押久保 直也 三菱UFJ信託銀行 受託運用部海外アセットマネジメント事業室 上級調査役

押久保 直也
三菱UFJ信託銀行
受託運用部海外アセットマネジメント事業室 上級調査役

2024年10月、三菱UFJ信託銀行にエコノミストとして入行。
日本生命保険相互会社、バークレイズ証券、三井住友トラスト・アセットマネジメント、SMBC日興証券にて約15年にわたり、経済および市場分析業務に従事。日系/外資系の証券会社および運用会社等での幅広い経験に基づいた多様な分析に強み。国内外の機関投資家、個人投資家向けの情報発信経験に加え、国内外の主要メディアにおける対外露出実績もある。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。

Ⅰ.はじめに

日本は1990年代後半以降、緩やかなデフレが長期にわたって継続していたものの、2020年代に入りコロナ禍を経て、インフレの状態が定着してきている。デフレ経済の下で、日銀はゼロ金利政策や量的・質的金融緩和を次々と導入し、いわゆる「金利のない世界」が当たり前となっていたが、インフレが定着しつつある中で、2024年に入り日銀は大規模な金融緩和から脱却、利上げを実施するまでに至った。2025年は日銀の追加利上げが予想される中で、日本もついに「金利のある世界」へ戻ることだろう。本稿では、「金利のある世界」に戻る日本の経済について展望していく。

Ⅱ.2025年度の米国経済の展望

日本経済について議論する前に、まずは前提となる米国経済について簡単にふれていきたい。2024年の米国経済は良好な所得環境を背景に個人消費主導で堅調に推移した。2025年の米国経済についても、良好な所得環境を背景に個人消費主導で堅調な推移を続けると予想する。トランプ次期政権による経済政策や規制緩和を背景とした米国株高に加え、トランプ減税延長の効果から、今後も個人消費が力強く推移すると考える(図表1)。

米国経済が堅調に推移する下で、トランプ次期政権の関税政策や移民抑制によってインフレ再燃に対する懸念が高まることから、FRBは利下げを政策金利3.75%~4.00%まで進めた後、2025年半ばにも利下げを停止すると予想する。米国での利下げ余地が限定的であり、「Higher for Longer(政策金利の高止まり)」の世界を想定する下で、2025年の米長期金利については、4%台半ばを中心とした高めのレンジ圏での推移を見込んでいる。

図表1:米国の個人消費と家計純資産

出所:米国経済分析局、FRBより三菱UFJ信託銀行作成

Ⅲ.2025年度の日本経済の展望

次に日本経済についてみていこう。

2024年の日本経済は所得環境の改善を背景に個人消費を中心として緩やかに回復した。2025年の日本経済についても、米中貿易摩擦の影響が投資・輸出の重しとなるものの、賃上げや経済政策を背景として個人消費中心に回復するだろう。労働需給の逼迫や賃金上昇を背景に、大企業のみならず、中堅企業や中小企業も合理化や省力化を目的としたデジタル化対応を進めており、設備投資も増加基調を維持するとみる。

日本においても労働生産性の上昇が期待できる局面に入ってきたと考える。また、日本国内においても、賃金と物価の好循環(物価と賃金が相互に高めあうこと)が定着してくるだろう。

足もと企業収益が改善傾向を続ける中で、企業は労働需給の逼迫を背景に賃金を着実に引き上げている。また、しっかりと賃上げを進めている企業はサービス価格へ転嫁しており、日銀が目標とする賃金と物価の好循環が起きている(図表2)。

2022年~2023年前半にかけて、日本のCPIの上昇は円安に伴う輸入物価の上昇が牽引してきたが、足もとはその要因が剥落する中で、サービス価格の上昇が牽引役になってきている。先行きについてもこのような好循環が継続する可能性が高いだろう。連合(日本労働組合総連合会)は2024年11月28日に2025年の春闘方針を正式に決め、2024年同様に+5%以上(うちベースアップ+3%以上)の賃上げ目標を掲げることとした。さらに、中小企業の労働組合については+6%以上の賃上げを目指す(図表3)。

人手不足に伴い労働需給が逼迫する中で、大企業に加え、中小企業の収益環境も総じて堅調なため、2025年春闘は概ね目標通りの結果になるだろう。

企業の労働分配率(付加価値に対する人件費の割合)は1985年以降で最低を更新しており、賃上げ余力は大きい。賃金と物価の好循環を背景に、日本はデフレ型の経済からインフレ型の経済へと変貌を遂げるとみる。

図表2:人件費比率別の企業向けサービス価格
出所:日銀より三菱UFJ信託銀行作成
図表3:春闘の賃上げ率と所定内賃金上昇率
図表3:春闘の賃上げ率と所定内賃金上昇率
※賃上げ率には定期昇給を含む。所定内給与は従業員5人以上の事業所の一般労働者が対象
出所:日本労働組合総連合会、厚生労働省より三菱UFJ信託銀行作成

日銀は賃金と物価の好循環を妨げることがないよう、半年に1回、0.25%の慎重な利上げペースで政策金利を段階的に1%まで引き上げると予想する。すなわち、2025年度後半には1%まで利上げを行うとみる。

日銀が紹介する複数のモデルによると、経済を過熱させることも冷やすこともしない実質の金利水準である実質中立金利(自然利子率)の試算値は、▲1%~+0.5%と幅広いものの、インフレ率2%が定着する世界では、中立金利は少なくとも+1%はあると考えられる(図表4)。

円OIS(Overnight Index Swap)市場をみると、日銀が2026年半ばにかけて0.9%強までしか利上げをしない織り込みになっている。日銀の利上げの最終地点(ターミナルレート)に関する市場の想定がやや保守的であることを踏まえると、2025年は日銀の利上げが着実に行われる中で、日本の長期金利は1%台前半~半ばを目途に緩やかに上昇する可能性が高いと考える。日銀が緩やかに国債買入れの減額(QT)を進めることも、需給面で長期金利の小幅な上昇要因になろう。

図表4:日銀の実質中立金利(自然利子率)
図表4:日銀の実質中立金利(自然利子率)
出所:日銀より三菱UFJ信託銀行作成

Ⅳ.「金利のある世界」における財政

本章では、「金利のある世界」における財政について考えてみたい。日銀が1%まで利上げを行い、日本の長期金利が緩やかに上昇する場合、利払費が増大することで、日本の財政の持続性に対して懸念の声がよく聞かれる。日本の政府債務残高は増加の一途をたどり、2024年度末時点で1,105兆円(財務省の見込額)、対名目GDP比率でみると250%強と先進国の中で突出して高い水準となっている(図表5)。そのため、金利上昇に対する耐性への懸念があると考えられる。

図表5:主要国の政府総債務の対名目GDP比率
図表5:主要国の政府総債務の対名目GDP比率
出所:IMFより三菱UFJ信託銀行作成

しかし、2025年度の日本の名目GDPが引き続き3%程度成長すると想定しており、成長率が利払費の利子率を上回ることで、政府債務残高(対名目GDP比率)は今以上に大きく上昇することはないだろう。政府債務残高(対名目GDP比率)が発散し、財政問題が顕在化することにはならないとみる。すなわち、名目GDPの成長率が長期金利を上回っている状況であれば、税収の伸びにも期待できるため、財政の持続性に特段大きな問題は生じないと考える。

内閣府の中長期の経済財政に関する試算(2025年1月)をみると、名目GDP成長率が3%程度で推移し、名目長期金利が中長期的に2%強まで上昇するケースにおいて、2026年度以降基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化すれば、政府債務残高(対名目GDP比率)は着実に低下する見込みとなっている(図表6)。

政府がプライマリー・バランスの黒字化との目標に反し、プライマリー・バランスの赤字を大きく拡大させるようなこと(積極的な財政拡大)がない限りは、日本の長期金利がある程度上昇しても、名目GDP成長率がそれを上回っていれば、財政の持続性は当面大きな問題にならない見通しだ。財政の持続性に関する議論は長期金利の水準ばかりに注目するのではなく、成長率とのバランスに配慮することが肝要といえる。

図表6:債務残高対名目GDP比率
図表6:債務残高対名目GDP比率
出所:内閣府より三菱UFJ信託銀行作成

日本政府は主に家計や企業の潤沢な貯蓄から借金をしており、国内でのファイナンスが中心となっている。海外投資家は、国債市場(ストックベース)におけるプレゼンスを徐々に高めているものの、現状1割にも満たない状況となっている。海外投資家のプレゼンスが大幅に高まってくると、日本の芳しくない財政状況を勘案して高い金利水準が要求されるリスクが出てくるものの、当面は引き続き国内でのファイナンスが中心となる公算が大きい。そのため、日本の財政は需給的な観点からも金利上昇に対する耐性があると考える。

Ⅴ.「金利のある世界」における家計

日銀が1%まで利上げを行った場合、家計は総じて金利上昇がプラスに働くだろう。家計のバランスシートをマクロの観点からみると、2024年9月末時点で預金(外貨預金除く)が1,007兆円、借入が363兆円となっており、圧倒的に預金が借入を上回っている。日本では家計の金融資産の中で預金が半分程度を占めており、株式などリスク資産のウェイトが相対的に高い米欧とは大きく異なっている(図表7)。そのため、日本の家計のバランスシートは構造上、金利上昇の恩恵が金利上昇に伴うコスト増を上回りやすいと考える。

図表7:家計の金融資産構成
図表7:家計の金融資産構成
(注)2024年3月末時点
出所:日銀より三菱UFJ 信託銀行作成

ただし、金利上昇の家計への影響は世代によって大きく異なる点には注意が必要だろう。高齢者世代は多額の金融資産(預金など)を保有しているうえに、住宅ローンなどの負債はあまりないことから、金利上昇に伴う利子収入の恩恵を受けやすい。一方、若い世代は金融資産が少ないうえに、住宅ローンなどの負債を多く抱えており、金利上昇に伴う利払い負担が大きい。物件価格が上昇する中で、年収に対する住宅ローンの比率が若い世代を中心に増加していることや住宅ローンの8割程度が変動金利型ローンであることを踏まえると、若い世代は金利上昇に対する耐性が相対的に低めと考える。

Ⅵ.「金利のある世界」における非金融法人

日銀が1%まで利上げを行った場合、非金融法人は総じて金利上昇がマイナスに働くだろう。非金融法人は、金利ビジネスを直接的に行っている訳ではないため、収益面でプラスの影響があまり期待できない一方、金利上昇が支払利息等の増加につながろう。

マクロでみた非金融法人へのマイナスの影響は1%程度の利上げであれば限定的と考える。具体的には、日本の金利が1%上昇した場合、非金融法人の経常利益に対する影響は▲3.8%に留まると試算している。この背景として、非金融法人の自己資本比率は長年にわたり増加傾向にあり、2024年7~9月期時点で44.1%(法人企業統計ベース)となっている。財務体質が強固なことから、利上げに対する耐性は十分に備わっていると考えるものである。

ただし、金利上昇の非金融法人への影響は企業の財務体質の状況によって大きく異なる点には注意が必要だろう。財務体質が強固な大企業は金利上昇への耐性がある一方、財務体質が強固とはいえない中小企業は金利上昇の影響を相対的に受けやすいとみられる。

利払い能力を示す代用的な指標として、インスタント・カバレッジ・レシオ(ICR)があり、「営業利益÷支払利息」で計算される。借入超の中小企業におけるICRが1倍割れとなる借入金利の水準を確認すると、資金に余裕のある中小企業(手元資金が販管費の半年分以上)は2023年度で3%台半ばくらいなのに対し、資金に余裕のない中小企業(手元資金が販管費の半年分未満)は2023年度で▲1%程度となっている(図表8)。

一部の財務体質が脆弱な中小企業は利上げに伴う金利上昇の影響で倒産を余儀なくされる公算が大きいだろう。足もと、企業の倒産件数は比較的低水準に留まっているものの、休廃業・解散件数は大きく増加している。先行き利上げに伴う金利上昇を背景に、休廃業・解散件数の増加に留まらず、倒産件数も増加する可能性が高いと考える。

短期的には痛みを伴う側面もあるものの、中長期的には企業の新陳代謝が進むと共に、業界再編によって過当競争が是正されれば、競争力の高い企業は市場シェアの上昇と利益率の改善を享受することができるようになるとみる。

図表8:ICR1倍割れとなる借入金利
図表8:ICR1倍割れとなる借入金利
(出所)日銀より三菱UFJ信託銀行作成

Ⅶ.「金利のある世界」における金融法人

日銀が1%まで利上げを行った場合、銀行は総じて金利上昇がプラスに働くだろう。日銀の利上げに伴い短期金利が上昇すると、銀行は貸出金利を預金金利よりも大きく上昇させるため、収益環境が改善すると考える。実際に過去の2006~2007年にかけての利上げ局面を振り返ると、日銀が緩やかに利上げをする中で、貸出金利の上昇幅のほうが預金金利よりも大きかった。前回の利上げ局面では、政策金利が0.5%上昇する中で、貸出金利が0.3%程度上昇したのに対し、普通預金金利は0.2%程度の上昇に留まった(図表9)。

今回の利上げ局面においても、日本における個人預金の粘着性の高さを踏まえると、預金金利の上昇は相対的に抑えられる可能性が高いとみており、銀行の収益環境は総じて改善するだろう。

また、銀行のバランスシートにおける金利リスクも自己資本対比で引き続き低位に抑制されており、金利上昇に対する耐性は十分にあるとみる。銀行勘定全体でみた場合の円貨金利リスク量(100bpv、1%金利上昇した際の円貨金利ポートフォリオの価格変化額)は対自己資本比率で足もと2%程度と小さくなっている(図表10)。

利上げ局面において、銀行は円債デュレーションの短期化を進めており、全体としては金利リスクテイクに慎重なスタンスを取っている。利上げを背景に銀行のバランスシート問題が顕在化する懸念は小さいとみる。

ただし、一部の地銀や信用金庫などでは、金利上昇の恩恵が相対的に限られる可能性がある点には注意が必要だろう。大手行と比べると、競争力の低い一部の地銀や信用金庫は相対的に貸出金利の引き上げに苦戦する可能性があるとみる。

実際に過去の2006~2007年にかけての利上げ局面を振り返ると、日銀が緩やかに利上げをする中で、地銀や信金の貸出金利の上昇幅は大手行と比べると相対的に小さかった。今回の利上げ局面においても、一部の地銀や信用金庫では、高齢化・人口減少を背景に地方での資金需要が弱い中で、貸出金利を積極的に引き上げることは難しいと考える。さらに、一部の地銀や信用金庫では、超長期債などに過大な投資をしたことで含み損を抱えていることを踏まえると、注視する必要があるだろう。

図表9:貸出金利と預金金利
図表9:貸出金利と預金金利
出所:日銀より三菱UFJ信託銀行作成
図表10:銀行勘定の金利リスク量
図表10:銀行勘定の金利リスク量
※円貨金利リスク量(100bpv)の対自己資本比率
出所:日銀より三菱UFJ信託銀行作成

なお、日銀が1%まで利上げを行った場合、銀行以外の金融法人も総じて金利上昇がプラスに働く見込み。例えば、生保の場合、日銀の利上げに伴い金利が上昇すると、運用収益は即座に改善していく一方、生命保険は長期の契約であり、保険料率の改定には時間がかかることから、ALMの観点で収益環境が改善しやすい。このように金融法人は概して金利ビジネスをしていることから、金利上昇は収益環境の改善につながりやすいとみる。

Ⅷ.総括

以上踏まえると、日本が賃金と物価の好循環を背景に、デフレ型の経済からインフレ型の経済へと変貌を遂げる中で、日銀の緩やかな利上げは日本経済にとって全般的にプラスの影響が大きいと考える。教科書的には金利上昇はマクロ経済の押し下げ要因となるものの、過度な金融緩和は副作用も大きかったため、中立金利に向けて緩やかに利上げをすることは日本経済にとって総じてプラスとみる。

日本経済の実力に見合った「金利のある世界」へ戻っていく過程で、超低金利を前提に生き延びてきたゾンビ企業が退出を余儀なくされるなど一部で痛みを伴う事態も想定されるものの、企業の新陳代謝が進むことで結果的に生産性の向上にも期待できるだろう。2025年は日本経済にとって大きな変革の1年になると予想する。

(2025年1月27日 記)

※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない

【参考文献】
・『金融システムレポート(2024年10月)』日本銀行
・『中長期の経済財政に関する試算(2025年1月)』内閣府
・『「金利ある世界」が迫る中小・零細企業の再編と経営改善』日本総研
・『「金利ある世界」で顕在化する地銀の金利リスクと今後求められる対応』日本総研

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