長期金利の操作対象年限は5年へ短縮するのが最も無難
2022年は短期金利をマイナス0.1%、長期金利をゼロ%程度に固定する現在のイールドカーブ・コントロール政策( YCC)が修正される可能性に注目したい。考えられる修正案は「ゼロ%程度とする長期金利の操作対象年限を5年へと短縮」するものである(以下、5年YCCと呼ぶ)。別の修正案として、10年金利の誘導目標レンジである「ゼロ%程度」の解釈に幅を持たせ、例えば「0.3%」をゼロ%程度と見なす案も考えられるが、「程度」の解釈によって事実上の政策金利変更を繰り返すのは中央銀行の政策運営としてあまりにも曖昧でさすがに悪手だろう。
YCC導入初期段階において、「程度」の解釈はプラスマイナス0.1%であると説明されたが、その解釈は変更を繰り返し、現在のプラスマイナス0.25%となった経緯がある。また操作対象年限を10年金利としたまま誘導目標を「0.5%程度」などと具体的数値を盛り込むかと言えば、それもまた利上げと捉えられる恐れがあり難しい。やはり操作対象年限を5年へ短縮するのが最も無難な選択肢と言える。
5年YCCへの変更は、現時点で年末恒例の「2022年 大胆予想」の域を脱しないとはいえ、2021年前半との比較では現実味が幾分増している。日銀を動かす理由になり得るのは主に3つ。キーワードは「低金利の副作用」、「物価上昇」、「世界の潮流」である。
まず、従前から指摘されている副作用問題はYCC修正動機になりそうだ。2016年9月の導入から5年超が経過したYCCは、その景気刺激効果に疑問が投げかけられている半面、副作用は「累積的」に拡大しており制度疲労が指摘されている。日銀は副作用が長期におよぶことを認めており、金融システムレポート(半年ごとに公表)では「感染症の影響が収束したあとも、低金利環境と構造要因が、金融機関収益への下押し圧力として作用し続けると考えられる。そうしたもとで、金融仲介機能が停滞方向に向かうリスクや、逆に利回り追求行動などに起因し、金融システム面の脆弱性が高まる可能性がある点に、引き続き留意していく必要がある」と言及している。
新型コロナウイルス禍前から指摘されていた運用難は、国民の資産形成を阻むとの指摘があるほか、特定の投資家による過剰なリスクテイクを助長するとの懸念がある。また今後政府・日銀によるコロナ対策(資金繰り支援)の終了を見据え、銀行が自らのリスクで貸し出すプロパー融資の重要性が高まると予想される。
そうした中、低金利によって銀行収益が過度に圧迫された状態では貸出態度が厳格化する恐れがあり、最悪の場合、倒産や失業が増加しかねない。こうした副作用は累積的、すなわち時間の経過とともに増大することから、「点検」の必要性が増しているように思える。
携帯電話通信料引き下げの影響剥落による物価上昇に警戒
次に物価上昇であるが、これは曲者である。日銀が重視するコア消費者物価(生鮮食品を除く総合)はプラス0.1%であった(2021年10月分)。米国の消費者物価が6%を超えているのをよそに、相変わらず日本のデフレ体質を象徴する数字となっている。しかしながら、物価指標にある加工を施すと印象はガラリと変わる。それは2021年4月に実施された大手キャリアによる携帯電話通信料の引き下げの影響である。これを除いたベースでは10月が前年比プラス1.7%、さらに11月は、エネルギー価格の上昇加速と世界的なサプライチェーン問題に伴う財物価の上昇が相まって、前年比プラス2%を上回る可能性が高い。
秋以降の資源価格上昇と円安傾向に鑑みると、その後も輸入物価主導で高止まりする可能性は高く、2022年4月には携帯電話通信料の引き下げ影響が剥落(はくらく)し、公表値ベースの数値が跳ね上がる公算が大きい。また実質実効為替レートで見た為替が変動相場制移行後の最低水準で推移していることも重要だ。
黒田東彦総裁は、2015年6月に自らの発言が円高トレンドへの転換の一因となってしまったことに対する経験もあってか現在のところ円安に肯定的な見解を示しているが、YCCが過度な円安を招くとの指摘が増える可能性もあり、そうした姿勢が変化しても不思議ではない。一般的に内外金利差の拡大は円安要因であると理解されており、日銀も導入当初はそれを狙っていた節がある。操作対象年限を5年に短縮することは、金融緩和の手仕舞いと受け止められ、短期的に円安圧力の後退に繋がりそうだ。
こうした物価上昇率の高まりが日銀を動かす遠因となるかもしれない。本来、日銀が理想とすべき物価上昇は賃金上昇を起点とするもので、賃金と物価が相互刺激的に上昇する内生的インフレである。こうしたインフレメカニズムには持続性があり、それが実質賃金の上昇を伴ったものであれば、良いインフレと言える。それに対して今後予想されるのは輸入物価を起点とするもので、お世辞にも良質とは言いがたく、本来は金融緩和の手を緩める理由にはならない。
とはいえ、インフレ率上昇は例えその中身が「悪性」であったとしても、金融緩和の修正に向けた議論を盛り上げるのも事実。2006年の量的緩和解除、ゼロ金利解除はそうした「空気」のなかで実施された経緯がある。今回も似たような流れになる可能性はある。
世界的に金融緩和を手仕舞いする動きが広がる中、その流れに日銀が便乗する可能性も意識しておく必要はあるだろう。世界の潮流と言えば、FRB(米連邦準備理事会)が金融引き締めに向けての議論を加速させている。本稿執筆中の2021年12月上旬時点では南ア変異株の感染拡大に対する懸念から、やや金融政策の予見可能性は低下しているが、12月14 ~ 15日開催のFOMC(連邦公開市場委員会)においては量的緩和の段階的縮小、いわゆるテーパリングについてその加速が議論される公算が大きく、2022年に複数回の利上げがあるとの見方が支配的になっている。
既に金融引き締め方向へ転換した先進国中銀(オーストラリア、カナダ、韓国)もあり、主要中銀ではBOE(英イングランド銀行)やECB(欧州中央銀行)も着々と引き締め方向への地均しを始めている。主要中銀が金融引き締め方向へ向いている状況では、日銀の政策修正が為替市場で材料視されずに済むという利点もあり、こうした潮流に乗るかもしれない。
では日銀がYCCを修正するとしたら、その段取りはどうなるであろうか。筆者は、2021年3月の「点検」と概ね同様になると考えている。いずれかの時点で、金融政策の「点検」の実施を予告し、金融市場に政策変更の可能性を匂わせたうえで、観測気球(リーク記事)によって市場の反応を都度チェックする。満を持して発表される点検結果では、金融緩和の副作用が累積的に拡大した状況を踏まえ、操作対象年限を5年に変更した方が全体として望ましい効果が得られるといった見解を示すのではないか。
最後に、5年YCCへの変更は必ずしも「引き締め」を意味しないことに言及しておきたい。10年金利が日銀の支配から解放されることで、(超)長期金利の上昇圧力は強まり借入コストが増加するのは事実だが、副作用解消によるプラス効果(運用難解消)がそれを上回ることも考えられる。政策修正にあたって日銀は「YCCの修正は金融引き締めではない」ことを実証データを用いて示すだろうし、そうすべきである。