村越 彩乃

村越 彩乃
三菱UFJ信託銀行
サステナブルインベストメント部
企画推進G

2023年、三菱UFJ信託銀行入社。サステナブル投資に関する情報開示等の企画業務に従事。

Ⅰ.はじめに

気候変動の影響は深刻である。我々の普段の生活の中でも、気候変動の影響を実感する場面が年々増えて来ていると感じる。例えば「令和の米騒動」といわれる最近の米価高騰の一因として、猛暑による高温障害がある※1ことはご存じの通りだ。こうした地球温暖化を抑えるためには、全世界が一丸となって気候変動対策を進める必要がある。気候変動対策においては、地球温暖化の原因であるCO2をはじめとする「温室効果ガス(Green House Gas、以下GHG)排出量」の削減が重要とされ、国・地域・企業等においてGHG削減に向けた様々な取り組みが行われている。GHG排出量が多い企業においては、自身が排出量削減を行うことが主となる。その一方で、直接的なGHG排出量が少なくても、企業への投融資を通じて間接的に多くのGHG排出に関与している金融機関においては、高排出企業に対して排出削減を促すことが重要であり、その取り組みへの注目も高まっている。

こうした金融機関による気候変動対策への取り組み状況は「ファイナンスド・エミッション(Financed Emission、以下FE)」という指標を通じて測ることができる。本稿では、金融機関にとり重要な指標であるFEについて解説する。簡単に言うとFEとは、金融機関が投融資等によって間接的に寄与しているGHG排出量を示す指標である。これは、投融資先企業のGHG排出量のうち、その投融資持分(投融資額÷投融資先の資金調達総額)相当だけ、各金融機関がFEとして認識し計上する必要があるとの考えに基づき算出される。

FEはこれまで、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」等の開示の枠組みを通じて金融機関が自主的に開示を行ってきた。しかし、2025年3月にサステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan、以下SSBJ)より我が国初のサステナビリティ開示基準が公表され※2、今後多くの金融機関は有価証券報告書にFEを開示することが義務化されることとなった。こうした動きをうけ、金融機関ではますますFE算出への対応が求められる。

また、近年、日本政府は、日本の脱炭素化において、トランジション・ファイナンスの重要性に言及している※3。トランジション・ファイナンスとは、GHG排出量が多い産業の脱炭素化へ向けた移行(トランジション)を促すための、そうした産業や技術への資金供給である※4。日本政府主導でトランジション・ファイナンスの枠組みが整備されているが、その中でFEの課題が言及されている。

そこで本稿では、まずⅡ章でFEとその意義について述べる。Ⅲ章では、FEの算出方法について触れる。Ⅳ章では日本政府が指摘するトランジション・ファイナンスにおけるFEの課題について触れ、その解決策を検討する。

Ⅱ.ファイナンスド・エミッション(FE)とは

1. ファイナンスド・エミッション(FE)とは何か

FEとは、「投融資先企業によるGHG排出量の投融資持分」と表現できる。つまり各金融機関自身が排出したGHG排出量を示すものではなく、投融資先企業が排出したGHG排出量のうち、自身が行った投融資により間接的に寄与した、各金融機関側で計上する必要があるGHG排出量、という意味になる。
算出式については以下(1)式の通りで、投融資先のGHG排出量に、金融機関の投融資持分を掛け合わせることで計算される※5。式中のiは各投融資先を示す。

2. ファイナンスド・エミッション(FE)の意義

前述の通り、深刻な地球温暖化を防ぐためには、全世界が一丸となって気候変動対策を進める必要があり、GHG排出量の削減はその大きな手段となる。多くの企業にGHG排出量削減の行動を広く促すためには、企業への資金提供を主な業務とする金融機関が、影響力の発揮という観点で重要な役割を担っていると言える。

例えば、金融機関がGHG排出量の多いセクターへの資金供給を段階的に縮小する方針を打ち出した場合、こうしたセクターにとってはGHG排出量削減のインセンティブが生まれることとなる。また資産運用会社が、議決権行使にあたり、気候変動対策に消極的な経営者の再任に反対する方針を打ち出し、投融資先企業と対話(エンゲージメント)を行うことで脱炭素化の取り組みを促す、といったことも可能である。

また、気候変動は、投融資先の中長期的な企業価値に大きな影響を与えるとも考えられる。

つまり、金融機関にとって、投融資先企業のGHG排出量とその変動を把握することは、自身の財務リスク(投融資企業の市場価値変動リスク)を抑制するという点でも重要となる。この時FEが、投融資先企業のGHG排出量や削減状況、つまり、気候変動が金融機関に与え得る影響を“見える化”できる指標となる。したがって、金融機関としては、単に算出・開示するだけではなく、そこから得られる情報をいかに分析し、有意義に活用するかが問われるものとなっている。これらがFE算出の意義である。

今後SSBJ基準によって各金融機関が有価証券報告書にFEを開示することが義務化されることになるが、それは気候変動による環境の変化が金融機関自身のビジネスそのものに大きな影響を与えると考えられているからである。
具体的に、どの様な切り口でFEを分析し、ビジネスリスクを低減させるとともに、脱炭素社会実現を目指すのかについては後段で詳述する。

Ⅲ.ファイナンスド・エミッション(FE)の算出方法

前章では簡単にFEの算出方法について述べたが、本章では代表的な算出方法として、PCAFスタンダードについて解説する。

1. PCAFとは

PCAF (Partnership for Carbon Accounting Financials)とは、FEを評価し、開示するためのアプローチを開発するために設立された、金融機関の国際的なパートナーシップである。2015年に14のオランダの金融機関がASN銀行の主導の下に設立し、2018年には北米、2019年にはグローバルへ拡大した組織だ※6。2025年6月18日現在では、日本の金融機関を含む613社が加盟し、総金融資産は103.6兆ドルとなっている※7

Ⅰ章で、SSBJによりサステナビリティ基準が公表されたと述べたが、サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」においては、FEを「GHGプロトコル(2004年)」に基づき、算出しなければならないと定めている※8。PCAFスタンダード(第1版)はそのGHGプロトコル※9からレビューを受けており、承認されている※10。こうした背景からも、PCAFスタンダードを利用してFEを算出する金融機関は今後増えると予想される。

※6 PCAF (外部リンク)

※7 PCAF (2025年6月18日時点 外部リンク)

※8 サステナビリティ基準委員会『サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」』(外部リンク・pdf)

※9 温室効果ガス(GHG)排出量の計測方法に関する国際的な基準。

※10 PCAF (外部リンク)

2. PCAFスタンダードにおけるFEの算出方法とは

PCAFスタンダードでは、以下7つのアセットクラス毎に算出方法を定めている※11

・ 上場株式、社債
・ ビジネスローン、非上場株式
・ プロジェクトファイナンス
・ 商業用不動産
・ 住宅ローン
・ 自動車ローン
・ ソブリン債

詳細な定義は後述するが、簡易的なアセットクラスの選択方法を図表1に記載した。

図表1:アセットクラスの選択方法
図表1:アセットクラスの選択方法
出所:PCAF ”The Global GHG Accounting and Reporting Standard Part A: Financed Emissions. Second Edition”より三菱UFJ信託銀行作成

どのアセットクラスにおいても基本的な考え方は共通しており、「投融資先のGHG排出量に投融資持分を乗算する方法」で、以下の(2)式をベースに算出され、その際に使用する数値はアセットクラスそれぞれに定義される。Ⅱ章―1.でも簡単に説明したが、投融資先の年間GHG排出量のうち、金融機関に割り当てられる割合 (投融資持分)をアトリビューション・ファクターと定義し、それを投融資先の排出量に乗算し算出される。

アセットクラス毎にどのようなデータを使用するかの定義について図表2にまとめる。

図表2:アセットクラス別の算出方法
図表2:アセットクラス別の算出方法
※12 EVICは会計年度末の普通および優先株式の時価総額、有利子負債と非支配株主持分の簿価の合計で、現金または現金同等物は控除しない。
出所:PCAF ”The Global GHG Accounting and Reporting Standard Part A: Financed Emissions. Second Edition”、環境省「金融機関向けポートフォリオ・カーボン分析を起点とした脱炭素化実践ガイダンス」より三菱UFJ信託銀行作成)

ここでは7つのアセットクラスのうち、資産運用会社など金融機関にとって多くのエクスポージャーを持つ「上場株式・社債」と「ソブリン債」について詳述する。

① 上場株式・社債

このアセットクラスでも、FE算出の考え方は、投融資先企業のGHG排出量に、金融機関の投融資持分(投融資額÷投融資先の資金調達総額)を掛け合わせることである。

上場株式を例に挙げると、FEの算出式は以下(3)式のようになる。式中のcは投融資先企業を表す。

例えば、EVICが100、上場株式の投資残高が10、排出量が1,000万tCO2e※13のA社に対する金融機関のFEは、10/100×1,000万tCO2e=100万tCO2eとなる。複数企業に投資している場合、各企業に対するFEを合算したものが金融機関のFEとなる。

このアセットクラスは、企業のバランスシート上にあるすべての上場株式及び上場企業の社債が対象であり、資金使途が特定されていないすべての社債、普通株式、優先株式等が含まれる。ファンドへの投資といった間接的な投資で上記のアセットクラスを含む場合も同様の方法を使用する。グリーンボンド・ソブリン債・デリバディブ金融商品や短期および長期ポジション、またはIPOのような特別な引き受けケースはこのアセットクラスの対象外で、短期保有や売買目的での保有資産も対象外となる。

算出上のポイントとなるのは、投融資先企業のGHG排出量をどう把握するかである。投融資先企業自身が統合報告書等で開示している場合は、そのデータを使用することができる。しかし、開示していない場合には、データベンダーの推計値の収集や、投融資先企業の売上データ等を用いた金融機関自身の推計等が必要になる。

※13 GHG排出量の気候変動への影響度の大きさを表す単位。eは「equivalent(同等の)」の略称。メタンやCO2等の温室効果ガスはそれぞれ気候変動に与える影響度が異なるが、それをCO2の影響度に統一して換算し、算出したもの。

② ソブリン債

このアセットクラスでも考え方は、上述の上場株式・社債と共通しているが、異なる点は、投融資持分を算出する際の分母について、(上場株式・社債のような)資金調達総額ではなく、GDPを使用することである。

ソブリン債のFEの算出式は以下(4)式となる。式中のsはソブリン債務者を示す。

例えばGDPが10,000、排出量が1,000万tCO2eのA国のソブリン債を10保有している場合 、FEは10/10,000×1,000万tCO2e=1万tCO2eとなる。

このアセットクラスには国内通貨または外国通貨で発行されたすべての満期の国債およびソブリン・ローンが含まれる。留意すべき対象外の資産として中央銀行への投資が挙げられている。また地方政府や自治体についてはデータの利用可能性が低いことからこれらも含まれていないとする。

ソブリン債のFE算出では「国の排出量」がベースとなる。「企業の排出量」がベースとなる上場株式・社債に比べて、算出のための範囲も規模も圧倒的に大きく複雑で、その算出方法には未だ議論の余地があると言える。

以下で、投融資持分を算出する際の分母になぜGDPを使用するのか、国のGHG排出量はどのような範囲なのか、について触れる。

まずは分母に使用するGDP(正確には購買力平価調整後GDP)についてだが、企業の場合を同じように考えた場合、分母は当該国の債務全額になるのが自然と思える。しかし国家の資金調達は、債務による調達ではなく税収で賄うことが基本であり、企業と同じように考えるのは難しい。言い換えると、債務を分母として使用すると実態を表さないとも言える。そこでPCAFは、国のGHG排出量はその国における生産活動によって生じるものとの考え方から、分母にはGDPを使用する方が良いとしている。

次に当該国のGHG排出量についてだが、その算出範囲についてPCAFの生産排出量と消費排出量という2つの定義を図表3に紹介している。消費排出量は生産排出量より広い範囲を当該国の排出量とみなすものである。例えばA国がB国で生産されたエネルギーを使用している場合、そのエネルギーをA国で利用することに伴うGHG排出量はA国の排出量となる。PCAFは生産排出量を使用したFEの開示は必須とし、より広い範囲を示す消費排出量は任意としている。

図表3:生産排出量と消費排出量の定義
図表3:生産排出量と消費排出量の定義
出所:PCAF ”The Global GHG Accounting and Reporting Standard Part A: Financed Emissions. Second Edition”より三菱UFJ信託銀行作成

PCAFでは上述の算出式に使用するデータに関する課題以外にもいくつか論点を提示しており、一部紹介する。それは二重計上の問題である。ソブリン債のFE算出においては2つの観点で二重計上に留意しなければならない。1つ目は、例えば、金融機関がA国とA国内の企業等に投融資している場合には、A国の排出量にA国内の企業等の排出量は含まれているため、二重計上になってしまうという問題である。そのため、金融機関がFEを開示する際にはアセットクラス毎に開示することが望ましいとされる。例えば金融機関がA国のソブリン債とA国に所在するB社の上場株式を保有している場合、ソブリン債と上場株式のFEは合算せずに、アセットクラス毎に開示するということだ。また2つ目として、消費排出量の場合には他の国の排出量を二重で計上されることがあり得る。例えばA国とB国のソブリン債に投資しており、A国の排出量にB国からの輸入に係る排出量が含まれている場合が該当する※14。このような場合に金融機関がその二重計上の部分を排除することは難しいため、二重計上がされていることを前提に算出すべきであるとしている。

※14 金子康則「ファイナンスド・エミッション 金融機関のためのGHG排出量開示とPCAF基準」(第1版)中央経済社

3. PCAFによるパブリックコンサルテーションについて

ここまで、PCAFスタンダードにおけるFEの算出メソドロジーについて述べた。先述の通り、PCAFスタンダードはアセットクラス毎にメソドロジーを開発しているが、現状すべてのアセットクラスについて開発されているわけではなく、順次、対象を拡大すべく開発が進められている。2024年11月、PCAFは新しいアセットクラスのメソドロジーを開発し、そのパブリックコンサルテーションを開始した※15。新たなメソドロジーのうち、特に資金使途特定型のメソドロジーに着目する。PCAF上、資金使途特定型の構造はUoP(Use of proceeds accounting:資金使途特定の会計)構造と呼ばれている。

このUoP構造を活用し、金融機関による資金使途特定型事業への資金提供分の排出量は、その事業の投融資持分とその事業から発生する排出量を乗じることで計算される。

例えば金融機関A社がB社のグリーンボンドへ投資した場合、①グリーンボンドの資金提供先であるC事業が、そのC事業に係る資金調達全体のうち、当該グリーンボンド経由で調達している資金の割合(C事業のグリーンボンドによる資金調達額÷C事業全体の資金調達総額)と、②グリーンボンドにおける金融機関の投融資持分(金融機関A社のグリーンボンドへの投融資額÷B社のグリーンボンドによる資金調達額総額)を算出することによって、金融機関が資金供給した事業における投融資持分が算出できる、という考え方だ。

Eの算出式は以下(5)式のようになる。

基礎資産のアトリビューション・ファクターは該当するアセットクラスの算出方法に従って計算されることになる。つまり、基礎資産がプロジェクトファイナンスの資産クラスであれば、プロジェクトファイナンスの資産クラスに従い計算されることになる。

先程の例で具体的な数字を用いて当てはめると、金融機関A社がB社のグリーンボンドに投資しており、グリーンボンドによる資金調達総額が100、そのうちA社の保有額が10とする。グリーンボンドは全額再生可能エネルギー事業(先程のC事業にあたる)に割り当てられており、その再生可能エネルギーに伴って発生する排出量が1,000tCO2e、再生可能エネルギーの事業に係る資金調達総額(総株式価値+債務)が50、グリーンボンドからその事業へ拠出される金額が5であるとする。この場合は、基礎資産であるグリーンボンドのFEは5/50×1,000tCO2e=100tCO2eとなり、金融機関A社のFEは10/100×100tCO2e=10tCO2eとなる。

算出式が示す通り、金融機関が保有している対象アセットがグリーンボンドのように排出量が小さい事業へ特定して投融資する場合は、このような資金使途特定型のアセットクラスのFEは資金使途未特定型と比較すると、小さくなる。これは金融機関にとってはグリーンボンドのような資金使途特定型のアセットクラスへ投融資することのインセンティブとなる。

4. ファイナンスド・エミッション(FE)の分析方法

前章ではFEは金融機関による気候変動対応への取り組み状況を理解するための指標として重要であると述べた。それでは実際にFEを算出すると、どのような観点で分析することが可能なのだろうか。例えば、前出の上場株式の算出式(3)式を元に検討する。

FEが前年度の数値から変動していた場合、上記の算出式を構成している要素が変動したということである。例えばFEが増加した場合、①投融資残高が増加した、②投資銘柄を排出量が小さい企業から大きい企業へ入れ替えた、③投融資先企業の排出量そのものが増加した、等が原因として考えられる。図表4で分析の切り口の例をいくつか列挙した。

図表4:ファイナンスド・エミッションの分析切り口例
図表4:ファイナンスド・エミッションの分析切り口例
出所:Zoltán Nagy, Guido Giese, and Xinxin Wang , ”A Framework for Attributing Changes in Portfolio Carbon Footprint” The Journal of Portfolio Management, vol.49, no.8(August 2023)より三菱UFJ信託銀行作成

それでは、金融機関はFEを分析した結果、どのようなアクションをとると考えられるだろうか。FEは、自社が直接排出するGHG排出量ではなく、投融資先のGHG排出量を表すため、金融機関によるFEの削減行動を単純化すると、以下3つに分けることができる。

① GHG排出量が多い企業への投融資を削減・廃止(ダイベストメント)
② GHG排出量が多い企業から、少ない企業へ投融資先の入替え
③ 投融資先企業との対話を通じて、GHG排出量の削減を図る

このうち①の行動は、金融機関のFEを短期的に減少させる効果があるものの、GHG排出量が多い企業自身の変革を推し進めることにはならないため、実体経済の脱炭素化へは貢献していないといえる※16。金融機関はFEの短期的な削減に過度に注力せず、中長期的な目線での投融資先企業の脱炭素化、ひいては実体経済全体の脱炭素化を目指して取り組みを進めることが求められ、その観点では特に上記③が重要であると言える。

Ⅳ.ファイナンスド・エミッションの課題

金融機関が投融資先企業の脱炭素化支援、ひいては実体経済の脱炭素化を目指して具体的なアクションに移そうとしたとき、ある課題に直面する可能性がある。それは将来的な脱炭素へ貢献するような資金供給であっても、現状はGHG排出量の多い企業への投融資額が増加することにより、FEが増加してしまう、という事態に陥ることだ。こうした事態は金融機関がトランジション・ファイナンスを実施した際に発生する可能性がある。

1. トランジション・ファイナンスとは

トランジション・ファイナンスとは、GHG排出量が多い産業の脱炭素化へ向けた移行(トランジション)を促すために、そうした産業や技術への資金供給を行うことである。脱炭素化を推進していくにあたっては、再生エネルギーのようないわゆるグリーンな産業への資金供給だけではなく、一足飛びに脱炭素化が困難な産業(図表5)への資金供給も必要である、という考え方から生まれた手法である※17。日本においても2021年に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本方針」を策定する等、トランジションの概念形成やトランジション・ファイナンスの推進のための施策が実施されている。

図表5:脱炭素化社会へのトランジション
図表5:脱炭素化社会へのトランジション
出所:経済産業省

2. トランジション・ファイナンスにおけるファイナンスド・エミッション(FE)の課題

日本においてトランジション・ファイナンスを促進するための環境整備の一環として、FEの算出において金融機関のトランジション・ファイナンスの取り組みを評価する枠組みが必要であると言及されている※18。トランジション・ファイナンスを促進するにあたって、FEが課題となる理由は、FEが将来的な予測を含んだ指標ではない点である。例えば図表6で示されている通り、将来的に脱炭素化する技術や産業の投融資先企業へ投資しても、一時的には金融機関のFEは増加してしまう。トランジション・ファイナンスの結果として、将来的に脱炭素化が実現した場合にはその金融機関のFEが減少する場合がある。しかし、金融機関自身もFEの削減目標を掲げているため、短期的なFEの増加が許容できず、その結果、高排出企業への投融資を控えるという行動を助長してしまうこととなる。

図表6:トランジション・ファイナンスにおけるファイナンスド・エミッションの課題
図表6:トランジション・ファイナンスにおける
ファイナンスド・エミッションの課題
出所:経済産業省

また、社会全体の排出量を削減する取り組みを行っている企業に投融資する場合でも、金融機関のFEは基本的には増加してしまう。社会全体の排出量を削減するための取り組みを行う企業への資金供給にも拘らず、なぜFEは増加してしまうのか。

例えば、エアコンを製造するメーカーA社とB社があり、B社がA社よりもGHG排出量の少ないエアコンを開発したとする。B社のエアコンが普及し、A社のエアコンに取って替わるようになると、社会全体のGHG排出量は減少する(図表7参照)※19。この場合、B社はエアコンが多く売れるようになり生産量も増加した結果、B社自身のGHG排出量は増加することになるが、B社の取り組みは社会全体のGHG排出量削減に貢献するものであると評価される。一方でB社に投融資している金融機関の視点でみると、FEの算出においては、B社の取り組みが社会全体のGHG排出量減少に貢献したことは織り込まれず、B社のGHG排出量の増加が単純にFEの増加となって表れることになる。本来であれば、B社のような、社会全体のGHG排出量削減に寄与する企業に資金供給を行うことは促進されるべきであるが、FE自体は増加してしまうため、金融機関にはマイナスのインセンティブが発生してしまうことになる。

図表7:社会全体の排出量削減のイメージ
図表7:社会全体の排出量削減のイメージ
出所:資産エネルギー庁より三菱UFJ信託銀行作成

3. 課題への対応の方向性

こうした背景から金融庁は2023年10月にその解決の方向性として「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方について」をリリースした※20。そこで示されている考え方を、以下に記載する。

(1) トランジション・ファイナンスに係るFEの分別開示の工夫

まず1つ目の工夫としては、トランジション・ファイナンスに係るFEを他のFEとは区別して算出・開示するという方法である(図表8)。区別して開示をすることによって、トランジション・ファイナンスが原因で一時的にFEが増加したとしても、GHG排出量が多いセクターに対するトランジション・ファイナンスを実施したことがその増加の要因であることを、ステークホルダーに説明することができる。PCAFでもUoP構造に関する算出方法が検討されているため、トランジション・ファイナンスに係るFEについてもこうした新しい算出方法を元に、金融機関による算出及び開示が進んでいくことが予想される(PCAFの開発中の算出方法についてはⅢ章3.にて解説している)。

図表8:トランジション・ファイナンスに係るファイナンスド・エミッションの開示例
図表8:トランジション・ファイナンスに係る
ファイナンスド・エミッションの開示例
出所:金融庁より三菱UFJ信託銀行作成

(2) 複数指標の活用による工夫

次の工夫としては、FE以外の指標も併用することによって、金融機関による取り組みの状況を示すという方法である(図表9)。例えば将来期待される削減量(Expected Emission Reductions (以下、EER))についてはPCAFのパブリックコンサルテーションでも言及されている。

PCAFではいくつか算出手法が例示されているが、例えば、基準年の排出量から予想年の排出量を差し引いたものをEERとし、EERに当該アセットクラスの基準年のアトリビューション・ファクターを掛けることによって、金融機関に帰属する将来の期待削減量を算出できるとしている※21。将来の見通しを含んだ指標については、将来の排出量をどのように算出し、どのように現在価値に換算するか等今後も検討が必要になる。他にもこのような排出量に着目した指標とは別に、SBT(Science Based Targets)と呼ばれる科学的根拠に基づくネットゼロ目標を持つ投融資先企業の割合や、1.5℃シナリオに整合している企業の割合等を開示することによって、金融機関による脱炭素化への取り組み状況を示すことも可能である。以下に例示した指標を含め、新しい評価手法が現在でも開発・検討されている。金融機関は、これら複数の指標を組み合わせることにより、自身による気候変動関連への取り組み状況をステークホルダーに効果的に伝えることが可能である。

図表9:複数指標の活用による工夫
図表9:複数指標の活用による工夫
出所:金融庁より三菱UFJ信託銀行作成

Ⅴ.終わりに

FEは、金融機関自身による気候変動関連への取り組み状況や、金融機関が気候変動によりどのような影響を受けるのかを把握するために重要な指標の1つである。金融機関にとってFEは、開示をすることそのものが目的ではなく、その指標を活用し、どのようにアクションを起こすのかが重要となる。SSBJでは、金融機関だけではなく、投融資先企業にあたる事業会社にもGHG排出量の開示を求めている。したがって、今後、金融機関はFEの算出に必要な投融資先企業の排出量のデータの取得がより容易になることが予測され、金融機関によるFEの算出及び開示はより加速するだろう。一方でFEにおける課題でも示した通り、FE自体は将来的な予測を含まない指標であるため、足元の増減に過度に着目すると、金融機関のFEは減少していても実際には実体経済の脱炭素化には寄与してない、という状態になりかねない。本来の目的である投融資先企業の脱炭素化の支援、ひいては実体経済の脱炭素化に貢献すべく、FEを上手く活用、または過度に依存し過ぎずに金融機関自身の取り組み状況を工夫しながら評価・発信することが求められる。

本稿が、読者の皆様の気候変動対策に関する理解を深め、その取り組みの一助となれば幸いである。

(2025年6月18日 記)


※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない

【参考文献】全て外部リンク
・経済産業省 「金融機関への環境整備(ファイナンスド・エミッションへの対応について)」(2023年2月)
・経済産業省「産業のGXに向けた資金供給の在り方について 2022年8月事務局資料」(2022年8月)
・金融庁 「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方について」(2023年10月)
・金融庁 『「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会」(第3回)事務局資料』(2023年1月)
・SSBJ「サステナビリティ基準委員会が我が国最初のサステナビリティ開示基準を公表」(2025年3月)
・環境省「金融機関向けポートフォリオ・カーボン分析を起点とした脱炭素化実施ガイダンス」(2023年3月)
・PCAF “New guidance and methods for public consultation Part A” (2024年11月)
・PCAF ”The Global GHG Accounting and Reporting Standard Part A: Financed Emissions. Second Edition” (2022年12月)
・金子康則「ファイナンスド・エミッション 金融機関のためのGHG排出量開示とPCAF基準」(第1版)中央経済社(2023年)
EY「PCAFスタンダード・パートAのコンサルテーション~資金使途特定型や削減貢献量等の計測に係る新たなガイダンス案を公表」(2025年1月)
・GXリーグ「気候関連の機会における開示・評価の基本方針」(2023年3月)
資源エネルギー庁「イノベーションを通じた企業の課題解決力を計る、「削減貢献量」とは?」(2023年10月)
Zoltán Nagy, Guido Giese, and Xinxin Wang , ”A Framework for Attributing Changes in Portfolio Carbon Footprint” The Journal of Portfolio Management , vol.49, no.8 (August 2023)
本記事は三菱UFJ信託銀行が公開する「資産運用情報」の転載記事です。

ご注意:
・本資料は、お客さまに対する情報提供のみを目的としたものであり、三菱UFJ信託銀行が特定の有価証券・取引や運用商品を推奨するものではありません。
・ここに記載されているデータ、意見等は三菱UFJ信託銀行が公に入手可能な情報に基づき作成したものですが、その正確性、完全性、情報や意見の妥当性を保証するものではなく、また、当該データ、意見等を使用した結果についてもなんら保証するものではありません。
・本資料に記載している見解等は本資料作成時における判断であり、経済環境の変化や相場変動、制度や税制等の変更によって予告なしに内容が変更されることがありますので、予めご了承ください。
・三菱UFJ信託銀行はいかなる場合においても、本資料を提供した投資家ならびに直接間接を問わず本資料を当該投資家から受け取った第三者に対し、あらゆる直接的、特別な、または間接的な損害等について、賠償責任を負うものではなく、投資家の三菱UFJ信託銀行に対する損害賠償請求権は明示的に放棄されていることを前提とします。
・本資料の著作権は三菱UFJ信託銀行に属し、その目的を問わず無断で引用または複製することを禁じます。但し、第三者に著作権が属し三菱UFJ信託銀行が使用許諾を得て掲載している内容が含まれる場合があり、その部分の著作権は当該所有者に属します。
・本資料で紹介・引用している金融商品等につき三菱UFJ信託銀行にてご投資いただく際には、各商品等に所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、各商品等には相場変動等による損失を生じる恐れや解約に制限がある場合があります。なお、商品毎に手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品の契約締結前交付書面や目論見書またはお客さま向け資料をよくお読み下さい。