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J-MONEY2016年夏号 注目記事

海外レポート

アベノミクスは機能不全に陥ったのか

M・コーリー・ゴールドマン(M. Corey Goldman)
カナダを拠点に北米経済全般・資本市場をカバーするフリーの金融ジャーナリスト。以前は、ブルームバーグ・ニュース、CNN、トロント・スター、カナダ・フィナンシャル・ポストなどで取材・編集を担当。社会奉仕活動ではHelp For Children/Hedge Funds Care(ニューヨーク)役員を兼任。

英国のEU離脱がアベノミクスに影

 安倍晋三政権は、日本経済のデフレ脱却を目指して、日本銀行によるマイナス金利の導入、大量の国債購入による量的金融緩和、実質的な円安誘導、政府によるさまざまな政策を打ち出してきた。しかし、アベノミクスが世界的な経済や市場の混乱に繰り返し翻弄されてきたことも事実だ。最近では、英国のEU(欧州連合)離脱決定がアベノミクスの先行きに大きな影を落としている。

 アベノミクスのお陰で生産性、有効求人倍率、輸出、消費者心理のいずれについても改善の兆しが見られるようになった世界3位の経済大国は、今回もまた海外投資家に足を引っ張られている。世界の投資家は、金融市場が大荒れするたびにリスク回避で安全資産である円買いに走る。

 英国の国民投票でのEU離脱(Brexit)派の勝利で世界の金融・株式市場は総崩れとなり、安倍首相が3年余り続けてきたデフレ脱却の努力は再び水を差されてしまった。その結果、政府は円高対策と景気テコ入れのために新しい経済対策を策定せざるを得ない状況にある。

 ニューヨークに本拠を置くグローバル・マルチアセット運用会社オッペンハイマー・ファンズのポートフォリオ・マネージャー、アレッショ・デ・ロンギス氏は、Brexit決定直後にウォール・ストリート・ジャーナル紙に、「投資家が伝統的なリスク回避で(円に向かって)一斉に動きだした。円は世界の成長が鈍化する環境下での安全通貨だ」と語っている。ある外国為替市場関係者は、「リーマン・ショックが再来するかもしれない世界で、日本が(安全な投資先として)頂点に浮上した」という。

 本稿の執筆時点までには、日本がさらなる金融緩和や円高阻止のための市場介入を行っていないが、英国の国民投票から一夜明けた2016年6月24日、G7(主要7カ国)の財務相・中央銀行総裁は、「為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済および金融の安定に対して悪影響を与えうることを再認識する」という緊急声明を出した。これにより日本が為替介入に事実上のゴーサインを得たと解釈する見方もある。

 急激な円高を受けて6月29日に開かれた政府・日銀会合で、安倍首相は「金融市場に不透明感やリスクへの懸念が残っている」と語った。

 Brexit決定後の市場の混乱ぶりは、英国が当然最もひどく、その次はなぜか日本だった。欧州大陸の市場はそれほど荒れなかった。6月末までに、世界のほとんどの市場は国民投票後の急落から回復した。あるカナダのコラムニストは、「Brexit決定後の1週間をチャート上で振り返ると、一時的に相場が荒れたけど、その後は再び安定したのだから、深刻な後遺症を伴うような非常に重要なイベントが起きたという感じはしない」と述べている。

 英国で6月23日に国民投票が行われる以前から、日本経済は向かい風に直面していた。実際、2016年に入ってからはほぼ円高傾向が続き、輸出企業、とくに自動車メーカーは打撃を受け、日本経済の持続的回復の見通しもより不透明になっていた。

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英国民投票がもたらしたアベノミクスへの幻滅感

 Brexitが日本にもたらしたものとしてはっきりわかっているのは、アベノミクスへの幻滅感だ。安倍首相は、アベノミクスによって日本経済をデフレから脱却させると繰り返してきた。しかし、現実には、いくつもの危機によって安倍政権と日銀の努力は何度も台無しにされた。多くの市場参加者は、日本政府が日本経済を翻弄するグローバルな向かい風に打ち勝ち、アベノミクスを機能させられるのだろうかと疑問視している。

 第一生命経済研究所の首席エコノミスト、永濱利廣氏はブルームバーグ・ニュースで6月、アベノミクスが「重大な転換点」を迎えていると語った。永濱氏は、安倍政権が円安誘導を行ったとしてもその効果は長く続かないが、「何もしないよりはまし」との見解も述べている。

 安倍首相と政権にとって本当の問題は、他の多くの諸国がデフレとの闘いを強いられるようになったことで目算が狂ったことだ。2016年初期の日本については、追加的な経済対策や金融緩和策が必要なようには見えなかった。

 背景には、その頃の米国の金融政策があった。2015年12月に2006年以来の利上げに踏み切った米国は、追加利上げの可能性を示唆していた。米国の利上げは、投資家の関心を円からドルおよび米国資産に向けさせてくれるという意味で、日本には待望の追い風になるはずだった。

米利上げが遠のき日銀の努力も水の泡

 英国の投票結果でわかってきたことは、FRB(米連邦準備理事会)が、少なくとも年内は利上げに向けて動く可能性が極めて低くなったことだ。事実、シカゴ先物取引所に上場されている米国FF(フェデラルファンド)金利先物は年末の「利下げ」の確率を織り込んで取引されている(本稿執筆時)。ちなみに、Brexit決定の1週間前には、年内最低1回の利上げが織り込まれていた。

 これでは、日銀の円と円資産の魅力を下げようとする努力は、FRBやECB(欧州中央銀行)と実質的に衝突することになる。

 それに加えて、エコノミストやストラテジストの間で、アベノミクスは不全に陥ってしまったという懸念が広まる一方、日本に対するセンチメントはとりわけネガティブになってきている。

 テンプル大学ジャパンキャンパスのジェフリー・キングストン教授はロイターに、「アベノミクスはすでに暗礁に乗り上げている。少し沈むのは避けられないだろう」と語っている。

 政府が景気下支えのために追加的な財政政策や金融緩和策を打ち出しても、それらが機能すると考えるアナリストはいないだろう。

 ゴールドマン・サックス証券の副会長兼チーフ日本株ストラテジストのキャシー松井氏は2016年6月のCNBCの番組で、日銀がマイナス金利のさらなる引き下げとETF(上場投資信託)の買い入れの拡大を組み合わせた追加緩和策に踏み切る可能性があると指摘した。

「ヘリコプターマネー」を期待する声も聞こえ始めた

 しかし、松井氏は、追加緩和によって円高が現在の水準にとどまるとは思えないし、円高がさらに進むかもしれないとコメントしている。さらに「日銀が自由に使える大きなバズーカがあるのではないかと考える市場関係者は失望するだろう」と語っている。

 確かに、世界経済、とりわけ中国経済が上向くことに期待を寄せる市場関係者が一部に存在する。海外需要が増えれば日本経済の下支えになるからだ。

 さらに、安倍政権の政策に対して新たな悲観論が漂っているにもかかわらず、マイナス金利の一層の引き下げ、財政赤字の増加、日銀の資産買い入れ拡大、加えて「ヘリコプターマネー」政策(政府・日銀が一体となって、個人消費と企業に支出を増やすために市中に大量の資金を供給する政策)も含めて対応すれば、アベノミクスが最終的に機能すると今でも願っている人たちがいることも事実だ。

 7月10日に行われた参議院選挙で与党陣営は経済政策を焦点にした。自民党は「アベノミクスのフル稼働」を公約に掲げ、安倍首相自身も街頭演説で、「アベノミクスは決して失敗していない」と主張し、「ギアを2段、3段引き上げ、エンジンをフル回転し日本経済をさらに成長させる」と強調した。

 今の日本政府にそうした積極財政に取り組む余裕があるのだろうか。安倍首相は消費税の8%から10%への引き上げを2019年10月に再延期した。税収の増加が見込めないにもかかわらず、どのようにしてアベノミクスを「フル稼働」させるのだろうか。疑問は募るばかりだ。

 今のところ、短期的なオプションが1つだけあるというのが大方の意見だ。それは、これ以上の円高を阻止するための為替介入である。

 ジャパンマクロアドバイザーズ のチーフエコノミスト、大久保琢史氏は2016年6月にBBC放送に次のように語っている。

 「日本にはくつろいでいる余裕はない。日銀は緩和策をほとんど出しきっており、日本がデフレと闘うためにわずかに残された政策は為替介入だ。日銀が流れを一気に変えたいと真剣に望むのであれば、本格的に市場介入をすべきだ」