イールドアセットとしての根強い人気に加え、インフレ耐性のある投資先としても注目を集める不動産やインフラ、農地、森林などのリアルアセット。昨今ではESG(環境・社会・企業統治)の観点からも投資マネーの受け皿となっているリアルアセットの最新動向および付き合い方について、シンクタンクや運用会社、年金基金の担当者に聞いた。
債券代替としてのオルタナティブ投資住宅、物流セクターやインフラに注目
新型コロナウイルス禍以前より、長引く低金利環境下で比較的高い利回りが期待できるとして、不動産やインフラなどのオルタナティブ投資が加速していた。
コロナ禍に続くウクライナ危機で世界的なインフレに拍車がかかるなか、リアルアセットの存在感が一層高まっている。
年金シニアプラン総合研究機構研究部主任研究員の樺山和也氏は、「海外ではリアルアセットを独立した資産クラスとする機関投資家も多いが、日本では伝統的4資産に次ぐオルタナティブ資産に分類するのが一般的。長期で安定的なキャッシュフローが期待できると、利回り確保が難しい債券の代替資産として捉える傾向が強い」と説明する。
三井住友トラスト基礎研究所私募投資顧問部部長上席主任研究員の前田清能氏も、「低金利下では、償還された債券投資資金を不動産投資へ振り向けるなど、債券投資枠を減らしてオルタナティブ投資枠を増やす流れが続くだろう」と同意見だ。
同社の調査では、年金基金や機関投資家の現在のオルタナティブ投資の対象は不動産がトップだった(図表1)。
【図表1】国内の年金基金と機関投資家のオルタナティブ投資対象
日本における不動産投資と言えば従来オフィス投資が中心であったが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴うテレワークの普及とオフィス立地・面積などオフィスのあり方そのものの抜本的な見直しなどでオフィス賃貸市場は弱含み、さらにインフレ進行によるオフィス需要の減退予想や東京都心の大量供給見通しと相まって機関投資家の多くは様子見姿勢を強めている。
また、コロナ禍による行動制限などの影響を受けたホテル投資市場は縮小しており、安定的なインカムゲインを期待する投資よりは、よりリスクの高いオポチュニスティック型投資が中心となっていると見られる。
一方、リーズナブルな賃料でリモートワークに適した広い住宅を求めるニーズの増加で住宅セクターは郊外化が進展。郊外物件も投資対象とする動きが出始めている。活況を呈しているのは物流セクターだ。コロナ禍の巣ごもり需要の急増などを受けEC(電子商取引)は拡大基調にあり、業務効率化を目的とした物流拠点の再編が進んでいる。また、物流施設の取引価格が高騰するなか開発型案件が増えており、機関投資家の資金流入が継続している。
前田氏と同じ私募投資顧問部で副部長上席主任研究員の米倉勝弘氏は、「資源価格高騰を発端とするコストプッシュ型インフレが勢いを増している。物流施設の開発案件にネガティブな影響をおよぼす可能性も考慮したい」と指摘する。
目新しい資産としては、数は少ないがデータセンターの注目度が高い。都内を中心に続々と新設されており、ゆくゆくは大きな市場を形成するだろう。不動産投資の次に人気の根強いインフラストラクチャーへの投資は日本ではまだごく一部に限られるものの、海外大手年金基金ではポートフォリオの拡大が続いている。
Preqinのレポート「オルタナティブ投資動向2022」の最新予測では、非上場インフラファンドの運用資産残高は2026年までに1.87兆米ドル(約241兆2300億円)に達する見込みで、不動産を抜いて最大のリアルアセットとなる(図表2)。
【図表2】運用資産残高の年平均成長率予測
同社サーベイでは91%の機関投資家が過去1年のインフラ投資のパフォーマンスに期待通り、あるいは期待以上と回答した。
また、47%がインフラ資産への長期的なアロケーションを増やす予定と答えるなど多くの機関投資家を惹きつける半面、日本では投資機会が少ない。
「国内インフラ投資の対象資産はこれまで太陽光発電が圧倒的に多く、インフラ資産全般のバリュエーション手法についても改良・発展の余地が残されているように思う。国内でインフラ投資が定着するために、投資対象資産の多様性と収益性の確保・評価が不可欠と考える」(前田氏)。
再エネインフラに強いニーズテクノロジー分野は陳腐化リスクに注意
従来日本のインフラ投資の中核を担ってきた政府や地方自治体などの公的セクターは、財政面での制約などから莫大なインフラ資産への新規・更新投資の全てを担うことは困難と考えられる。
「超低金利と量的緩和で公的セクターの資金調達にも好影響がおよんでいたが、米国など各国が利上げや量的緩和を解除したこともあり、日本においても金融政策の正常化によってインフラ資産への民間資金導入の必要性が再び強く意識されてくるだろう」(樺山氏)。
技術革新のスピードが速い分野はテクノロジーの陳腐化リスクも高い点には注意したい。樺山氏は、「プロジェクトの耐用年数よりも早期にインフラとしての役割を終えてしまうことが想定され、長期投資というインフラ投資の概念から外れてしまうセクターがある」と分析する。樺山氏は最もホットなインフラ投資の資産クラスに再生可能エネルギーを挙げる。
カーボンニュートラルの実現に向け、グローバル市場では太陽光、風力発電、バイオマスだけでなく、水素関連事業や蓄電池といった産業への資金流入が目立つ。電力を全て再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的な企業連合「RE100」の加盟企業の増加もあり、企業からも強い投資の需要が見られるという。
「大型の太陽光発電ではFIT(固定価格買取制度)が終了し、2022年度からはFIP(Feed-in Premium)が始まった。コーポレートPPA(電力購入契約)を含めポストFIT案件への投資拡大が見込める」(樺山氏)。
他方、コモディティはインフレ期待が高まる初期の段階では極めて高いリターンを見込めるが、今後は銅や鉄鉱石など品目によっては景気後退懸念による需要鈍化見通しとの綱引きとなることに留意したい。例えば、オランダの大手年金基金ABPは2021年にコモディティで45.4%のリターンを上げたものの、過去10年では年次でマイナス20%台を3回も経験している。
樺山氏は「海外の年金基金の多くは、インフレ動向をにらみながら自らのポートフォリオにおけるコモディティの構成比率を0~10%のレンジで柔軟に変動させる。一方、基本の構成比率を決めて長期間維持するほうが効果的で良い結果をもたらすとの考えが浸透している日本の基金では、インフレ高進に合わせて構成比率を高めるといった対応は難しい。コモディティ投資は運用会社に一任するかたちが現実的だろう」との見方を示す。
近年はリアルアセットのなかでの分散やカーボンニュートラルの観点から、森林農地投資へ熱い視線が注がれている。マニュライフ・インベストメント・マネジメント機関投資家営業部ディレクターの高橋孝行氏は、「新型コロナの影響で株価が急落してクレジットスプレッドが拡大した環境下でも、森林農地投資は独自の収益源泉を有しているため、資本市場との低相関により、機関投資家が求めるポートフォリオ耐性の強化やリターン変動の抑制といったリスク分散効果を十分に発揮した」と述べる。