米中対立は「新冷戦」なのか?
米中対立と米冷戦の根本的な違い
大国同士が鋭く対立する構図は、かつてのアメリカとソ連による冷戦と、現在のアメリカと中国の衝突に共通点があるように見える。冷戦では民主主義を掲げるアメリカと共産主義を掲げるソ連が対峙し、米中対立では現状維持を望むアメリカと変革を求める中国が価値観の違いでぶつかり合っている。この点では、似たような対立のパターンが見て取れる。
ただし、米中対立は「新冷戦」と表現されることが多いが、そこには根本的な違いがある。まず、冷戦時代を振り返ると、アメリカとソ連の間では民間航空機の行き来すらほとんどなく、貿易も極めて限定的だった。例外的にアメリカからソ連への穀物輸出があった程度で、経済的な結びつきは薄く、制裁をかけても相手に大きな影響を与えない状況が続いていた。
これに対して、米中関係は全く異なる様相を呈している。両国間では人、物、資金、情報が活発に行き交い、アメリカは中国から多様な製品を輸入し、中国もアメリカからの輸入に頼っている。つまり、両者は経済的に深く結びついており、相互依存の関係にあるのだ。トランプ元大統領が対中貿易赤字に苛立ち、中国製品に厳しい関税を課したところ、中国が報復関税で対抗するといった展開は、冷戦時の米ソ関係とは正反対である。米ソは互いに依存していなかったが、米中は深く依存し合っている。
また、冷戦は民主主義と共産主義というイデオロギーの対立が世界を二分する陣営争いでもあった。ヨーロッパでは、イギリスやフランスなどの西側がアメリカ率いる民主主義陣営に属し、ポーランドやチェコスロバキアなどの東側がソ連の共産主義陣営に属した。この構図が影響し、ベトナムや朝鮮半島、アフガニスタン、コンゴなどで代理戦争が勃発したのはよく知られている。
しかし、米中対立はこうした陣営間の争いとは異なる。他国に対して「アメリカか中国か」の選択を迫るような状況は見られず、明確な陣営の形成には至っていない。中国やロシアがアメリカとは異なる国際秩序を目指しているように見えるものの、中国が率先してそのリーダーシップを取っているわけではないし、各国とアメリカとの関係も個別に進んでいる。バイデン前大統領は、中国の台湾への軍事的圧力や経済的強硬姿勢に対抗するため、日本やオーストラリア、ヨーロッパの同盟国との連携を強めたが、トランプ政権への移行でそうした「陣営らしきもの」は影を潜め、米中対立は正しく米中二国間で展開されている様相と言えよう。
以上の点を踏まえると、米中対立が「新冷戦」と呼ばれることがあるものの、経済的な相互依存や陣営対立の不在という観点からは、冷戦とは大きく異なり、別物として捉えるべきだろう。
和田 大樹
株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役社長 CEO
一般社団法人 日本カウンターインテリジェンス協会 理事
株式会社 ノンマドファクトリー 社外顧問
清和大学講師(非常勤)
岐阜女子大学南アジア研究センター 特別研究員
研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。特に国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などテロ研究を行う。テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。多くのメディアで解説、出演、執筆を行う。詳しい研究プロフィールはこちら