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J-MONEY2016年夏号 注目記事

海外レポート

Brexitで2008年危機の再来はない

クリス・ライト(Chris Wright)
シンガポールを拠点に活動するフリーの金融ジャーナリスト。ユーロマネーやインスティテューショナル・インベスター、フィナンシャル・タイムズ、オーストラリアン・フィナンシャル・レビューなどで執筆。アジアマネーやオーストラリアン・フィナンシャル・レビューでは投資コーナー編集長を務めた。

影響は英国、欧州に限定との見方が主流

 英国が2016年6月23日の国民投票でEU(欧州連合)からの離脱(Brexit)を選び、世界に衝撃が走った。投票結果は、コメンテーター、市場関係者、資産運用者にとって予想外だった。離脱の実際の影響、英国およびEUの将来についての分析と理解は現在も続いている。しかし、離脱の影響が英国と欧州にとどまるだろうというのが多数意見となりつつある。

 開票が始まり、間もなく離脱派の優位が伝えられると、新たな世界金融危機への懸念が広まり始めた。24日未明(現地時間)に離脱派勝利が確実というニュースが流れると、後場開始直後の東京株式市場では日経平均株価が約10%も急落した。外国為替市場では、英ポンドが米ドルに対して31年ぶりに安値をつけた。英国の銀行株は最大30%まで暴落した。

 しかし、各市場とも比較的に短時間で落ち着きを取り戻し、Brexit損失の一部を回復した。例えば、日経平均株価はその後数日間で4.9%上昇している。その背景の一部に、イングランド銀行が24日の声明で英国金融市場の支援のために資金供給の用意があると発表したことがある。同時に、離脱が世界のほとんどの国・地域に直接影響をもたらす恐れはなく、世界金融危機の引き金になることもないという認識が広まったことで、市場は早期に冷静さを取り戻した。

 ハートウッド・アセット・マネージメントのインベストメント・マネージャー、マイケル・スタンス氏は、Brexit決定に伴う市場の変動が「2008年の二の舞につながることはない」という。その理由を5つ挙げた。

 ①世界金融システムは2008年当時よりはるかに盤石。「金融機関は金融危機後の数年間に自己資本を著しく強化した。その結果、金融機関のバランスシートは2008年に比べてずっと改善されている」(スタンス氏)

 ②中央銀行、とりわけイングランド銀行が「プロアクティブ」で、経済成長を支える金融政策をとる姿勢を示している。

 ③株式市場は過去数カ月、Brexitがもたらすリスクを織り込んで値下がりしてきた。6月30日の株価の前年同期比下げ幅は、欧州株が9%、日本株が23%、新興国株が7%だった。

 ④為替変動は新たな投資機会でもある。実際、ポンド安が英国資産への新規投資を誘発する可能性が高い。英国への投資が増えればポンドの下支え要因となる。

 ⑤英国を含む主要国の政府による景気刺激政策が期待される。

英国外の要因が市場の早期安定に貢献

 オーストラリアを拠点とするAMPキャピタル・インベスターズのCIO(最高投資責任者)であるシェーン・オリバー氏は、Brexit決定後に世界市場が当初のショックから早々に回復したのは、英国以外で起きた「ポジティブな動き」のお陰だと指摘する。英国内では、首相の退陣表明、長期信用格付けのトリプルAから2段階の引き下げ、残留キャンペーンが不十分だったと非難された最大野党・労働党党首への不信任案など、混乱が続いた。

 オリバー氏は、英国の国民投票の3日後に行われたスペインの総選挙の結果にとくに注目。与党・国民党が勝利したことで、スペイン国民が変化ではなく安定を望んでいることが明らかとなり、Brexitでユーロ圏が混乱に陥る可能性が当初予想されたほど高くないというのがオリバー氏の解釈だ。

 さらに、オリバー氏は、主要中央銀行の姿勢が市場を「勇気づけている」と語る。スペインとイタリアの国債利回りが過去最低まで低下している事実は、「投資家が両国のような国への投資についても高いプレミアムを求めていない」ことを示しているという。アセット価格についても予想に反して暴落は起きておらず、原油価格も1バレル= 50ドル近辺でほぼ安定している。銅価格は6月中旬から2016年に入って3度目の上昇傾向に転じている。

 Brexit決定の悪影響を最小限に抑える方法として、ノルウェー方式が参考例としてよく取り上げられる。ノルウェーはEUに加盟していないが、欧州単一市場のメリットの恩恵を受けてきた。英国が最終的にノルウェー方式のような解決策を選ぶのか、それとも移民を受け入れないためにEUから完全に離脱するのかは現時点でははっきりしない。

 英国は、新首相が2016年9月にも選出されるまで50条を発動しない方針を表明している。しかし、新首相が実際にBrexitに踏み切るかについては若干疑問がある。そうした不透明さは英国にとっても欧州にとってもよくない。

6.24日本株急落は「見境のない過剰反応」

 日本にとって、Brexitがもたらす市場の乱高下はありがたくない。しかし、6月24日の日経平均株価の急落が行き過ぎだったことは明らかだ。M&Gインベストメントのファンドマネージャー、スティーブン・アンドリュー氏は次のようにコメントする。

 「このニュースに対する各市場の反応を我々は慎重に考えてみる必要がある。ポンドがドルに対して1日で10%値下がりしたことは正当化できる範囲だろう。しかし、日本の銀行株が1日で7%も急落したことを正当化できる理由はどこにあるのか。日本市場で起きていることは見境のない過剰反応に見える。投資家は、英国がEUと今後協議しなければならない(内容がまったくわからない)貿易協定が日本の銀行の収益に極めて深刻な影響を与えると本気に考えて動いたのだろうか」

 一部のファンドマネージャーは日本株の急落を日本株買いのチャンスとして利用したようだ。モメンタム・グローバル・インベストメント・マネージメントのファンドマネージャー、グリン・オーウェン氏は、欧州株同様、日本株をオーバーウェイトとし、米国株をアンダーウェイトにしたという。理由はレラティブ・バリュエーション(相対的評価)とのことだ。

 別の角度から日本を見るのは、インドスエズ・ウェルス・マネジメントのチーフエコノミスト、マリー・オーウェンズ・トムセン氏で、こう述べる。

 「(スイス市場と同様)日本市場は自国通貨の上昇の影響を受けるだろう。円高が日本にリセッションをもたらす可能性はなさそうだが、株価指数採用銘柄に占める輸出関連銘柄のウェイトが大きいため、円高が株価に及ぼす影響もそれだけ大きくなる」

日本では追加緩和と財政出動に期待高まる

 Brexitの影響に関係なく、日本の経済指標には興味深いものがある。日本銀行の第2四半期の短観(全国企業短期経済観測調査)は予想よりはややよかったものの、非常に明るいものでもなかった(下表)。スイスのプライベートバンク大手ジュリアス・ベアのエコノミスト、スーザン・ジョーホ氏は次のように解説する。

 「全体として短観では、企業の景況感のさらなる悪化の傾向は見られないが、非常に低い水準に止まったままだ。景況感の弱さ、個人消費の低迷、物価の上昇力の弱さを受けて、政府・日銀に対して(Brexitがもたらす影響への対策とは別に)新たな行動への圧力が高まっている」

 IHSグローバルインサイトの田口はるみ氏は、Brexitで円高が進んで需要に陰りが出れば、日銀が7月に追加緩和を検討する一方、政府も新しい景気刺激策の導入に動き始めると予想する。

 そうした動きは日本に限ったものではない。

 「2016年の初夏、米国、中国、EUの景気に減速の兆しが出て、中長期金利が下がった。そこへBrexit決定が新たな景気の下振れ要因として加わった。その結果、我々の見方では、欧州、日本、米国の景気がこの先の数四半期を通してさらに減速する可能性が出てきた。そのことは、すでに遠のいている金融政策正常化をさらに遠のけるはずだ」(ドイツ銀行のストラテジスト、タイムール・ベイグ氏)

 ベイグ氏によると、現在、日本を含む主要国のおよそ11兆7000億ドル相当の国債の利回りがマイナスで推移しており、年金基金や保険会社は運用利回りの低下という問題に直面している。Brexit決定で、FRB( 米連邦準備理事会)が2016年中に利上げを行う可能性がさらに下がった。仮に2016年後半に利上げに踏み切るとしても、その時期は遅くなるだろう。超低金利環境はそれだけさらに長引くことになる。これらのベイグ氏の見方は市場の多数派意見を反映している。

 Brexit自体が世界、特にアジアや米国の経済に、大きな問題を引き起こすわけではない。インターミディエイト・キャピタル・グループ(ICG)のエコノミスト、ニコラス・ブルックス氏の見解はこうだ。

 「英国の景気減速が世界に与える影響は限られるだろう。米国と中国にはいずれも巨大で奥行きが深い国内市場があり、英国経済が減速してもその影響が著しい悪影響を持続的にもたらす状況は考えられない」

 しかし、Brexitが自国の成長鈍化や投資の低迷をもたらす恐れを案じる国が存在することも確かだ。日本の場合、Brexitの影響を直接受けることはなさそうだが、それが日本経済にプラスに作用することもないだろう。