「新しい金利観」の中での基本ポートフォリオ見直し
「基本ポートフォリオ」(※1)——私にとっては馴染みのある言葉。でも、メディアの報道で見ることはそれほどない言葉。そう、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の「基本ポートフォリオ見直し」の報道が出るまでは。
※1 年金基金などの機関投資家が、適切なリスク水準で目標とするリターンを得るために設定した中長期的な資産配分

債券運用部
チーフ・ストラテジスト兼ファンドマネージャー
浪岡 宏氏
まさか、この単語がこれほどメディアで報じられるとは思いもよらなかった。GPIFの件では、私も何度も取材を受けた。その度に、記事のなかのコメントとしてではなく、自分でナラティブを紡ぎ出し、レポートにまとめて世に出す必要がある。そう思って筆を執ることにした。いつも、「フォワード・ルッキング・リサーチ」は「チーフ・ストラテジスト」としての立場で執筆しているつもりだが、今回は年金ファンドも運用する「ファンドマネージャー」という立場に重きを置いて執筆することにした。
最近の報道では、金利が上昇するなかにあって、GPIFが国内債券や国内株式のウェイトを高めるのではないか、と言われていた。そしてこの動きは、金利上昇抑制のためではないか、という論調もみられた。
まず、大前提として厚生年金保険法第79条の2に定められている通り、GPIFによる年金積立金の運用は「専ら厚生年金保険の被保険者の利益のために」行われなければならない。したがって、私見であるが、為替や金利をコントロールするといった政策目的のためにGPIFの資金を利用することは、この制度趣旨と整合的ではないと言えよう。その意味では、私はGPIFの基本ポートフォリオを拙速に見直して国内債券のウエイトを高めようとすることについては、否定的な見解を持っている。
しかし実は、私は国内債券のウエイトを高めること自体は否定しておらず、一定の妥当性を有していると思料する。私は、目的とプロセスについて問題意識を持っているのであって、被保険者のために資するのであれば、そしてそれが正しいプロセスに沿って行われるのであれば、合理的なものと思っている。
GPIFは、現行の基本ポートフォリオの策定について、「第5期中期目標期間における基本ポートフォリオについて」という資料で詳しく解説している。そのなかに「基本ポートフォリオの各資産の期待リターンやリスク・相関係数を推計し、年金財政上必要な利回りを最低限のリスクで達成するための基本ポートフォリオを策定」したということが記されている。
期待リターンについては、「ビルディングブロック法による期待収益率と市場時価総額に内在すると考えられる均衡収益率を混合」して求めているという。なお、GPIFの資料では、ビルディングブロック法は各資産の期待リターンを短期金利の期待リターンとリスクプレミアム(リスクの対価とみなされる部分)に分解し、それぞれを推計した上で合算することによって、各資産の期待リターンを推計する方法、と解説しており、均衡収益率とは、各資産のリスク・相関係数及びグローバル市場の時価総額を用いて、市場から示唆されるリターンを逆算したものに期待短期金利を加えたもの、と説明している。
さて、ここからは当社の話になるが、当社では一部のファンドに関しては、「基本ポートフォリオの検証」を行っており、その際、期待リターンについてはビルディングブロック法を用いている。当社のビルディングブロック法はGPIFのそれとは異なるものであるが、実質金利、期待インフレ率、リスクプレミアムなどに分解し、それぞれについてこれまでの実績値や足許の経済環境を踏まえ決定している。
当社では、今年度、日本における「期待インフレ率」については見直すことにした。以前よりも高めることにしたのである。その結果、国内債券、国内株式、現預金の期待リターンを高めに設定することにした。なお、これに関する詳細なロジックについては当社の内部情報につき詳述は避けたい。
いずれにしても、期待リターンの上昇を踏まえれば、国内債券や国内株式のウエイトを高めるという議論は一定の妥当性を有していると言えよう。もちろん、実際の基本ポートフォリオについては、受益者が求める期待リターンや受け入れられるリスクによって異なってくるため、直ちに国内債券や国内株式のウエイトを高める、という話にはならないこともある。実際のところは、基本ポートフォリオの見直しまではいかないものの、こうした点を踏まえて、実際の運用の参考にする場合もある。
ちなみに、グラフ①は、当社が算出した有効フロンティア(※2)と25%ずつ内外債券、内外株式を持った場合の仮想ファンド(当社の特定のファンドを想定したものではない)のリスクリターンの関係を示したものとなっている。こうしてみると、仮想ファンドのリスクリターンは有効フロンティア上にあるわけではなく学術的にいうところの効率的ポートフォリオというわけではないが、その近傍にあることから、これらも一定程度は妥当なポートフォリオと評価できるだろう。
※2 有効フロンティアとは、複数の資産の組み合わせにおいて、リスクあたりもっとも高いリターンとなる組み合わせにより形成された境界線

出所:BloombergのデータをもとにT&Dアセットマネジメントが作成
なお、日本の「期待インフレ率」が高まったことで、有効フロンティアは上方にシフトしている。そして、基本ポートフォリオについても、ウエイトを変更せずともリターンが改善している。
また、別の分析をもとにすると、国内債券のアクティブ運用に収益機会を見出せるのではないか、とも考えている。
国内の金利については特徴的な動きもみられている。それは、「新しい金利観」の形成のもとで、金利が上昇基調を辿っている点や変動率が高まっている点である。「新しい金利観」については後述するとして、金利の変動は国内債券のアクティブ運用に収益機会をもたらすものと推察される。もちろん、これはリスクを高めることにつながるもので、ファンドマネージャーの腕次第というべきか、うまくいかない場合も考えられるが、ファンドマネージャーが考えている戦略が奏功した場合にはこれまで以上に高い収益を得られることもあるのではないか、とみている。
上述の別の分析というのは、日本国債に関する主成分分析である。具体的には、2年、5年、10年、20年、30年の日本国債金利について、2000年以降の日次データをもとに、主成分分析を行った。一般的に言われているように、第一主成分は金利の水準、第二主成分はイールドカーブの傾きではないか、と思われる主成分得点が得られた。
その上で前日差を算出し、200日間のデータから標準偏差をとった(グラフ②)。近年、第一主成分のみならず、第二主成分の標準偏差が拡大気味である。つまり変動が激しくなっているということが言えそうだ。よって、アクティブ運用においてリスクをとった場合に、戦略が奏功した場合に限られるが、収益機会は増していると推察される。

注:過去200営業日の主成分得点の前日差データをもとに標準偏差を算出しグラフ化
出所:BloombergのデータをもとにT&Dアセットマネジメントが作成
最後に余談ではあるが、「新しい金利観」について、説明して締めくくりたい。
2013年から始まった大規模金融緩和、そして2016年のマイナス金利導入によって、日本の金利どころか債券市場が沈んだような印象を持った。債券市場の暗黒の時代が到来した。しかしその後、植田総裁のもとで債券市場は息を吹き返した。金利は動きはじめ、上昇してきた。前回のフォワード・ルッキング・リサーチでも論じたが、最近の債券市場は「ルネサンス」と言ってよいだろう。歴史で言うところのルネサンスは、それまで「神」が中心であった文化から「人間主体」の文化へと変化する文芸復興であったと言われているが、最近の債券市場もこれまでの「日銀主導」の債券市場から「市場主体」の健全な市場への「復興の途」を辿っているように思われる。
市場参加者は、こうしたなかで最近のファンダメンタルズに照らして、どの程度の金利水準が妥当かを探っているように思われる。これが金利の変動や上昇をもたらしているのだろう。ただ、大規模金融緩和前の債券市場に単純に戻るわけではない点がポイントである。その前の時代と、足許の経済環境や日本の債務の状態、人口動態など各種ファンダメンタルズは異なっている。それに、特筆すべきは、市場参加者も相応に入れ替わっている点である。新しいファンドマネージャーや新しいストラテジストが足許の債券市場ルネサンスに関わっていると言えよう。だからこそ「新しい金利観」が求められるとみている。
最後に、本レポートをまとめると、GPIFをはじめ年金基金が国内債券や国内株式のウエイトを高める点は一定の妥当性を有しているように思われる。もちろん、年金基金の特性にもよるし、更なる金利上昇の可能性がないことを示唆するものではない。年金基金の考え方や負債の状況等によっては検討の余地もあるだろう、という意味である。
そのなかで、国内債券については金利水準のみならず、イールドカーブの傾きについても変動が増しており、アクティブ運用に収益機会を見いだせそうだ。
これには、「新しい金利観」の醸成が影響しているものと思われる。
言うなれば、債券のアクティブファンドマネージャーの手腕が試される時代が到来しているように思える。
















