ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ ファクターの相関に着目した株式投資戦略で、下値を抑制した年金運用を「第1回ジャパン・ペンション・オンラインコンファレンス」講演
2019年度終盤から2020年度にかけて新型コロナ感染拡大を受けて資産運用市場は大きく動揺し、今年度の年金資産運用はきわめて難しい舵取りを余儀なくされてきた。
しかしながら2020年度も後半に差し掛かり、年金基金にとっても今年度の残り、そして2021年度以降に向けて運用方針を再考すべき時期に来ているのではないだろうか。
こうした問題意識の下、2020年10月7日(水)にエディト主催、マーケットメーカーズ主管で、年金基金などの機関投資家向けに、「年金基金資産運用の方策を探る」と題したコンファレンスが開催された。
この中でステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズが主に株式投資のあり方について行った2つの講演内容をご紹介する。
これからの株式投資をどう考えるべきか~コロナ相場を超えて
講演者:横谷 宏史
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ株式会社
運用部 マネージング・ディレクター
「回復期待」を織り込む株式市場
コロナショック下で株式市場は大きく下落したが、2020年4月以降回復傾向が続き、夏場にはコロナショック前の水準をほぼ取り戻した。その回復スピードはITバブル崩壊(2000年)やリーマンショック(2008年)等の過去の株式市場危機と比較して異例の早さだ。その背景は、コロナショックが発生したのがちょうどシリコンサイクルと呼ばれる半導体市況の景気サイクルが底打ちし、世界的に景況感が好転し始めた「回復の初期局面」であったこと、そして各国の大胆な金融/財政政策が奏功したことだ。コロナショックは実体経済に大きな打撃を与えたが、迅速かつ大胆な政策発動により金融危機が食い止められたため、ショックさえ和らげば比較的早期に経済回復が展望できるとの期待が醸成された。ただし今のところ市場回復を支えているのは、経済や企業収益の「回復」ではなくあくまでも「回復期待」だ。株価収益率(PER)の水準を見ると、足下の株価は2020年の収益見通しでは正当化できず、2021年~2022年にかけての企業収益のV字回復を先取りして織り込んでいる。
当面の株式市場を見る上で留意したいテーマとしては、米国大統領選、米中関係の行方、そして夏場の相場上昇を牽引したハイテク株などいわゆる「with コロナ」を挙げておきたい。今後の株式市場は、金融/財政政策のサポートの下、景気循環のサイクルから考えて基本的には楽観的に見てよいと考えるが、これらのマクロテーマによって相場のトレンドが変化してしまうリスクには十分注意したい。
「低ボラティリティ」「クオリティ」の特性の違い
この見通しを前提に、当面の株式投資においては、基本的に株式投資のエクスポージャーを維持して株式リターンの恩恵を受けつつ、下方リスクに備えることが重要だ。
特にマクロテーマに注意が必要であることを考えれば、個別銘柄選択ではなく、相場観に合わせたファクター投資を活用して下方リスクを抑制したい。
ファクター投資は、「グロース」、「バリュー」、「小型」、「エマージング」といった超過収益追求型のものと「低ボラティリティ」、「クオリティ」といった下値抑制型のものがよく知られている。
図表1は各ファクターのパフォーマンス特性を示したものだ。例えば「小型」や「エマージング」は相対的にリスクが高い一方で相場の上昇局面でリターンが高まる傾向がある。下値抑制型のファクターでは、「低ボラティリティ」は市場全体に対してそれなりにリスクをとることできわめて強い下値抑制効果を持つ一方、「クオリティ」は下値抑制効果に加えて上昇相場でも市場を上回るリターンを上げていることが分かる。
【図表1】ファクター投資のパフォーマンス特性
超過収益追求型のファクター指数が歪みを示唆
次に図表2は各ファクターの過去水準に対する割高/割安を相対的に見たものである。超過収益追求型のファクターで「グロース」の割高、「バリュー」の割安が目立つ一方、下値抑制型では割高割安感があまり目立たない。
【図表2】ファクター指数の水準感
このように、超過収益追求型のファクターは足下でバリュエーションが歪んでいる可能性があり、積極的に活用することはあまりお勧めできない。超過収益戦略はファクターではなく個別銘柄選択が有効といえそうだ。
一方で下値抑制にはファクター投資を積極的に活用したい。特にメインシナリオが楽観、つまり株価上昇を期待できる局面では、「低ボラティリティ」に加えて上昇相場にもある程度対応できる「クオリティ」を上手に活用するべきだろう。具体的なファクター投資戦略については以下のセッションで詳しく触れることとする。
市場転換期におけるファクター投資戦略
講演者:清水 英彦
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ株式会社
株式ポートフォリオ・ストラテジスト
マルチ・ファクターによる低リスク株式投資
株式投資における低リスク戦略として代表的なものとして最小分散(Minimum Volatility:MV)戦略が挙げられる。MV戦略はポートフォリオの総リスクを抑制することで高い下値抑制効果が期待できる一方、その低ベータ特性から株価上昇局面では時価総額指数に劣後しがちである。図表1はMSCI World最小分散指数のMSCI Worldに対する超過リターンをMSCI Worldの上昇月と下落月について示したものだが、下落月では16%程度MSCI Worldをアウトパフォームしている一方、上昇月では同程度アンダーパフォームしており、上昇局面での市場追随度の弱さが顕著である。
株式投資ではバリュー、サイズ、モメンタム、低ボラティリティ、クオリティなどのファクターが代表的だが、景気サイクルにおける有効性から一般に前者の3ファクターは景気循環的、後者の2ファクターはディフェンシブなファクターとして分類される。MV戦略は低ボラティリティファクターに対するシングル・ファクター投資と考えることができるが、本講演ではこれをディフェンシブなクオリティと低ボラティリティのマルチ・ファクターに拡張した投資戦略を紹介する。
【図表1】MSCI World最小分散指数の平均超過リターン
クオリティと低ボラティリティ投資のルーツと特性
クオリティと低ボラティリティファクターはバリューやサイズなどの古典的なファクターと比べると、比較的新しいファクター群に分類されることが多いが、株式投資における実践という意味でのルーツは古く、「バリュー投資の父」として有名なベンジャミン・グレアムは、投資家はPER(株価収益率)のようなバリュエーションに加えて、(持続的な収益力を持った)質の高い企業を見つけ出すべきと説いている1。また、グレアムの投資哲学を継承しているウォーレン・バフェットの投資リターンについて、バリューに加えて、低ボラティリティとクオリティもその源泉となっているという報告もある2。
リスク・リターンや相関の観点でもこれらのファクターへの投資の有効性が確認できる。図表2はMSCI Worldのファクター指数の年率リターンをリスク(標準偏差)で割った投資効率性を示したものだが、長期的に見て低ボラティリティとクオリティ指数の高い投資効率性(それぞれ0.72、0.66)が確認できる。また図表3は各ファクターの相関を示したものだが、クオリティと低ボラティリティの相関は低く(0.33)、これは同じ低リスクファクターでもクオリティは企業のファンダメンタルズ、低ボラティリティは株価リターンと異なる側面に着目していることに起因していると考えられる。またクオリティファクターには収益性に関する指標が含まれている3ことから、グロースファクターと緩やかな正相関(0.46)を持っており、ディフェンシブなファクター間における分散だけでなく、グロースサイドとのファクター分散効果も期待できると考えられる。
【図表2】各ファクター指数のリターン・リスク比率
【図表3】ファクター相関
1 Benjamin Graham, “The Intelligent Investor”, HarperCollins (1949)
2 Andrea Frazzini, David Kabiller and Lasse Heje Pedersen, “Buffett’s Alpha”, Financial Analysts Journal (2018)
3 一般にクオリティファクターの指標として、収益性を示す総資産利益率(ROA)や自己資本利益率(ROE)、資本構成(財務レバレッジ)、利益の安定性などが用いられる。
クオリティと低ボラティリティファクターを組み合わせた株式投資戦略
SSGAではクオリティと低ボラティリティファクターを組み合わせた株式投資戦略を本邦投資家に2015年より提供している。戦略の概要としては、MSCI Kokusaiをベンチマークとして、クオリティが高く、ボラティリティが低い銘柄群にポートフォリオを傾斜させることで、中長期的にベンチマークに対して総リスクを1割程度削減しながら、年率0.5~1.0%程度の超過収益率を目指すものだ。
当戦略の代表口座の運用実績を図表4に示した。特筆すべき点として、①過去3年、5年など中期的にベンチマークを安定的にアウトパフォームしていること、②MV戦略がベンチマークを大幅に劣後している過去1年の上昇局面でもベンチマークに良く追随していること、③コロナショックを経た年初来でもベンチマークを上回っていることなどが挙げられる。図表5は設定来の運用実績を示したものだが、リターンでベンチマークを1%程度上回る一方、ポートフォリオの総リスクを1割程度削減することで、リターン/リスク比は0.45とMV戦略(0.50)と比べてもそん色ない実績を上げている4。
【図表4】高クオリティ・低ボラティリティ戦略の運用実績(代表口座)
【図表5】高クオリティ・低ボラティリティ戦略の設定来の運用実績(代表口座)
4 より長期間についてバックテスト・シミュレーションした結果でも概ね同様なリターン・リスク特性が確認できている。
まとめ
本講演ではクオリティと低ボラティリティファクターにフォーカスした株式投資戦略について紹介した。MV戦略は高い下値抑制効果を持つ一方、市場または政策ベンチマークに対する高いトラッキング・エラーや上昇局面での劣後はそのデメリットとして挙げられる。またMV戦略は一般にベンチマークに対して2~3割程度、総リスクを削減することから比較的ドラスティックな低リスク戦略と考えることができる。本講演で紹介した戦略の総リスクの削減度は1割程度とMV戦略と比べてモデレートであり、ベンチマークに対するトラッキング・エラーも抑制された戦略である5。また、超過収益の獲得も目指すことから、リスクだけでなくリターンにも目配りしたバランスの良い低リスク戦略と言え、低リスク株式投資を考える上で一つの選択肢となるものと考えている。
5 代表口座の設定来(2015年7月~2020年9月)の運用実績でベンチマーク(MSCI Kokusai)に対する実績トラッキング・エラーは2.92%だった。
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ
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