役所だけでなく、マスコミ、政治家、多くの国民の共同責任

道盛 大志郎
大和総研
専務理事
道盛 大志郎

あまのじゃくの骨頂みたいだが、区役所から特別定額給付金の申請書類が届いたその日に、オンラインで申請してみることとした。ワイドショーや新聞で、賑々(にぎにぎ)しく(?)取り上げられていたからだ。

実際に取りかかってみると、自分の名前や生年月日は既に入力済みであり、自分で埋めるのは電話番号と銀行の口座情報、受け取りを希望する家族の名前くらいだ。送られてきた申請書類と比べると、家族の名前が既に印字されていて受け取りを希望しない人だけチェックするか、自分で名前を入力しなければならないか、程度の違いでしかない。

その際、もちろん間違いも起こり得よう。それを職員2人の読み合わせでチェックしたりするから、大変な手間になってしまう。しかし、申請データと住民基本台帳のデータを自動的に突合するソフトを作っておいてさえいれば、そんなことは何の問題にもならなかった。単に準備が足りなかっただけのことだ。

同じような準備不足は、利用者側にもシステム側にも、そこかしこに見つけることができる。肝心のパスワードを間違えた人がいて、役所に行列をなした。幸運だった私だって、「署名用電子証明書用暗証番号」と「券面事項入力補助用暗証番号」の入力を求められた際は緊張したし、2度誤入力した時は一巻の終わりを観念した。

もしシステム上、家族の氏名を自動入力してくれていたら、もっと便利にできただろう。しかし、マイナンバーには本人情報しか紐(ひも)づけられていない。諸外国のように、銀行の口座がマイナンバーと紐づけられていれば、入力どころか申請する必要も(?)なく、即座に入金を済ませられただろう。

税務情報や種々の社会保障給付のデータを活用できたら、真に困った人に集中して給付することも相当容易になったはずだ。国民全員10万円の特別定額給付金には賛否あろうが、何度も繰り返して良いこととは到底思えない。

いざというときに、数々の準備不足を露呈した責任は、一義的にはもちろん、それをすべきだった役所側にある。しかし、より根本的には、プライバシー侵害を理由に十把ひとからげに議論を拒否してきた多くのマスコミ・政治家と、活用を忌避してきた多くの国民が招いた共同責任でもある。

マイナンバーなど、ITを有効活用する仕組みを日常に

そもそも今の制度では、マイナンバーの活用は社会保障、税、災害の3分野に限定され、しかも法律で厳密に規定された特定の手続きにしか使えない。だから今回の種々の支援に、マイナンバーは一切利用できなかった。特別定額給付金で使われたのは、マイナンバーではなく、「マイナンバーカードを使って、本人確認をする」入り口の仕組みの部分だけなのだ。

また、マイナンバーを活用できたとしても、情報は徹底的に分散管理され、担当の役所でばらばらに保管されている。厳密に法定された特定の手続きに関してのみ、役所間で照会・提供し合うことが可能となるが、それ以外は一切アクセスできない。

プライバシー保護は当然だ。だから、いかにも使いにくい仕組みとして、マイナンバーとその周辺の制度は設計されてきた。ただ、それを前提にするとしても、いざというときに役立つような工夫を考えるべきではないか。どのような行政にどこまでの情報獲得を許容して、他の行政分野からどこまでのアクセスを許すのか。それをマイナンバー本体と周辺の仕組みのいずれで実現するのか。国民の利便性とのバランスを考えて整理する必要があろう。

隣の芝生は青く見えるという。どこかの国でうまく事が運んだとすれば、それが日常の延長になっていたからだ。毎年の税金や社会保障の手続きの際に、個人番号とそれに紐づけられた銀行口座を意識して利用してきた。それを怠っておいて、突然上手にデジタルでうまくやれと言われても虫が良すぎる要求だろう。

リーマン・ショック、東日本大震災、コロナショックと、100年に一度の災難に次々と国民は襲われている。それらに効率的に対処するためにも、普段から、デジタル、IT(情報技術)を有効に活用する仕組みを日常にしておかなければならない、と思う。