分散投資理論は、理論が確立し、もっとも発展している、ポートフォリオ最適化の理論に基づく。現代の科学的な投資理論は分散投資理論から始まったと言って良い。しかし、それをESG投資に応用する事例に関しては、詳細が公表されないこともあって、現在までのところ存在していないように思われる。そこで、本連載ではESG分散投資の理論を比較的詳しく展開していくことにしたい。今回は、効率的フロンティアがシフトする可能性とその影響である。

突然の状況の変化

2022年はロシアのウクライナ侵攻を発端に、世界がエネルギー危機に直面した。石油や天然ガスなどの価格が急騰し、多くの企業を苦境に陥れた。日本では、同時に円安が進み輸入価格が高騰する二重苦が進行した。

結果的に、脱炭素シフトが遅れていた企業ほど被害は少なく、場合によっては大きな恩恵を受けた企業もあった。

脱炭素化とエネルギー安全保障の両立が改めて重視されるようになった点も注目される。その中で双方を同時に解決するための「移行」とそれに向けたファイナンスが改めて脚光を浴びている。

一般に、悪いイベントが起これば供給が不安定になり、価格が高騰と低落を繰り返す。ESG事業も非ESG事業もリターンは低下するとともに、リスクは大きくなる。ところが、両事業のリターンの相関係数値は、その定義から明らかなように、いわゆる無名数であり、ほとんど影響を受けない。

効率的フロンティアが望まない方向へシフト

脱炭素化が停滞し持続可能性が低まれば、長期的視点から見て同じリスク水準の場合、リターンは下落する。同じリターン水準であればリスクは上昇する。

気候変動による異常気象によって(局地的な洪水も増えるが)干ばつが増えて、食糧生産が減り、水力発電所の稼働が下がり、食糧と電力の危機を招く恐れがある。

石炭火力の発電が増えれば、温暖化ガスの排出量が増え、さらに気候変動が進み、水力発電が一層落ち込むといった負のスパイラルに陥る可能性もある。気候変動とエネルギー不足という2つの危機は相互に連鎖している。

図表は、炭素化=ESGの逆転が進むと、効率的フロンティアは退化する現象を表している。効率的フロンティアの退化は、ESGの効果を台無しにする由々しき事柄である。

【図表】効率的フロンティアの退化
効率的フロンティアの退化
(注)筆者の作成したイメージ図

なお、ESG事業を始めたばかりの企業については、連載の前回添付の図表上A点を起点に効率的フロンティアを左回り(反時計回り)させたようなシフトになる。

これは変則的であるが、上と同じような、効率的フロンティアの内側へのシフトである。効率的フロンティアをリターン増加、リスク低減方向へとシフトさせるESG に期待される結果は達成できなくなる。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数