金利が高くなりすぎ、国外で発行できる状況ではない
アルゼンチン企業のほぼすべては、2021年を通して国外起債を想定していない。2018年第2四半期(4~6月)以来、金利が高くなりすぎ、国外で発行できるような状況ではないからだ。債券市場で資金調達を図るならば、ドルレートに連動したアルゼンチンペソ建て債券(ドルリンク債)がベストな選択肢だ。一方、アルゼンチン中央銀行(BCRA)は企業に対して、2021年12月31日までに償還を迎える国外発行債の最低60%を借り換えるよう引き続き求めている。
ここ数週間、石油ガス開発会社パン・アメリカン・エナジー(Pan American Energy=PAE)、国営エネルギー企業YPF、資源・エネルギー大手アルバネシ(Albanesi)などいくつかの企業は、市場の予想よりも低い利率でドルリンク債の発行にこぎつけた。
これら3社の状況はかなり異なっている。PAEは、英石油大手BPと中国海洋石油(CNOOC)のパートナーである。会社の評判も高く、サンホルヘ湾での石油開発事業から安定的な収益を得ていることから、アルゼンチンでは最も信用が高い企業の1つにランク付けられている。
YPFは過去2年赤字続きだったが、2021年上期に入って業績は改善し始めた。YPFは2021年1月に3月償還の4億1300万ドルの国外発行社債について保有者に新発のドルリンク債への乗り換えを提案した。保有者の要求に応じて条件を数回修正した結果、2月に60%の乗り換えがようやく実現に至った。
一番問題がありそうに見えるのはアルバネシである。電力購入契約に基づく複数の火力発電所建設プロジェクトの完成が何年も遅れている。それにもかかわらず、アルバネシはブエノスアイレス州エセイサ火力発電所の設備拡張資金として、既存債券よりも低い利率で1億3000万ドル相当の資金調達に成功した。
賦課方式年金制度を運営する国家社会保障機構が手を差し伸べる
これら3社によるドルリンク債発行の成功例は、アルゼンチン企業全体に対する予想外の信頼感の表れというわけではない。他の国内企業との違いは、背後で賦課方式年金制度を運営するアルゼンチン国家社会保障機構(ANSES)が手を差し伸べ、債券を購入したかどうかによるようだ。
YPFの3億8420万ドルのドルリンク債(償還2032年、利率5.75%)発行では、ANSESが管理するサステナビリティ保証基金(FGS)がアンカー投資家となった。PAEの2億6010万ドルのドルリンク債(償還2031年、利率5%)、アルバネシの償還が2026年と2029年ドルリンク債発行においても同様である。さらに、ANSESは、総額10億ドル相当に上る2021年社債購入計画の一環として、ヴィスタ・オイル・アンド・ガス(Vista Oil and Gas)と同じく石油・ガス会社CGCのプロジェクトに関連する社債への投資についても協議中である。
FGSは、キルチネル政権が2007年に労働者の6割が加入していた10の積立方式民間年金基金(AFJP)を国営化するために創設した。その結果、AFJPが保有していた資産の運用を引き継いだANSESは、テレコム・アルゼンチン、バンコ・マクロ、バンコ・ガリシア、YPFを含む45社の少数株主(保有比率1~27%)になった。
アルゼンチンペソの下落と、保有する社債・株式、政府・地方債の評価額が低下したため、FGSの資産価値は2015年の660億ドル相当から、マクリ政権末期の2019年12月には340億ドル相当まで減少した。ANSESによると、2021年6月には400億ドルまで戻している。
政権は年金マネーによる民間プロジェクト投資の再活性化を目指す
FGSは法律によってポートフォリオの5~50%を生産およびインフラ整備に関わる中長期プロジェクトに投資しなければならない。しかし、ANSESはアルゼンチンが経済危機に直面するたびに、政府・地方債の重要な買い手となっている。そのため、例えば2019年にはFGSのポートフォリオに占める政府・地方債の割合が72%以上になり、生産関連プロジェクト投資はわずか2%にとどまった。
フェルナンデス現政権は、ANSESによる民間プロジェクト向け投資の再活性化を目指している。ANSESと発行体企業との協議動向に詳しい関係筋は「長期的プロジェクト関連のドルリンク社債は短期資産より利率が高いので利益獲得のチャンス」とコメントした。
ANSESの2021年投資計画は、石油・ガス関連事業に集中している。前述の関係筋は「(ANSESと)企業との交渉には、国家エネルギー事務局がプロジェクトのサステナビリティを保証するパートナーとして参加している」と語った。
フェルナンデス政権は、民間部門への投資拡大を続ける方針だ。ただし、FGSの場合、ポートフォリオに占める国債の比重が大きいため民間投資の余地は限定的だ。民間投資資金を増やしたくても、「アルゼンチンの政府・地方債への需要が回復しない限り、それらを市場で売却するのは難しい」(同関係筋)。
国によるエネルギー分野の戦略的プロジェクトへの投資は、国とANSESの双方にメリットをもたらす。国はエネルギー輸入の削減につながるインフラ整備を促進し、ANSESは保有資産の価値を維持できる。
しかし、こうした動きについて懐疑的な見方もある。ANSESが民間向け投資で重要な役割を果たしているということは、市場ではアルゼンチン資産に対して信頼がないことの裏返しでもある。新たに経済危機に陥り、関連プロジェクトが行き詰まれば企業は投資縮小を余儀なくされ、国の年金制度自体がリスクに晒されることになる。
セバスチャン・ラクンサ(Sebastian Lacunza)
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