それぞれが持っている権益や資源の交換みたいな世界に入りつつある。それを私は“物々交換”と言っているのです。
日本は残念ながら国内に天然資源がない。そこで海外の資源の所有権を持つことが必要になってきます。例えばチリで銅鉱山の所有権を持てば、それを何か他のものに取り替える交渉に使えるわけです。企業支援におけるJBICの役割は、今までは「お金」を介した長期安定契約のセキュリティでしたが、今は取引に使えそうな資源を日本のメーカーなり、商社なりが持てるようにするためのファイナンスに変わってきています。
日本政府の「円高対応緊急パッケージ」の1000億ドルのファシリティにおいても、関係者の間ではこのような資源の確保を目的とした案件にある程度ウエートを置きましょうと言われています。